喰まれし者(2)

「ちょっと時間を掛けすぎちゃったか」

 ボーイソプラノがフリーズしていた思考に忍びいってくる。

「完全に喰われちゃってるね。これは手遅れだ」


 40mもある人型はその身長の三倍、120mはあろうかという副腕を揺らめかせている。左右に三本、三対ある物はもう副腕というよりは触手を連想させる。あまりに不気味な光景だった。


(あれは人類の敵だ)

 キンゼイは本能的にそう感じる。

(しかし、状況的にあれに乗っているのは殿下だろう)


 完成していないと思っていた研究成果。キュクレイスが秘密裏に、多くの人を犠牲にして造りあげた怪物。撤退後に基地の地下から現れたのだから、そう考えるのが順当だ。


(ならば、さらなる恐怖を演出するために加勢すべきか? 論外だな)

 危険すぎる。

(威勢を駆って破壊の限りを尽くしそうだ。ブラッドバウやジャスティウイングはあれに抗する術を持っているのか?)


「とんでもないデカブツね」

 ブラッドバウの少女の声にも嫌悪感が混じる。

「ヤバすぎて鳥肌が立っちゃう。あれもアームドスキンなの、ジュネ?」

「いいや、惑星規模破壊兵器リューグだね。少なくとも器は」

「噂に聞いたあれなの」

 彼らは正体を知っているらしい。

「厄介ね。どうにかするしかないけど」

「データごと抹消しないといけなくなったよ。余計なことしてくれる」


(彼らでさえ危険視するほどのものか)

 道は一つしかなくなった。

(私が敵方にまわれば足を引っ張るだけ。だが、ここで呆けているわけにもいかない。対処に協力すべきだ。ならば建前が必要か、配下も使えるくらいの)


 思考を巡らせる。今さらジャスティウイングに従うのは不自然。視界に映ったのはルルフィーグの姿。


「皇女殿下は乱心なされた。お止めしなくてはならない。あれはエイドラ全土をも焼き尽くしかねない危険なもの」

 意図的にオープン回線で訴える。

「私を導け、自由の女神!」


 ステヴィアのアームドスキンがふるえる。いつも一生懸命な演技を見せてくれた娘の姿が重なった。


(ああ、これが正解だったのだな。どうして最初から解らなかった)


 彼女と力を合わせればこんな強引な手段は不要だったのだ。ステヴィアにはそれだけのカリスマと輝きがある。それを見抜けなかったのはキンゼイの落ち度。


「キンゼイ様……」

 個別レーザー回線の声もふるえている。

「あれを止めねばならない。これまでを不問にしてくれとは言わんから、今は合わせてくれ」

「はい!」


(錯覚か?)

 ルルフィーグのカメラアイが煌々と輝く。それだけでなく、機体の内側から眩しい光がもれてくるかのように感じた。


「止めます!」

 オープン回線に切り替えている。

「皇国軍でも、わたしに賛同してくれる方は力を貸してください! お願い!」

「皆で止めるぞ。ゆけ、自由の女神」

「行きます!」

「待つんだ」

 ところが水を差される。

「どうした、ジャスティウイング」

「不用意に近づかないように。あのサイズで自立して可動しているスリングアーム。たぶん因子が入ってる。皇軍の機体に搭載されているのとは比べ物にならないよ」

「なるほど」


 ロルドモネータイプの副腕の欠点はパワー不足なところ。出現した機体のものは幅広で太く造られているとはいえ、それだけ重量もかさむ。理解不可能な理由も混じっているが、真っ当にいけば可動するどころか自立さえ怪しくなければおかしな話になる。


(少年があの機構を妙な名で呼んでいたのはこういうことか。『帯状のスリングアーム』というのも頷ける)

 キンゼイは納得した。

(こうしてみればロルドファーガの副腕などスリングアームの劣化版でしかない。つまりはあれが本物ということ。私は皇家の秘術を勘違いしていたのか)


「まずは遠巻きに攻撃して機能を見極めるべきだね」

「了解した」


 怖ろしく冷静な判断だ。大型機に乗っているのが小さな少年だというのを忘れそうになる。その実力は十分に味わわせてもらったが。


(来るか)


