伝えられないもどかしさ


 控室で待機している時、岬から連絡があった。

 これからみんなでスタジオに向かうらしい。


 岬と三人が一緒になるのが若干の不安があるが、きっと大丈夫だろう。


 とりあえず小田原の件は大丈夫そうだ。

 そういえば、俺はプロを目指すダンス教室に講師として招かれた時、生徒に小田原が居たような気がした。

 生徒の顔は見ないようにしていたからうろ覚えだ。

 それに、俺はちゃんと化粧をしていたから、誰にもバレないと思っていた。



 俺は彼の何かを刺激したんだろうか?

 もしも、彼と話していれば問題は起きなかったかも知れない。俺の努力不足だ。


 陰キャという立場にあぐらをかいていた。

 陰キャを理由に誰とも関わろうとしなかった。


 だって……、俺が誰かと関わって幸せになったことなんてない。

 岬とアリスにはいつも迷惑をかけている。

 クラスメイトと喋ったとしても、気味が悪いと思われている。


 ……偽物の関係でも、俺と向き合ってくれた谷口さん。

 自分の嘘で苦しんでいた原島。

 俺を子供の頃から知っている関口。


 俺達の関係には恋愛感情はなかった。

 だけど、あの過ごした日々は存在している。


 言われるがままに付き合ったけど、何かがそこにあったんだ。


 走馬灯のように頭の中で思い出が駆け巡る。

 変な気持ちが湧き上がってくる。

 あの子たちと笑いながら楽しそうにしている俺が存在していた。

 自分の顔なんて見えないはずなのに……、なぜ楽しそうだってわかるんだ?




 三人の事を考えると俺は何故か胸が痛くなっていた。昨夜の全力疾走の時みたいに、とても熱く、とても痛い。


 関口の件で忘れていた好きという感情。

 それとは違う別の何かが俺の身体の中に蠢く。


 わかりそうでわからないもどかしさ。


 ……なら観てもらえばいい。俺の気持ちを、俺の全てをさらけ出したパフォーマンスを。




「さーせんっ、ツバサさん、そろそろ準備お願いしまっす! うわ、なんすか、今日すごく気合はいってるっすね! マジでオーラが見えるっすよ!」


 ADの石崎君が俺に声をかけてきた。

 座っているだけで身体は汗ばんで、蒸気を発している。

 俺は頷いて、スタジオへと向かうことにした――








 STRオーディションは最終的に残った20人の中から5人を選ぶ。

 今日は自分で作ったダンスと歌を披露して、リアルタイムのファン投票と、現役アイドル審査員たちの投票によって上位5名が決められる。


 俺は現在18位のギリギリラインだ。

 特にアイドルとしてアピールしている場面は少なく、ニコリともしない俺は、ここでも陰キャを発揮していた。




 舞台裏に立つといつもと感覚が違った。

 なんて言っていいのかわからない。全身が研ぎ澄まされている。


 今日は公開スタジオだ。

 観客を入れて、ライブさながらのパフォーマンスをしなければならない。



 パフォーマンスを終えたSTR生は、全力を尽くして泣いている者もいれば、満足したパフォーマンスが出来なくて悔し涙を流している者もいる。


「ツバサ、俺の次はお前だな。俺とお前で絶対勝ち残ろうぜ!」


 俺の一個上のダンサーである若林リュージ君。

 陰キャな俺とも話してくれる頼れる存在だ。


「わ、若林君も、頑張って……」


「おっ、なんかいつもと違えな! パフォーマンス楽しみにしてんぞ!!」


 そう言って、若林くんは舞台へと上がるのであった。






 次は俺の番だ。

 なんだろう、胸の痛みが全身に広がり、熱を帯びているみたいだ。

 こんな気持ちになるなんて初めてだ。これが緊張なんか?  

