譲名つ国

水白 建人

~episode Ewan~

 あなたのまえはなんだ?

 いくつか、まえっているだと?

 それがほんとうまえなのか?

 おかしなことをひとだと、どうかわらわないでほしい。

 めいひつめいげいめいとくめい――なんにせよ、ほんめい使つかわぬものひとしくはいにされてしまうくにで、まれそだったものだから。

 これからかたるたわいないはなしは、おれじんなぐさみのためだ。なにかものでもってきて、くちびる湿しめらせながら、らくいてくれてかまわない。




 ――じきにゆきろうかと、かたをすぼめてさんどうくだっていたところに、ちちきょうほうとどいた。の《一文字ヒトモジれんちゅうさからって、あえなくたたきころされたそうだ。

 ん? ……ああ、すまない。がいこくひとと、こうしてひざわせてはなすのはひさしぶりでな。いちからせつめいしよう。

 まず、おれのふるさとはめいめいしんおさめていて、こくみんまえいのちそのものなんだ。

 こくみんめいめいしんまえげ、はじめてせいゆるされる。

 したるもの、《名無しナナシ》にちたるものは――さっきもったが――はいになる。

 めいめいしんへのいのりで、ほんめいいつわったり、かくしてもそう。めいめいしんがおいかりになるのさ。

 それほどのを、まえ宿やどしている。まえすうおおいほど、そのじんぶついえがらとうといのはちがいない。

 そして、はいになるいっまえ

 せきのようにすげなくあつかわれる、たったいちこくみんが《ヒトモジ》だ。

エー』とか『ビー』とか、およそにんげんらしからぬかたをされるれんちゅうが、それをあまんじてれるとおもうか? ……そうだ。れんちゅうどくせいえている。

 だから、うばう。

 にんまえを、ちからずくで。

 それこそがまえり。めいめいしんしんしゃくたのみとした、つみぶかこうだよ。




 ちちは――フレッドは、なけなしのほこりをほんめいめていた。おおかた『にたくなかったらまえゆずれ』などとおどされて、はいそうですか、とはこたえられなかったんだな。

 はやくにははくし、おれにくしんちちだけだったんだ。いたよ。くやしかったとも。フレッドをころした《ヒトモジ》れんちゅうを、かおまえもわからないまま、ゆめのろったりもしたな。

 でも、ふつには、ちをすっぱりいっしんさせた。

 んでしまったフレッドをかえらせると、そうこころちかったんだ。




 ほう。んだにんげんはもう、かえらないと。

 なんらかのちからによるかんぺきしゃせいも、しゃたいのままうごきださせるきんはんごんも、ぜんぜんつくばなしだって? あなたのくにおもしろいな。

 さっきの『こくみんまえいのちそのものなんだ』という台詞せりふだが、なにをかくそう、おれのふるさとではどおりのでな。

 さだめられた寿じゅみょうむかえぬままはいとなったこくみんに、だれかがぶんまえゆずる《ゆずり》をおこなえば、んだこくみんだいほんめいゆずり》と、じんせいつづきをあたえられるんだ。

 そうだな……よし。おれとも、レオンのりて、たとえてみよう。

 おれゆびさきちゅうもくしてくれ。エルイーオーエヌ――これがレオンのつづりだ。

 かれにはわるいが、ここからエルがいさんし、しゃゆずるとする。イーオーエヌだな。

 これを、とおりがいいようにならえれば、れてしゃNeoネオとしてかえる。いっぽうのレオンはあわれ、《ヒトモジ》のエルになるわけだが。

 ふっ、わらってしまったのがもうわけないって?

 にするな。レオンとおれさけさかなには、もってこいのからさだ。

 かいがあれば、かれまえでもわらってやってくれ。




《ヒトモジ》が、にんげんぼうりょくるってまでまえほっするのも、うなずけるだろう?