 巨大な機影がジャンダ基地を離れて飛行してくる。それだけで違和感がひどい。まるで終末神話の一幕であるかのように思えてくる。


「キュクレイス殿下にあらせられますか?」

 一応は尋ねてみる。

「おお、キンゼイか。見よ、この『ロルドシーパ』の勇姿を。もう怖れるものなどなにもない」

「それの存在、私にさえ秘密にしておられたのですね?」

「言うな。圧倒的な力による統治など貴様の好むところではあるまい? しかし、必要なのだ、反乱分子の鎮圧のためにはな」

 皇女の声音は満足感あふれるもの。

「汚れ役など臣下にお任せくださればよろしい。殿下は君臨するのみでかまいませんでしたのに」

「示さねばならんのだ、フェリオーラムの名は実力によって得たものだということをな。王の王たらんを皇家の秘術に見よ」


(騙されてはくれなかったか)

 結局は信用されていなかったのだ。どれだけ論を立てたところで、そこに誠意がなければ人間関係は成りたたないと思い知らされる。


「それは王の姿ではありません! 秩序の破壊者です!」

「小娘ぇ」


 ルルフィーグが幕開けの一撃を射る。正確に胸の中央を狙っていた。しかし、うねったスリングアームが先端の一つを正面に持ってくると力場盾リフレクタが発生する。それは直径が30mもある正六角形をしていた。


「秩序は私が生むのだ。この力でな」

 皇女の声はおどろおどろしい色を帯びはじめる。

「恐怖による支配など栄えた試しがありません。キンゼイ様の心遣いを無にして。誰があなたになど従うものですか」

「従わせるのだ。始祖より伝わる皇家の血に従ってこそエイドラは正しき未来へと進めると知れ」

「拒む者を力で排除するというなら、それは王ではありません。自らを知らず、民意も知らないあなたは正しい未来も知らないのです。皆さん、わかりましたか? 今、なにをすべきかを!」


 ステヴィアはロルドシーパのリフレクタに向けて連射を放つ。それは攻撃ではなく、誰を討つべきかを示すポーズだった。


「さあ、我らの自由で夢に満ちた未来を奪おうとする皇家を討ちましょう!」

「おお!」


 リキャップスはもちろん皇軍機の何割かも賛意を示す。皇女はやりすぎたのだ。自らが恐怖の象徴になってはついていけるものではない。


「舞台はできあがった。そろそろ行くよ、エル」

「うん、気をつけて。って、言うまでもないと思うけど」


 パルトリオンがまわり込んでいく。朱色バーミリオンの新型も双剣をかまえて地を滑った。不気味にうごめくスリングアームが迎えうつ。


「うーん」

「これは! 思ったより!」


 間合いを詰めていく二機を先端に生みだされたブレードが襲う。ジュネの大型機を簡単に弾きとばし、刺突をいなすゼキュランも連撃で遠ざけていく。


(見た目より遥かにパワーがあると見るべきか。二人はそれを示そうと突っ込んだのだな)

 警戒度を上げる必要を感じる。しかし、それを勇気を受けとる者も少なくない。


「我らもいくぞ」

「叛徒に遅れを取るな」


 競うようにロルドシーパに突撃を掛ける。しかし、或る者は吹きとばされ、或る者は部品を撒き散らしながら転がる。真正面から貫かれたロルドモネーが爆散した。


「無策に突っ込むのではない。連携せよ。私は貴官らにそう教えたはず」

 大音声で伝える。

「ギュスター卿!」

「申し訳ありません!」

「つづけ!」


 彼もロルドファーガを低く滑り込ませる。上に流そうとした刺突は機体を下に押しつぶさんほどの力で止めてきた。


(これほどか!)

 唇を噛む。


「キンゼイ、貴様まで我が敵となるか?」

「気をお確かに、殿下。それは貴女を変えてしまう機械なのですよ」

「違う! ロルドシーパは私を真の支配者にしてくれるのだ!」


 キンゼイはジュネの言った「喰われる」の意味に触れた気がした。

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