金井七海

 金井七海、彼女は短気であった。すぐに怒り、すぐに泣き、我儘を極めた存在。

 そんな彼女に友達と呼べる存在はおらず、孤独の日々を過ごしていた。

 募らせるストレス。我慢を覚えようと耐えてもすぐに怒り諦めてしまう。

 そんな彼女が変わったのは、小学五年の時、弓道と出会ってからである。


 天才、そう呼べる程に彼女の成長スピードは早かった。

 当の本人は楽しくやっていた。的を貫く感覚、それが癖になったのだ。

 的を人と思い、綺麗に貫くイメージを頭の中で繰り返す。

 すると自然に実力は向上した。


 的に当たると言う感覚が楽しく、ひたすら射る技術は向上した。

 しかし、他がダメでなかなか評価は上がらない。

 それでも彼女は良かった。それが自分だからと言い訳をしていた。


 努力を嫌い、我慢を嫌い、自由を愛し、孤独を受け入れた。

 そんな存在。

 それが変わったのは中学の部活である。

 最初はそこまでだった男、そんな男が急激な成長をしたのだ。

 追い付かれる技術。そこで初めて、彼女は焦りを覚えた。


 的を射る感覚の楽しさで弓道をしていたのに、何時の間にかそれは自尊心へと変わっていた。

 そんな誇れる事を脅かす存在が現れたのだ。

 そこで彼女は遂に、他の事にも頭を回す様に成った。

 一度、完全大会形式でバトルした。そこで七海はその男に負けた。

 だから、必死に弓道を学んだ。父から学んだ。男から学んだ。

 色んな所から学び、そして気付かぬ内に我慢を覚えた。

 我慢を身につけていた。


 日々成長する自分がとても誇らしく、とても楽しかった。

 我慢が出来、努力の楽しさを知った彼女。

 そして何時しか彼女の目には毎日の様にその男の姿が映っていた。


 そんな彼女は今、部屋の中で悶えていた。


「あぁ! どんな服がいいんじゃ! 久しぶり過ぎて何時も着ていた服忘れてもうたわ! 弓道着か! 部屋でもそんな格好って思われ変人扱いじゃ! 今更か! てか、天音はそんなの気にせんて! 違う! うちが気にするんじゃ! うぅ、悩む〜」


 そんな事を叫んでいたら、どさどさと足音を響かせて、ドアを強く開ける青年が現れる。


「なんじゃ兄貴」


「うるっせぇぞ! こちとら大学受験が控えんだ黙ってろ!」


「あぁん? まだ夏休みにも成って無いじゃろ? 今してもどうぜすぐ忘れる」


「忘れるから必死にやってんだろボケっ!」


「兄貴が行けるヤンキー校じゃどこの大学も受け入れてはくれん!」


「ヤンキー校じゃないわ! 偏差値71ある学校だわ! バカにんすな! それに俺はそんなに喧嘩強くねぇ!」


「あぁそうかい! うちは今大事な決断の最中じゃ、勉強に集中したら聞こえんて、さっさと出てけや!」


「うんにゃろ、押すな! 大体お前がオシャレした所で誰もキョーミねーって」


「うるさいわい!」


 そこから、ギリギリまで悩むのだった。


 ◆


「相変わらずでかいよなぁ」


 七海の家にお邪魔する為に来た。彼女の家は代々受け継がれて来た大きな家だ。

 江戸時代から修理を重ねながら同じ外見を保っているらしい。

 弓道場も含まれているので、余計に大きく成っている。

 敷地面積もかなりのモノだが、家本体も大きい。

 庭には大型犬を二匹放し飼いをして、猫も一匹飼っている。

 家庭菜園もしっかりしたモノだ。


 チャイムを鳴らすと、家政婦さんが出てくれる。

 門を開き、中まで通される。


「いつ見ても圧倒されます」


 花壇もあり、綺麗に季節に合った花が咲いている。

 庭で犬と戯れている小学生がおり、その光景を猫が見守っている。


「あ、天音兄ちゃんだ」


「久しぶりだな。心之助」


「うん!」


 子供の純粋な笑顔。頭を撫でれば素直に喜んでくれ、トコトコと小さな足を必死に動かして家の扉を開ける。


「あがってあがって! 七ねーちゃん! 天音兄ちゃん来たよおおおお!」


「え、ちょま、うわっ」


 ドドトン、と階段から転げ落ちる音が聞こえる。

 音だけでも痛そうだ。


「相変わらず忙しないな、七海」


「あはは。久しぶり、天音」


 紫色の髪の毛を腰まで伸ばしている超ロングヘアーの七海。

 今度はコケない様にゆっくりと残りの階段を降りて、玄関まで来る。

 家政婦さんは母親の手伝いの為に畑へと向かった。

 心之助も犬達との遊びに戻る。


「お父さんは?」


「父は普通に仕事やな。てか、なんで天音はうちと同じ高校にしなかったんじゃ」


 部屋に向かいながらそう言われた。ちなみに彼女の服装は私服だと思われる。



「な、なんじゃジロジロ見よって」


「いや、弓道着姿以外は初めて見たなぁと思って」


「そ、そうか? てか、話をそらすでは無い!」


「あー。普通に弓道をガチガチでやるつもりなんて無かったし、強豪校に行く必要無いと思ったんだよ。今の高校が偏差値も高くて有名だし、何よりも校則が緩い。そして家から近い」


「そうだとしてもさ〜。今はなんの部活をしているんじゃ?」


「弓道だ」


「うちと同じ高校で良かったじゃんか!」


 膝から崩れ落ちる七海。


「まぁあ、確かに、天音の方が少しだけ難関だけどさぁ」


「あははは。てか、弓道しないの? 一応矢は持って来たけど」


 矢筒を見せ付ける。キョトンとして、少しだけ明るい笑みを浮かべた。


「そうじゃな。うちらはやっぱりそれしかないな。先行っててくれ」


「分かった」


 弓道場へと向かう途中、七海のお兄さんに呼び止められた。

 内容は三年の内容でいまいち分からない所を教えて欲しいとの事。

 取り敢えず、解き方や公式などを教えておいた。後は彼次第だろう。


 弓道場に向かって、その中で自分が普段使う弓を選んで準備をする。

 ゆがけなども嵌めて準備を終わらせた頃に、七海がやって来る。

 伸びていた前髪を耳に掛け、長い髪の毛を一本に纏める。

 服装は私服の様な姿ではなく、袴に包まれている。


「さて、腕が訛ってないか、チェックしてやる」


「悪いが、こっちは腕の良い先輩が居てね、そんな簡単に腕は鈍らないよ」


 一時間、休憩は無しでひたすらに打ち込んだ。

 休憩として、庭の花壇を眺めながらスイカを食べている。


「ふぅ。⋯⋯太陽滅ばんかな」


 暑さから狂った発言をする七海。


「そしたら人類滅亡だな」


「それは、困るなぁ」


 暑さからか、本当に中身の無い会話が続く。

 スイカの美味しさも今ではあまり感じない。

 テレビとかではこう言う場所でスイカを食べているイメージだが、現実では暑すぎる。


「天音の学校は今何やってんの」


「体育祭」


「天音の種目は?」


「ドッチボール」


「⋯⋯何も出来ずに当たっているイメージが浮かんだ」


「それは間違っている。そっちは?」


「特にこれと言ってない。部活で年上達に嫌われたくらいじゃ」


「大事じゃないか」


 そんなのんびりとした時間を過ごした。ここに来ると、心がだらりと落ち着く。

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