第35話 神威
僕は、不穏な気配を感じて、月の神殿に向かって駆け出した。飛行船ファルコン号の船長ヤシャームさんも一緒だ。月の神殿の入り口からファルコン号の航海長が飛び出して来るのが見える。彼は、僕たちに気づくと、叫びながら全力でこちらに駆け寄る。
「船長!不味いッ。魔道具の暴走だ!!」
「干渉を受ける前にファルコン号のコアを起動させろ!」
ヤシャームさんは、飛行船の係留地点を指差し、航海長に命じる。
「了解ッ」
巨大な階段を駆け昇る航海長。
「魔物だッ!!」「黒い魔物だ!」「ヤバい奴だ!」
発掘作業を行っていたファルコン号の乗組員が、続け様に通路から脱出し、口々に叫ぶ。
ヤシャームさんは、魔物と一戦交えるつもりなのか、サーベルを抜いて構えた。僕は、サーベルを握る彼の右手の甲に手を添え、彼を押し留める。
「ヨウスケ?」
彼は目を見開き、僕の顔を凝視する。勇者でも使徒でもない。高ランクのベテラン冒険者と雖も狂乱状態で襲いかかって来る無数の廃地の魔物どもとやり合うには力が足りない。僕は頭を左右に振って撤退することを勧める。死なれては目覚めが悪い。
「ヤシャームさん達は、上空に退避してください」
困惑の表情を浮かべ、数拍の後、彼は諦めたように頷いた。
「是非もないか……野郎どもッ!撤収だ。船を出すぞ!!」
僕は彼の背中を見送る。このマッチポンプ感。我が事ながら割り切れない。だが、やるしかない。相手が廃地の魔物なら気兼ねなく殲滅できる。全力全開の勇者(英国面)を見せてやる。
ヤシャームさんの部下全員がファルコン号へと退避を開始する。その後、2分と経たない内に、魔物どもが月の神殿から溢れ出す。ヤシャームさん達は巨大な段差を登り続けているが、飛行船の係留地点まで漸く半分と言ったところだ。辿り着くまでに、未だ10分程度の時間は必要だ。大きく息を吸ってゆっくりと吐き出せば、僕は女神様(英国面)の存在を間近に感じる。
『……』
——では、ヘイト稼ぎますよ。観ていてくださいね。
「我が神は偉大なり。我が神に平伏せぬ無知蒙昧なる輩に裁きの鉄槌を」
僕の
ドン!
僕の相棒が、FH70——155mm榴弾砲——の砲撃を超える轟音を発した。神力が限界まで充填された.303ブリティッシュが着弾すれば、数十体の魔物を消し炭に変え、月の女神の入り口を吹き飛ばした。
「さあ、始めようじゃないか。廃地の魔物とやらの力を見せてもらおうか」
一体誰なんだよと思わず突っ込みたくなるようなセリフが僕の口から滾れ落ちる。次弾装填。続け様に5連射。
ドン!ドン!ドン!ドン!ドン!
着弾点に半径10m程度の青白い火球が発生する。同時に衝撃波が広範囲に広がり、魔物どもを吹き飛ばす。だが爆風が消えれば、何事もなかったかのように黒い魔物どもが次々と僕に向かって突進してくる。形状もなにもない。不定形の名状し難き魔物どもが呻きとも叫びとも判然としない、音を立てながら迫って来る。その数などわからない。黒い津波のように押し寄せる。
足止めをするなら、奴らの先頭を直射するよりも手前に着弾させて破裂させた方が効果があるようだ。僕は、それに気がつくと、神力を充填して更に4連射。
ドン!ドン!ドン!ドン!
