第十一話 作業厨、無言の食事は落ち着けない
「これでいいでしょう。それでは、お願いします」
トールは人気のない路地裏でそう言った。トールは右手にバターロールが入った紙袋、左手に果実水が入った瓶を持っている。
王族の食事にしては質素だが、緊急時故、仕方ないのだ。
「分かった。
トールの言葉に頷くと、俺は
転移先では、エルメスとアレンが仲良く談笑しているところだった。
「ただ今戻りました」
トールは手に持っていたものをテーブルの上に置くと、軽く頭を下げ、そう言った。
「ああ。ご苦労であったな。では、早速昼食を取るとしよう。レイン殿、水汲み場はないだろうか? 手を洗いたいのだが」
「ないです。手を洗う時は、いつも
俺は申し訳なさげにそう言う。
そう。この家には水道はおろか、井戸もない。台所にシンクはあるが、蛇口はなく、水を使いたいのなら、水属性魔法でどうにかしろって感じだ。ただ、手を洗う時は水で洗うのではなく、
「おお! 光属性魔法の使い手でもあるのか。なら、それで頼む」
エルメスは目を見開くと、そう言った。
「ああ、分かった。
俺は頷くと、3人の手に
「うん。ありがとう」
「ありがとうございます。レインさん」
「ありがとうございます」
「では、2人共座ってくれ……て、家主ではない私がこう言うのは失礼だな」
「いや……まあ、そういうのでとやかく言うつもりはないですよ」
自嘲するように笑うエルメスに、俺はそう言う。
確かに、言われてみればエルメスが言った言葉は家主である俺が言うような言葉だけど、そんな細かいことを一々気にするのは面倒なんだよね。
「腹減ったし、食べるか」
俺はそう言うと、椅子に座った。
「では、失礼します」
俺の後に続いてトールも椅子に座る。
「あ、これ出さないと」
何か思い出したかのようにそう言うと、
「それでは、私がお注ぎいたします」
トールはそう言って一度立ち上がると、ビンを手に取り、コルク栓を開けた。そして、果実水をそれぞれのコップの注ぐ。
「……はい。では、これもお出しします」
トールは瓶を置くと、今度はバターロールが入った紙袋を手に取った。そして、木皿にそれぞれ2個ずつ置いていく。
「ありがとう。では、いただきます」
「「いただきます」」
あ、俺だけ言いそびれた。
……まあ、こんな感じで、俺たちは昼食を取り始めた。
なんだけど……
「……」
「……」
「……」
「……」
見ての通り、みんな無言なのだ。
いや、確かに食事中に喋るのは行儀が悪いって言うけども……
だけど、ここまで静かなのはかえって落ち着かないんよな~
『む? わしが話し相手になろうか?』
強く思うあまり途中から念話になっていたようで、ダークが俺の思いに反応した。
『ああ、頼む……と、言いたいところなのだが、話題がない』
俺は、自分から話を振ることが出来ない。そもそも、話題を考えることが出来ない。
『やれやれじゃのう……なら、剣術について存分に語ろうではないか――』
『それ以外で頼む』
ダークの言葉に、俺は食い気味にそう言う。
そういやダークも、余程のことがない限り、話すのは剣術についてのことだったな。
剣術は長年やってきたこともあって、むしろ好きなほうなのだが、ダークの場合は同じことを何十回何百回と言うので、例外なのだ。
『む、我がままじゃのう。お主がそう言うから、話そうと思ったのに』
『う……』
ダークの言うことはもっともなので、反論することが出来ず、俺は言葉に詰まってしまった。
ダークに言葉で負けるはちょっとな~
ダークって、言論で俺に勝ったら絶対調子乗るんだよ。それが何か嫌なんだよな。
『おっと。意地悪しすぎたかの。では、わしも暇つぶしを兼ねて色々と聞こうか。お主、何故彼らをこのような方法で助けるのじゃ? お主なら、城内にいる者全員の思考を操って、思い通りに事を進められるはずじゃろう? 少なくとも、こんな回りくどいことはしなくていいはずじゃ』
『何だ。気づいてたのか』
そう。ダークの言う通りだ。
あの場で城内にいる人全員がゼロスの敵となるように操ることも可能だ。もっと言ってしまえば、あの時にゼロスの人格を変えて、全てを自白させて終わらせることも出来た。だが、俺はそれらをするつもりはない。
『国に対して過度に手助けはしたくないんだよ。だから俺は、全てが円満に済む必要最低限の手助けしかしない』
『ふむ……何故、国に対して過度な手助けをしたくないのじゃ?』
『……俺はさ。言ってしまえばバランスブレイカーなんだよ。俺がいるだけで、あらゆることをひっくり返せる。そんな力を、どろどろとした人と人との争いに持ち込みたくないんだ。俺の本当の力は、自分と仲間を守るためだけに使いたい』
『なるほどのう。それが、お主の力の使い道か。道理でニナとリックにあそこまで過保護になるわけじゃ』
ダークはどこか納得したような声音でそう言う。
『まあ、今回はお偉いさんたちに大きな恩を売ることで、今後の冒険をサポートしてもらおうって思ったからっていうのもあるんだけどね。最初は王侯貴族は気にせず生きようって思ってたんだけど、謁見しちゃったせいで、それは厳しそうだな~って思い、考えを少し改めたんだ。エルメスは数日後には国王になってるだろうから、そんな彼に貴族からの接触を防ぐバリアとなってもらおうって思ったんだ。国王の命には基本逆らえないだろうからね』
かなり打算的だが、まあこれくらいは考えていても罰は当たらないだろう。
それに、エルメス、アレン、トールの3人はかなりの人格者。だから、ちょっと応援したくなったっていうのもあるんだけどね。
『上手いこと考えたのう。まあ、確かに彼らなら、事が済んだ後にお主の意向を尊重してくれるじゃろうな。己の欲を第一に考え、お主を使い潰そうだなんて考える愚者とは正反対に位置するように見える』
『そうだな』
ふっと笑うと、俺はダークにそう言った。
そして、いきなり笑った俺を、エルメスたち3人は不思議そうに見ていた。
……何か恥ずかしい。
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