 でも、緊張とは少し違う気がする。


 身体が燃え上がっている感覚だ。

 それが何かわからない。



 俺は司会者に呼ばれて舞台へと上がる。

 視線は招待席へと目が行く。


 岬が引き連れてきたみんなが緊張した面持ちで俺を見つめていた。

 自分の口元が動いたのを感じる。


「うおぉ!? 珍しいですね! ツバサ君が笑ってるなんて。これはパフォーマンスも楽しみです。それでは――――」



 司会者の声が段々と遠のいていく。


 無駄な事は全て排除して踊っていた。


 だけど、今度は違う。


 この気持ちは無駄なものじゃない――

 パフォーマンスに自分の気持ちを乗せるんだ。


 音楽が流れた出した瞬間、俺は自分の溜め込んでいた何かを爆発させた――




 ***********




「小田原? このツバサって子が源なのか? 非常に全然違うじゃないか!」


「うっせ……」


 俺、小田原シュナイダーは、放課後に西園寺と二人でSTRオーディションを観ている。


 ……わかってんだよ。自分勝手な嫉妬だって。


 俺は子供の頃からずっとアイドルを目指していた。

 そんな事は誰にも言ってない。陰で血が滲むような努力を重ねた。

 同世代の奴らには絶対負けないと思っていた。

 なのにINTオーディションは一次書類審査で落ちた。STRオーディションは三次予選審査で落ちた。


 悔しかったけど、三次までいけて正直満足した部分もある。まだ若いから次はイケる。そう思った。





 ……ツバサの踊りを間近で見てショックを受けた。


 努力ではどうしようもない壁というものを、その時初めて知った。


 ツバサが俺のダンス教室に来た時に、あいつが源だってわかった。

 学園のジャージで踊るやつがいるかよ……。


 ――劣等感。


 あいつを見るたびに腹の底に渦巻く。

 一度も話した事がないクラスメイトなのに、俺にトラウマを与えやがった奴だ。



「おい、源が踊るぞ!! 俺はまだ疑心暗鬼だ! あいつはあんな風に笑うのか? 中々の色男じゃないか! ところでメシは無いのか? 俺は腹が減ったぞ!」


「黙って観てろよ」



 ツバサが舞台に立った瞬間、場の空気が変わった。

 いつのも硬質的な雰囲気じゃない。


 人間味あふれる笑顔を魅せていた。

 誰もが息を潜めている。


 音楽が始まると、あいつは動き出した。俺の全身に鳥肌が立った――


 その歌声は全ての人を魅了する。

 そのダンスは全ての人を魅了する。




 歯を食いしばって『ツバサ』の本気のパフォーマンスを観てしまう。観たくないのに観てしまう。


「………………ほぁ」


 いつも騒がしい西園寺が口を開けっ放しで画面を観ている。


 俺とは次元が違う。


 INTオーディションの時も思ったが、あいつは普通じゃない。


 今、この舞台に立っているツバサは以前とは違う。


 世界トップレベルのダンスを踊るのに、アイドルとしての表現を魅せているんだ。


『ツバサ君!!!!!!!!!!!!』

『あいあああああああぁぁあぁぁぁぁ!!!!!!』



 叫んでいる観客もいれば、涙を流しながら観ている観客もいる。

 人間はギリギリ理解できる最上のものに触れると、感極まる。


 あいつのダンスと歌にはそれだけの魅力がある。

 たった十五分。


 それだけの時間で、あいつは全世界の視聴者を味方に付けやがった。視聴者の全パフォーマーに火を付けやがった。


「お、おおおおぉぉぉぉっ!! 素晴らしかったな!! 源君はすごいんだな!! ……ん? 小田原? どうしたんだ? お前は泣いてるのか?」


 言葉が出せなかった。


 自分が本当に小さい人間だって再認識できた。


 とんでもない事をしでかしそうになったって自覚している。


 俺は自分の劣等感を抑えられなかったんだ。



「ひ、ひっぐ……、な、泣いて、ねえよ……」


「なんだ、スタンガンを食らって反省したんじゃないのか? ……小田原、謝りたいなら俺が付き添ってやるぞ」


「…………っ」


 俺は嗚咽を抑えずに、泣きながら頷いた……。





 *************





 この十五分間に今までの自分を全部出し切った。

 なんでこんなに踊れたかわからない。


 会場のざわめきが今日の俺の評価と直結している。

 きっと良かったんだろう。

 たった十五分のパフォーマンスで息が切れたのは初めてだ。

 疲労感が心地よい……。


 招待席のみんなはずっと拍手をしてくれていた。

 三人の事は意識して考えないようにした。

 何故かって? なんだか恥ずかしいんだ。


 俺が恥ずかしくなって退場しようとすると、司会の人が我に返って、俺を引き止めた。


「ちょ、待って下さいって! すみません、ツバサさん! あまりにもすごいパフォーマンスで思わず放心しちゃいましたよ!!」


 俺は髪をかきあげながらそれに答える。

 何故か会場がどよめく。


「あ、ありがとうございます」


「おっ、珍しいですね。ツバサ君がちゃんと喋ってくれるなんて。クールキャラでしたもんね」


「そういうわけじゃないんです。ただ……、人見知りするだけです」


「なるほどっ、ところで、今日はツバサ君を応援しているファンの皆様にどんな事を伝えたいですか?」


 俺は一瞬だけ目を閉じる。

 そして、岬たちがいる席に向かって礼をする――


「――自分の想いをパフォーマンスに乗せただけです……」





 そう言った瞬間、俺は急激に感情が高まってしまった。

 こんな経験は初めてだ。

 抑えられない感情なんてないと思っていた。


「ツバサ君っ!? 大丈夫ですか!!」


 スタッフが裏手から出てきて、俺を支えてくれる。

 俺はそれでも最後に一言だけ言いたかった。


 涙が溢れて止まらなかった。

 子供みたいに泣き叫んでしまう。





 ――みんなと仲良く、したかっただけなんだ……。





 その言葉が頭に浮かぶ。

 それが何を意味するか理解している。


 このダンスは俺の想いを乗せた。




 恋愛感情なんてはじめから無い。

 終わりがわかっていても、嘘だとわかっていても、振られ続けたとしても、楽しい時間が苦しくて……、悲しくて……。それでも嬉しくて……。


 こんな俺と一緒にいてくれて――



「あ、り、がとう……」


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