イドラス炎上(2)
きっかけがなんであったのかは判然としない。ただ、宮殿を包囲していたデモ隊が同時多発的に警備していた近衛隊や警官隊と衝突した。
もみ合いの中で発砲があり、デモ隊の市民が複数倒れる。発砲した兵士に対し市民が隠し持っていたハンドレーザーを発射。銃撃戦が激化する。
すると、デモ隊を構成していた土木作業用人型重機のランドウォーカーが突進。宮殿の門を破壊しようとする。警察のアームドスキンがそれを阻止しようとして混乱が広がった。
「とうとう皇家に向かって直接牙を剥くか、愚民どもめ」
キンゼイの横でその様子をモニターしていたキュクレイスが激怒する。
「ならば自ら鉄槌を下してやろう。踏み潰してやるから覚悟せよ」
「殿下が出られるまでもありませんよ。私が収めてきます」
「そうはいくか。おい、私のロルドファーガを出せるようにしろ」
強引に押し切ろうとする。
(ここまでよく我慢したと思うべきか)
悪化する状況を知りながらも諌めてきた。
(リキャップスも来ている。殿下の遊び相手をしてもらおう。あの娘がいるなら酷いことにはなるまい)
キュクレイスの操縦の腕は悪くない。請われて彼が指導したので優秀な部類に入るだろう。簡単には撃破されたりはしない。間違いが起きないよう近衛で周囲を固めればいい。
「私の指示が聞けますか?」
「ああ、戦略的な部分はそなたに任せる。言うことを聞くから」
「あまり熱くならないように」
キンゼイは、意気揚々と立ち上がった皇女につづいて
◇ ◇ ◇
接近したブラッドバウの戦闘艦レイクロラナンがイドラス上空に
(撃った!)
ステヴィアは近衛機の発砲を確認する。
宮殿の門を破壊しようとしていたランドウォーカーに発砲して上半身が粉砕した。無論パイロットも死亡しているだろう。
ロルドモネーはそのまま砲口を薙ぐようにして掃射。路上のデモ隊の市民が焼かれ吹き飛ばされる。血の惨劇が展開された。
(行かないと)
今にも飛び出しそうになる。
「デモ隊の行為により正当防衛要件は除外。ただし、星間法第三条第四項違反を確認。武器使用を許可。執行せよ」
「待ってました!」
ジュネの宣言に呼応して全機が首都内部へと突入した。
星間法第三条は人権保護条項。第四項には『国家憲法もしくは刑法に違反する行為または罪状においても、人道上明確な罪が認められないかぎり、これを複数かつ一方的に処刑する行為を禁ず。』とある。
要するに、現に罪を認められる行為でも、裁きを経ずに虐殺などを禁じる項目。国家の法でもその気になればいくらでも
「あたしたちは警察機を確実に動けなくするよ。近衛はブラッドバウに任せるんだ」
ポルネが指示する。
「数が多いし足元があれだから大変だなー、ポルネ」
「言い訳するんじゃない、セロ。ロルドモネーを相手するよりマシって言いな」
「そうだけどさー」
テセロットの軽口をいなす。
宮殿周辺では路上にひしめく人、人、人。それに混じって警察機がバルカンランチャーを振りまわして威嚇し、空中では近衛のロルドモネーが追い散らすように短い発砲をくり返している。
(どんどん被害者が!)