 そのちからいったんに、おれたよることにしたんだ。

 こればかりは、わらわないでほしい。なにせけいべつあたいする。

 ……いいや、ちがう。おれのしでかしたことが、わらごとじゃないってさ。

 それからのおれは、れんちゅうがそうしたように、ひとおそった。だました。ようした。

 ゆずまえが、ひつようだったんだ。

 まさか、ちちを《ヒトモジ》にするわけにはいくまい。かといって、おれまえだけではじゅうぶんだった。

 おれちちに、ただの《ゆずり》ではなく、フレッドのほんめいもどしてほしかったんだよ。

 そのためには、エフアールイーディーよんもとめられる。

 さいわい、おれまえにはがあった。ひとまずは、もういちだけれればいい。《ヒトモジ》のまねごとにめるなんて、あっというだった。

 ちちさっきゅうかえらせさえできれば、ともにあせみずながし、じゅうねんじゅうねんかけてかせいだかねで、まえりたいものからいちずつればいいと、そうおもっていたんだ。

 あとにもさきにも、あくぎゃくはたらくのがおれだけですむならば、とな。




 いるさ。いるんだよ。

 たとえいのちそのものだろうと、みずとパンでたされたいあまりに、みずからのまえめるにんげんが。

 おれまれるぜんのフレッドも、そういうたぐいだったらしい。

 ちちじんがな、こえひそめて、どこかばかにしているかのようにおしえてくれたよ。

 なに、まえりにくらべれば、まえいはよっぽどけんぜんだろう。

 げんぞくは、《ヒトモジ》のきゅうさいたてまえに、なんじゅうとあるみずからのまえをほんのいちだけ、《ヒトモジ》へとあたえることがある。

 もちろん、ただじゃない。ぞくから《ゆずり》をけたもと《ヒトモジ》は、ぞくへのおんむくいるために、なんじゅうねんつづしょうろうどうせいす。

 ……ていのいいれい、か。

 いなみはしない。が、あなたはがいこくひとだから、そんなかおができるんだ。

《ヒトモジ》には、じんけんべるかくはない。

 こくみんだれもが「かろうじてにんげんかたちたもっている、にんげんせいぶつ」だとおもっている。おれだって、れんちゅうとは、いがみじょうのやりりをするになれない。

 きらわれものらくいんされていては、ぼうりょくかくめいさながらのまえりではなく、ふくじゅうをもってしゅっをもくろむ《ヒトモジ》だってあらわれるさ。

 をつなぎ、いまへとゆずる。

 このかえしが、いちぞくをまっとうなこくみんくわえられるたしかなみちなのだから。

 はんたいに、らのらいかえりみず、ててじつにんげんもいる。《ヒトモジ》よりはまえながく、けれど、うだつががらないような、ろうどうしゃおおられるタイプだ。

 むずかしいはなしじゃない。まえもとに、とうしょうばいでもうけをし、あとでまえもどせばいいんだ。やろうとおもえば、おれにもせたよ。

 いずれにせよ、そのほうがけんぜんだとりながら、おれちちころした《ヒトモジ》れんちゅうおなみちえらんだ。どもどころか、はんりょだっていないのにな。

 うん、つまりはこういうわけだ。

 じょうあきなかしこさも、まえけるいさましさも、おれにはまったくりなかったのさ。




 かんきゅうだいちちかえらせようとしたおれは、かえびたすえに、れた。

 むねたかったよ。たして、フレッドとのさいかいちきれずにいたのか、はいとくうすさむさにからだめいをあげていたのか――。

 ともかく、まるたくもどったおれは、あかまったかおおけみずにすすぎ、ただちに《ゆずり》をおこなった。

『――ことにましますめいめいしんよ。天地あめつちされし同胞はらからに、ける《ゆずり》をつたえたまえ――』

 いのりのことは、さらにこうつづく。

われゆずるは、イーと、ディー――。は、ぼうフレッドの《ゆずり》――Edエドつづことなり!』

 すると、ひとりでにぐちひらき、まどのすだれがうねり、だんがすすをした。

 かぜだ。おおきなかぜはいせ、いえのあらゆるすきから、おれまえへとあつまってきたんだ。ねずみいろうずき、やがてそれはひとかたちした。

 かぜみ、くずちるはいからあばらのいたきょうが、あさぐろはだがあらわになって、おれたしかに、ちち姿すがたたりにした。

 もったはいのただなかちつくすちちに、おれはそうっとこえをかけた。

『おかえり、とうさん』

『……ユアン、おまえわたしをよみがえらせたんだな!?』

まえゆずったんだ。おれはもう、ユアンじゃないよ』

『ふん。どうでもいいわい』

 ちちたいは、おかしかった。

ゆずり》をこくみんには、かつてのほんめいのぞく、おくのすべてがある。

 だから、おれはてっきり、ちちおくげんざいとのへだたりをめたくて、あせっているのだとおもっていた。

 ……そう、かいだったのさ。

『で、わたしの《ゆずり》は? そうか、エドか。すこしはかせたらしいな』

 ちちまどのそばにあるたんすにもくれず、フレッドが使つかっていたしんだいいろあせたぬのがしはじめた。

『だが! わたしみとめんぞ!』

『なあとうさん、さきふくたらどうだい?』

んでほんめいわすれてはかなわんからな』

 ちちおおきなひとごとくちにしながら、ぼろぼろのちょうかかげた。

『そうら、ろ! わたしは、ほんめいをこれにめておいたのだ! ……KingキングAlfredアルフレッド……はらちるこのひびきこそ、わたしほんめいちがいない!』

『なんだって? むかしとうさんは、そんなにながまえだったのか』

『さあ……むすよ。このわたしを、たったEdエドなるおとことしておとしめるつもりか?』

『まさか。でも、そんなにすうがいるとは……』

 かつてのちちがキング・アルフレッドだなんて、はつみみだった。

 りないまえっておぎなうには、さすがにながすぎる。

 あなたには、さっしがついているだろうな。

 うまでもなく、けいかくくるわされたおれは、すっかりよわってしまった。

あんずるな』ちちみをかべた。『なんだぞ? くだくせばどうにかなる』

 そういて、だろ? と、おれちちいかけた。ちがえたかとおもってのことだ。

 ……ちちった。

かずろくっている。なぜって、おまえまえに、があるじゃないか』

 しんじられるか?

 ちちは、フレッドは――いや、エドは。

 ひとりむすを《ヒトモジ》にえてでも、かつてのながほんめいもどそうとしていたんだ。

 かくして、おれはそのちちたるフレッドのちょくめんした。

 ――じきにゆきろうかと、いちねんぶりのえをおぼえるひるなかだった。




 おっと、あなたがものみきってしまうほど、はなんでいたようだ。

 ここまでのせいちょうに、かんしゃを。ながしのぎんゆうじんにもおと素人しろうとだが、おれかたりでがいこくひとたのしませられたなら、なによりだ。

 ちちか? はなしたとおりさ。もうと、かえりはすまい。

 それじゃ、なぐさみもすんだところで、おれくよ。またどこかでったときは、ねなくこえをかけてくれ。

 ……ああ、まえ。それは、その、すまない。

 いましばらくは、かずにおいてほしいんだ。

 あおざめたおたずものが、はるかとおくのふるさとから、わすられるまでは。

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