撃ち終えて、僕は魔物たちの気を惹いたと確信した。踵を返して太陽の神殿に向かって走り始める。魔物の群れを引き連れ、遺跡の主道を駆け抜ければ、飛行船の係留地点から魔物を引き離すことができるだろう。
しかし、走り出すタイミングが僅かに早かったせいか、一部の魔物達のターゲットがヤシャームさん達へと切り替わった。不味い。魔物達が折り重なる様に我先に、船長達に襲いかかった。僕は勇者の超感覚を発動して、第三者視点で、船長達の様子を把握しつつ、走りながら
ヤシャームさんが這い寄って来る廃地の魔物を瞬時に数体倒す。流石に名の知れた冒険者だけのことはある(上から目線)。他の乗組員を援護している腕っぷしの良い数人が飛びかかって来る不定形の魔物を叩き潰す。勇者(英国面)の超感覚がヤシャームさん達の叫び声を捉える。
「俺にかまうな!とっとと乗船しろ!!」
「船長もッ」
「俺は一発デカいの撃ち込んでからだ」
最後まで共に戦っていた乗組員を収容し終えるとファルコン号は急速に上昇を開始。同時に彼の魔技が炸裂した。
ファルコン号を掠めるように爆炎が立ち昇る。ヤシャームさんの前方に出現した炎の壁は、ファルコン号に肉薄していた魔物たちを消し炭に変えた。炎の壁と引き換えに彼のサーベルは刀身を失った。手に残ったサーベルの柄を放り投げると、彼はファルコン号から降ろされた縄梯子をに捕まり、空中へと身を翻した。序でに魔物を煽る。
「あばよッ!」
彼は、魔物の群れに一撃を加えた上で、ファルコン号にぶら下がり、首尾よく脱出に成功。伊達男は何をやっても絵になる。悔しいが。
魔物どもは絵になる男を逃したくないらしい。群体化して巨大な触手と化して上昇中のファルコン号に追い縋る。ならばと、僕は視点を切り替えて、触手を破壊すべく狙撃モードに入った。
「やらせはせんよ」
僕は前方に向けて高く飛び上がり、身体を捻り後方へと振り向いて、
「そうだ。それで良い」
僕は身体を半回転させて着地し、転がりながら体勢を整え立ち上がる。再び走り出す前に魔物の群れの動きが激化。瞬きする間もなく、僕の行手が遮られた。瞬間移動でもしたかと錯覚する程だ。恐らく地下から石畳の隙間を抜けて、湧き上がって来たのだろう。あっという間に魔物の群体が迫り、壁のように覆い尽くす。
僕は、素早く相棒を構え神力を銃剣に充填し、魔物の壁に向かって突貫する。
「
今や僕の突貫は衝撃波を伴う。魔物の群体が作った壁をブチ抜き四散させれば、太陽の神殿までの道が再び開かれる。続けてお約束とばかりに、半透明の脈打つ異世界文字列——ジョン・ブル・魂ッ!——が視界を塞ぐ。
「予測済みさッ」
間髪入れずに叩き割って、
ジョン・ブル・魂ッ!の技能木の何処にも神話的な英雄の名前など記されていない。世の中そんなに甘くない。サー・ウィンストン・レナード・スペンサー・チャーチルならあるけどね。英国面の代表格たる大首相を召還したところで、異世界の魔物との戦闘に役立つとは思えない。『我々は決して降伏しない』と宣って、
僕がジャック・チャーチル中佐を召喚すると、大量の矢玉が魔物の群体の頭上に降り注ぐ。穿たれた魔物どもは悍ましい叫び声を上げて霧散した。更に天空から閃光が奔ると目玉に無数の触手が生えた超巨大な魔物——
「神兵よ。貴殿が目指す先へと突き進め。ここは我らに任せよ」
その言葉に応じて、僕は勇者(英国面)に相応しく優美に一礼。太陽の神殿の頂上に向い、再び駆け出した。背後からチャーチル中佐の喜悦極まる台詞が聞こえる。
「ああ、これぞ
続けてバグパイプの奏でる音楽が聞こえる。“Will Ye No Come Back Again?”だ。勇ましさとは無縁なのだが、チャーチル中佐の演奏は、彼のコマンドー部隊にバフを載せた。烈々たる攻撃で廃地の魔物どもを屠って行く。だがそれ以上の勢いで名状し難き魔物どもは大河の奔流のように遺跡群を飲み込む。東西南北十数キロ広さの遺跡は魔物で溢れ返った。チャーチル中佐たちの円周防御陣だけがぽっかりと浮いている状態だ。
僕は既に太陽の神殿の頂上の祭壇の上に到達。遅れて魔物の群体も太陽の神殿の最下段まで達していた。頃合いは良し。先ずは、チャーチル中佐たちを帰還させよう。遠くでバッグパイプを演奏している彼と目が合うと、少しだけ残念そうな表情を浮かべていた。まあ、次もあるさ。また会いましょう。光の柱が天空に昇るとチャーチル中佐率いるコマンドー部隊は
太陽の神殿、祭壇の上、まあ光の女神様の領分だからこそ、天空からの召喚にブーストが掛かるだろう。僕は女神様を讃え。神威の召喚呪文を唱える。巨大なネヴィル・シュート・ノーウェイ師匠の姿を幻視した。
「
静止衛星軌道から次々とパンジャンドラムが降り注ぐ。只の質量兵器。だがよく見るまでもなく、デカくて見窄らしいボビンのような作りとは言い難い。此奴らは、映画の
それにしても数が多すぎる。10分も経過しない内に魔物も遺跡も周りの森林も殆ど消し飛んでしまった。当然のことながら、数個の神威パンジャンドラムが僕に向かってくる。
様式美というべきか。これもお約束というべきか。いや、ふざけんなッ、である。僕は
僕は直径20mはあるメカめかしい金属製球体に弾き飛ばされた。
勇者(英国面)としてはどうかと思うが、神力が消えてしまえば、あとは物理的な
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます