5 シグマとジャンの〝実家〟

 マリナのまちたちがあつまるどうようせつ。そこがシグマとジャンの〝じっ〟だ。

 さんがいてのよこながたてものは、ぶあついいしづくりでかなりおおきい。


じっ〟はたてものふるすぎるのをべつとすれば、おかねちのおしきえないこともない。

 だったシグマ・ノルニルは、このおおきないしづくりのいえそだった。ジャンもだ。


 シグマはせつにやってじゅうはちばんども。だからギリシャじゅうはちばんの「シグマ」とづけられた――せつちょうのハンナ・オルバースせんせいはそうっていた。

 なぜギリシャなのかというと、ハンナせんせいだいがくれきおしえていたかしこひとだからだ。ハンナせんせいむかしことにもくわしい。

 シグマのみょうのノルニルも、ふるだいかみさままえだそうだ。

 だったシグマにはみょうがなかった。だからみょうも、せんせいがつけてくれた。


 シグマのづけおやであり、れきがくしゃでもあるハンナせんせいは、もうすぐ八十四はちじゅうよんさいになるだ。そのとしになってもすじがまっすぐで、やせていて、うつくしいぎんいろかみをショートカットにしている。

 りんをならすと、そのハンナせんせいげんかんまでてきてくれた。


「あらまあ、めずらしいこと。シグマとジャンが、おともだちをれてくるなんて」

 せんせいがおでシグマたちさんにんむかれてくれた。


「おれもジャンも、このとはきょったばかりなんだよ。ローザっていうんだ。いえがないからめてあげて」


「いいですよ。あいているゆう使つかってちょうだい」

 ハンナせんせいは、ローザの宿しゅくはくをあっさりみとめてくれた。そういうひとだ。

「もうすぐゆうはんだからさんにんともあらって、うがいをして、はやしょくどうきなさい」

 ハンナせんせいは、シグマがここでらしていたころとおなじようにせっしてくれた。


 シグマがひとりらしをはじめたゆうは、せんせいせつどもたちとのかんけいわるくなったからじゃない。


 ハンナせんせいだいがくからもけんからもいちもくかれているようなかしこひとだけど、おかねちではなかった。せんせいおっとはすでにくなっている。そのおっとさんもすくなくなっている。せんせいねんきんとあわせてもせいかつがカツカツだ。

 そんなハンナせんせいがいなければ、だったシグマもジャンも、いまごろはどうなっていたことか……。

 せんせいせつどもたちのせいかつをすこしでもらくにしてあげたい――シグマはそうおもった。ジャンもだ。だからシグマもジャンも〝じっ〟をた。


 さいわい、シグマにはけんじゅつさいのうがあった。そのさいのうのおかげでプロのぼうけんになれたし、てんさいのジャンはしょうがくきんをもらってきゅうだいがくしんがくできた。

 そんなふたりがしょくどうかおすと、どもたちががおけよってきた。

 いちばんとしうえ十六じゅうろくさいいちばんとししたさんさいどもたちが。

 いまはぜんいん二十七にじゅうななにんどもたちが、このせつらしている。

 そのぜんいんせんきょうは、もちろんなぞしょうじょあつまった。


「シグマとジャン、どっちのかのじょだよ?」

 シグマとおなどしぼうあたましょうねんが、にやつきながらしつもんしてきた。


「おれのかのじょでも、ジャンのかのじょでもないよ」

 シグマはげんなりした。「あのさ、そういうプライベートなことはかるがるしくきくなって。おれはいいけど、いやがるひともいるんだから」


「シグマのうとおりだよ。――このはローザっていうんだ」

 ジャンがローザをしょうかいした。「じょうがあってローザはこんここにまるから、みんななかよくしてあげてね」


「よろしくおねがいします」

 ローザがせんせいどもたちにおする。

 それからシグマとジャンをて、くすりとわらった。


 ほどなくして、ばんはん。みんなでべると、にぎやかでたのしかった。ひとりでちついてべるごはんきだけど、ひさびさにこういうのもわるくないなとシグマはおもわされた。

 しょくだいよくじょうでゆっくりとあせながせた。ごくらくごくらくだ。

 そんなたのしいかんも、だった。

 シグマがジャンといっしょにしょくどうもどると、ローザのようがおかしかったのだ。

 ローザはしんぶんひろげて、こわかおをしている。ぜんしんを、ちょっとだけふるわせてもいた。


「おいおい、だいじょうかよ?」

 シグマがしんぱいしてこえをかけても、ローザはこたえない。


 ひろしょくどうにはいま、シグマとジャン、ローザのさんにんだけ。

 ほかどもたちはぶんもどるか、ひろのテーブルでカードゲームをしている。


 ローザはシグマとジャンのはなさきごんしんぶんきつけてきた。

 オータルしんぶんゆうかんを。

 きんだんうわさされているようもりに、明日あした調ちょうだんけんされるらしい。

 そんなしがシグマのびこんできた。


「なんだよ、いきなり?」

 シグマがしんぶんかえすと、「どうかしたの!?」と、ハンナせんせいしょくどうはいってくる。


ようもり調ちょうだんけんするなんて、やめさせるべきです! ぜったいに!」

 ローザは、わなわなとくちびるまでふるわせて、ハンナせんせいにうったえかけた。


「……なにかじょうがありそうですけど、ちついて」

 ハンナせんせいはローザに、おだやかにわらいかけた。「ローザさんはどうして、調ちょうだんけんをやめさせたいの?」


「それは……」

 あんていうごくローザのひとみ。ローザはせんげてはんぶんだけまぶたをじた。

 はなすべきかどうか、まよっているようだ。


だいじょう。ぼくはしんじるよ! ローザのはなしを!」

 ジャンがはげますようにった。


 ローザはそんなジャンをて、シグマとハンナせんせいにもあんげなかおけてくる。

 それから、ふうっとしんきゅうした。


「わかりました。います。うけれど――」


 ローザはかくめたかおで、ゆっくりとはなしはじめた。


「いまからうことは、すべてじつです。どんなにバカバカしくきこえても。わたしは……おおむかしまれたにんげんなんです。五〇〇ごひゃくねんまえのマルスのやくさいたたかったものなんです」

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