三つお山に身をかくし

 日がのぼって朝になっても、キクは姿をあらわしませんでした。

 一人ぼっちになってしまい、ヤタロは悲しくなります。

「どうしてあんな事をしてしまったのだろう。さわろうと思っていたわけではないのに。ああ、これでキクが帰ってこなければ、俺はどうしたらいいんだろう」

 目の前が、まっ暗になります。

 ヤタロはがっくりきて、その日は仕事がはかどりませんでした。

 家の前でずっとずっと、山のほうを見ておりました。そしたら夕ぐれに裏手で、

「こーん」

 と鳴く声がしたのでそちらにいったら、山鳥が一羽くぬぎの枝にのせられて、置いてありました。

「ははあ、これはキクがもって来てくれたものだな」

 そうすぐに気づきましたので、

「おういキクよう! きのうは悪かったから許してくれえ! もどってきておくれ!」

 大きな声で呼びかけてみますが、

「こーん」

 と声がするばかりで、キクは出てまいりませんでした。

 夜になりヤタロは一人で山鳥の汁を食べますが、キクのいない晩飯はどうにも味気のないものでありました。

 次の日も、またその次の日も、キクは姿を見せませんでした。

「ちゃんとご飯は食べられているのだろうか。サルにいじめられていないかしら」

 ヤタロは心配で心配で、おもてに出るたびに山に呼びかけていました。

「おうい、キクよう。元気にしているか? もうしないから、早くかえってこうい」

 キクがいなくなって、四日目のことです。

 ヤタロが山に呼びかけますと、

「きーん」

 という声がしたのでそちらを見ると、藪の中からキクがむつかしい顔をして、こちらをうかがっております。

「キク」

 ヤタロが呼びかけますが、キクはまだ迷っております。

「もう何もしないから。さあ出ておいで。おなかが空いただろう。粥をあたためてあげるから」

 それでキクは出てまいりましたが、まだこちらにこようとはしません。

 ヤタロは戸を開けたままにして家にはいり、鍋をつって囲炉裏に火をいれました。

 粥ができますと、いつも使っていた椀に盛ってやり、小さな匙をつけて置いてやりました。

 キクは一歩一歩家に入ってきて、椀をつかむと、匙を使わずに粥を食べだしました。

 そのうち思い出して、不器用に匙をとりあげ、底をすくってゆきました。

 椀の粥を食べおわると鍋の底をなめたそうにしていたので、ヤタロは白湯をそそいでやりました。

 その夜、キクはヤタロとはなれて眠りにつきましたが、星の光に照らされたキクの寝顔をみつめ、ヤタロはほっとしたということです。

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