ステヴィアの胸は悲しみと怒りでいっぱいになる。
パルトリオンが真っ先に飛び込んで近衛機と斬り結ぶ。両腰の副腕が胴体を照準しようとするが、その前に蹴撃で城壁に叩きつけた。
跳ね返った機体の胸の中央をつかみ振りまわす。ジュネ機の強力なパワーで周辺の城壁は30m近くに渡って崩れ落ちた。
「おおー、中に入れるぞ!」
「突入しろー!」
民衆が押し入っていく。ブラッドバウのアームドスキンに組みつかれたロルドモネーは阻止できない。警察機のほとんどもリキャップスのフェニストラが引っ掛けて空中へ。彼女も一機の両脇に足を差しいれて浮かせている。
「このー!」
「黙ってて!」
頭にバルカンを突きつけてトリガー。頭部を粉砕し、斜め下の制御部も破壊した。動かなくなった相手を宮殿広場に放りだす。
「好きやってくれてるんじゃない!」
「なに?」
頭上から迫る灯りには悪意を叩きつけるほどの圧倒的な存在感があった。驚いて見上げると、金色と白に彩られたロルドファーガが大上段にブレードを構えて降ってくる。
「お前が厄介なのは見させてもらってる!」
「どういう……!」
ブレードを抜いて受ける。叩きつけられた力任せの斬撃もルルフィーグの自動反動制御が吸収してくれた。ねじ込まれそうな砲口も同じくバルカンの砲身をぶつけて逸らす。金属が噛み合う「ガギィ!」という嫌な音がする。
「目立つから潰される。自らを悔いるがいい」
「殿下、その敵は嘗めないほうがいいですよ。気をつけて」
(キンゼイ様!)
聞き間違いようのない声に意識を奪われる。
危うく見逃しそうになった横薙ぎをかろうじてリフレクタで受けた。しかし、窮屈になったところを蹴りつけられて機体が流れる。
「そうでもなさそうだ」
「気が散ってるからさ。あなたはぼくの相手をしてもらう」
ジュネが飛び込んできてキンゼイのロルドファーガをさらっていく。
「仕方ない。殿下をお守りしろ」
「エル、ステヴィアに他を近寄せないように」
「わかったから、そいつを遠ざけといて」
互いの思惑が言葉となって交錯する。全身に配置されたレーザー交信モジュールがフル稼働しているのではないかという混雑具合。咄嗟のことにターゲット指定をしていない会話は筒抜けになっている。
「殿下? キュクレイス皇女?」
「そうだ。私に墜とされるのを光栄に思うがいい」
今度は視線誘導でターゲット指定したロルドファーガに回線をロックした。灯りに集中する。弾ける攻撃意思に合わせて受けていると徐々に余裕が生まれてくる。
(びっくりした。こんなに戦える人なの)
斬撃は重い。
戦い方が豪胆だ。キンゼイに感じたような巧妙さはない。しかし、一撃は正確で芯を突いてくる。迂闊に受けると機体がブレる。
「どうしてこんな酷いことをなさるんですか?」
「愚かしいからだ。誰かに支配されねば生き方も知らん。目先の利益やお花畑を夢見てふらふらとする。国の進路まで安定せん」
刃先を走る斬撃を上に逸らす。
「だから示してみせよう、強くたくましい国の在り方というものを。近隣諸国にオモチャ箱にされない未来を。わかったなら私に従え!」
「できません。希望と夢を紡いで伝えるのも立派な生き方です。誰も馬鹿にしてなどいなかったではないですか」
「口にしていなかっただけだ。娯楽を産出しているうちは持ち上げもしよう。しかし、枯渇した瞬間見捨てられるのだぞ。搾取の対象でない強い国にならねばいずれ終わると気づかんか」
声の熱は本物。感情のプロである彼女にはわかる。国を思う気持ちは嘘ではないのかもしれない。ただし、底に潜む濁った支配欲も見えてしまうのだ。
「あなたの支配下ではコンテンツは育ちません。そんな押し付けだけじゃ」
「御託を並べる! 以前のエイドラにこれほどの情熱はあったか?」
「偏った目でしか見ていなかったからです」
突きこまれる剛剣を肘のリフレクタで逸らせつつ照準。トリガーを絞るも、キュクレイスのロルドファーガは下に躱している。砲口を膝で蹴って跳ねあげた。
皇女の灯りは火炎のごとく赤く揺らめく。組み付いてこられると感情まで流れてきそうだ。それに飲まれるのは危険に感じる。
(あまりに熱い。周りを溶かしてしまいそうなほど。こんな方を守らねばならないのですか、キンゼイ様?)
ステヴィアには彼がなにを求めているのか解らなかった。
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