五月雨傘、天つ水

木花京月

第一雨

 雨が降っていた。

 イヤホンから流れる音楽とその奥で静かに鳴る雨音に耳を傾け、公衆電話の横にあった古い商店の軒下で空を見ていた。待っているバスは雨のせいか少し遅れているらしい。ここから数メートル離れた所で雨にさらされたバス停と共に待つのは何か億劫で、廃れつつある商店に居場所を求めた。雨の日はどうもセンチメンタルになってしまう。

 イヤホンからの音が一瞬途切れたちょうどその時、ぴしゃん、と誰かが水を踏む音がした。一年生だろうか。まだハリのある制服は、雨に濡れてもなおしっかりと形を保っている。それと対照的に、長く黒い髪は雨を受けてぺたりと貼りつき、先から今にもぽとりと落ちそうな雫がぶら下がっていた。黒い瞳が僕を捕えた。紫っぽくなった唇、赤い手。どれだけこの雨の中を傘もささずに歩いていたのか。

 そこで僕は僅かながら眉をしかめた。赤くなりかじかんでいるであろう彼女の手は、しっかりと少し大きめの傘を握っていたからだ。傘が壊れてしまったのだろうか。彼女が僕の手にする傘に目をやったので、やはり傘を壊したのかと思い、何か言おうと口を開きかけた。しかし彼女は僕の傘を見て少し悲しげに眉を下げると、そのまま雨の中を去って行ってしまった。

 傘はいいの。慌ててそう声をかけようとした時、道路の先に遅れていたバスの灯が見えたので、僕はもうバス停へ走るより他なかった。


 あれが彼女との出会いだったのか、と今更ながら思う。今日もまた、静かに雨が降っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る