五つたのむはおいなりさま

 秋深まるころ、ヤタロとキクは再び山をおりました。

 注文の凧や独楽は、まだ期日に間があるので、とうめんの金子きんすかせぎにあちこち回って物売りをしようというのです。

 最初に行ったのは、山をおりてすぐ里にある顔みしりの農家で、そこで草鞋わらじを買いこみました。

 遠出のために腰には太刀を一本ざしにしてありますので、ヤタロは草鞋売りにぴったりに見えましょう。

 幾日かけて街道に出て、峠の茶店ちゃみせでゆるしをもらい、そこで草鞋売りの行商をはじめることにいたしました。

 天秤棒てんびんぼうに鈴なりの草鞋をぶらさげて、

「草鞋い草鞋い、千里の道も草鞋からあ」

 いいかげんなかけ声をあげますと、物静かなヤタロでもなんとなく草鞋売りに見えてまいります

「わらじわらじい」

 キクもまけじと、声をあげます。

 街道わきでわかい男女が草鞋を売る姿は、おかしなふうながらもほほ笑ましゅうございました。

「兄さん嬢ちゃん、草鞋を二つばっかしおくんなせえ」

「ほうこれは愛らしい。こっちにも一つ」

 そんなふうに、あっというまに売り切れてしまいました。

「たくさん売れたなあ。しばらくはここで草鞋を売ってみるか」

 ヤタロは上機嫌です。

 それというのも、旅人たちが足をとめたのはキクのおかげだと知っているからです。

「そうだね。ここで売るのもいいね」

 知ってか知らずかわかったふうに、茶店で草饅頭をほおばりながらキクも嬉しげに言います。

 白玉はだめでしたが、あんこの入っているものは好物のようです。

 甘酒はもっといけないようでした。

 キクはお酒によわく、よっぱらうと変化がとけてキツネっこにもどってしまうのです。

 三日ほどもすると草鞋はあらかた売れましたので、それを元手にヤタロたちは町に出ることにしました。

 そのころになるとキクは茶店のご亭主とおくさんにずいぶん気にいられていたので、大変なごりをおしまれました。



 広い街道をいつもの町とは反対にゆき、道なかばのおおきな村で庄屋しょうやさんにあいさつをいたします。

「ヤタロではないか。元気にしておったか」

「町でする簡単な仕事をさがしているのですが、何かございませんか?」

 ここでもヤタロは顔がききます。

 家にこもるか諸国しょこくをぶらつくかという生活を、子供のころからしているのです。

 庄屋さんはキクのほうをちらちらと見て事情をさっし、

「あさって町に品物をおろしにゆくから、それについてゆくといい。あっちで手ぬぐい売りをほしがっていた」

 あちこちでぎっこんばっこんと音がいたします。

 ここは機織はたおりの村なのです。

「ありがとうございます」

「村の者に言っておくから、誰かの家にとまってゆくといい。むろん仕事はしてもらうがな」

「ありがとうございます」

「ところでその子は、妹さんかな?」

 ヤタロに合わせて頭をあげさげするキクをさして、庄屋さんです。

「キクはヤタロのめおとです」

 ぷくっとほほをふくませて、おかしなことを申します。

 夫婦という言葉が男と女、二人ぶんであることを、キクはよくわかっていないようです。

「すみません。子供なもので」

 ヤタロがまっ赤になって頭をさげます。

 庄屋さんがそれを手でとどめて、

「いやいやそうか、ヤタロにもようやくお嫁さんができたか。めでたいことだ」

 笑ってからかうので、ヤタロはもっと恥ずかしくなりました。


 一日染め物の手伝いをして、朝、ふたり一組で荷車をひいて村をでます。

 その前に村のお稲荷いなりさまに、二人で手をあわせました。

 きりっと背筋をのばして巻き物をくわえた石づくりの稲荷の社に油あげを奉じ、ヤタロは旅の無事などを祈りますと、

「お山のかみさまおいなりさま、キクにヤタロをたすけさせてください」

 ヤタロのまねっこして賽銭箱さいせんばこに一文おとし、キクが熱心に殊勝しゅしょうをたのみます。

 ヤタロが車を引っぱって、キクは後ろから押していますが、気がそれて耳やしっぽが出てしまうといけないので、働くよりもいっぱいキクを休ませます。

 そんなときキクは、荷台のはじにお尻をひっかけて後ろむきにいわし雲を見あげて、黒いっぱいの潤んだ目で一日ごとに青くなる空をみつめておりました。

 夜になる前に、町につきました。

 ほとんど一人で荷をひいていたのに、ヤタロは他の人からおくれることはありませんでした。

 体が大きいぶんだけ、力も強いのです。



 夜になり、その日は荷をおろした商人のお屋敷にやっかいになりました。

「ヤタロとお嬢ちゃんもどうだい?」

 用意されたお酒に誘われましたが、

「今日はもうねます」

 まちがってキクが飲んでしまうと大変なのでことわって、早めに床についてしまいます。

 村からきた人たちは翌朝かえってしまいましたが、ヤタロたちは町にのこりました。

 五日あまり天秤棒かついで手ぬぐいを売り歩きました。

 釘売りをしたついでに、大工の真似事なぞもいたしました。

「ひゃっこいひゃっこい」

 の声が聞こえるたびに、

「ヤタロ! 水売りだよ! 水売りだよ!」

 一椀四文の、季節外れの砂糖水をキクがせがむのには参りましたけど。

 町では菜食ばかりつづいてキクは食べ物に飽いたようすでしたので、なるたけ魚や鳥などを食べさせてやりました。

 ヤタロが作ってやった匙を、キクは肌身はなさずもっておりますのでそれを使うのですが、子供のような食べ方であると見たものはくすくす笑いださずにはおれませんでした。

 ヤタロもそんなキクを愛しげに見ておりました。

 旅籠はたごは利用しませんでした。

 年の暮れから正月用に、お金をためておきたいのです。



 町でヤタロはいろんな仕事をしました。

 お茶売り酒売り油売り、

「鮨やあ、こはだの鮨い」

 なんていなせな声で鮨売りなんかもいたしましたから、芸のたっしゃな男です。

 包丁鍛冶かじや彫り金まで、あちらで人がたりぬと聞けばかけつけ、こちらで手を貸せといわれればはせ参じるという有様ありさまでございます。

 そんなヤタロのまわりを、いつもちょこまか動いていたキクも、顔見知りがずいぶんと増えました。

 ゆく先々で菓子をもらうやら茶に誘われるやら、愛想あいそはたりませんでしたが愛らしい顔だちで、あっというまに人気者になりました。

 キクは格別、それをよろこんだりしませんでしたけれども。

 どうもこのキツネっこは、ヤタロいがいの人間は苦手なようで、だから片時もはなれずそばにいるのでしょう。



 二十日かもう少し町にいて、それから二人は山にもどることにしました。

 キクが山を恋しがったからなのですが、ヤタロも注文の品を作らないといけないので、丁度よいころあいでありました。

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