#09 明日じゃ意味が無いの

「あ、阿呆キョン、お帰り」

「帰ってくるなり阿呆呼ばわりは無いだろ、お前」


 まぁ、そう言いたくなる気持ちは分かるけどさ。……ジョン=スミス、まさかとは思うがお前、失敗したんじゃないだろうな。

 いや、それは無いか。未来からアイツが来た以上、この計画は成功してるって事だ。そして、それより何より、アイツは信じるに足る男だって俺は知っている。

 自信過剰? 何とでも言ってくれ。


「未来人には会えたか?」

「ビミョー」


 お得意のアヒル口でハルヒはそう漏らすも、満更でも無さそうに眼が笑ってるのはどういう了見だい? 思わず俺の口の端も上がっちまうぜ?

 仕事はきっちりやってくれたみたいだ。流石は、未来人。俺じゃこう上手くはいかなかっただろうよ。今更届きはしないだろうが、感謝はしておく。サンクス。お疲れさん。


「大体、あんなので『自分は未来人です』って言われて納得する様な馬鹿居るの?」


 少女が愚痴る。えっとな、ハルヒ。「あんなの」でも本当の本当に未来人なんだ。

 当初の予定では未来人ですら無かったんだぜ? それに比べれば鯉と龍ぐらいの違いが有るとか……いや、詳細に説明は出来ないんだけどさ。

 服を着替えただけの俺が未来人として登場するつもりだったんだ。馬鹿にしていた訳じゃこれっぽっちも無いんだが、当てが無かった末の苦肉の策ってな。それに比べれば破格の配役だろ、アイツは。

 なんせお前が長年会いたがってたジョン=スミス御本人様だ。……気付いて貰っても困るが。


「……ん? あれ?」


 どうした、ハルヒ? 鼻なんか鳴らしても笹の匂いしかしないぞ、此処。


「ううん、何でも無い……気のせいよ、きっと」


 そうかい。ま、引っ掛かりくらいは覚えてくれないと、こちらとしても困るし言及はしないけどさ。


「宇宙人と未来人については……納得はしてないわね。キョン、超能力者はどうしたの!?」


 ハルヒが俺をねめつける。声にこそ出さないものの「今度こそ本物を自分の前に用意しろ」と眼が雄弁に語っていた。右手がゆるゆるとスリッパに伸びていっているのは自重してくれ。

 俺は壁に掛かっている時計を見た。時刻は八時を少し過ぎた辺り。別働隊との取り決めまでには少しばかり時間が有った。


「超能力者をお披露目しても良いんだけどな、ハルヒ。未来人はお気に召さなかったみたいじゃないか」


 やれやれとオーバー気味に肩を竦める。少女はせせら笑った。


「あんなんじゃ今時、幼稚園児さえ騙せないわよ。せめてサンタの衣装でも着て来ないと」

「時期外れだろ」

「だったら平安貴族の格好して『彦星です』ぐらい言いなさい」


 オイオイ。彦星はお前の話じゃ宇宙人なんだろうが。未来人で出て来たらそれこそ本末転倒も良い所……って、そんな事が言いたいんじゃないよな、コイツは。分かってるさ。

 だがしかし、やられっ放しも悔しいのでちょっとだけ真実を言ってやる。


「お前が未来人に対してどんな感想を抱いたのかは知らんけどな。アイツは正真正銘、未来人だぞ。天地神明に誓っても良い。……神様なんざ信じちゃいないが」

「ふーん……何にでも誓える? 例えば……初恋の相手とか」

「親戚のねーちゃんは駆け落ちして音信不通だ」

「妹ちゃんは?」

「誓える……が、アイツに誓った所で何の束縛効果が有るってんだよ?」


 相変わらずハルヒの考える事はよく分からん。この一見意味の(俺にはどう足掻いても)見出せないやり取りにもコイツ的には何か思う点が有ったようで、ふんふんと楽しそうに頷いている。


「そんなに疑わしかったかよ、未来人は?」

「まぁね。信じるのは……みくるちゃんぐらいじゃないかしら?」


 ハイ、その人本物の未来人ですからっ! 残念っ!

 ……ネタが古いな。俺とした事が。


「ああ、もう! 過ぎた事はどうでも良いのよ! キョンっ、超能力者は用意してないの?」

「用意とか意味が分からない」

「ハァ? この流れは超能力者が扉を叩いて、『どうも、古泉一樹です』って来る流れでしょうが! 察しなさい、ニブキョン!」


 ……今のは冗談だよな……うん。

 でも、その手の冗談は止めとけ? そんな「全部まるっとお見通しだ」的発言は、メタとかそれ以前に話の根底が崩れそうで怖い。背筋がゾクッとしたわ、マジで。


「なんだ? 古泉が良いのか?」

「そうじゃないわよ。ただ、あんな感じで颯爽と登場する超能力者は用意してないのか、って話じゃない」


 少女が腕を組む。どこの面接官を気取ってるのか知らないが、偉そうだな。ま、そうは言っても用意してない事も無いさ。ああ、っつーか当然に準備はしてあるとも。


「さっき、超能力者にもツテが有る的な事を言ってたわよね?」


 ハルヒが「越後屋、お主も悪よのぅ」なんて今にも言いそうな顔をしていた。期待している……されている。「待ってました」と言いたいのを堪えるのは中々難しかった。


「あ? そんな事言ったか、俺?」

「言ったわよ!」


 ハルヒがこちらに近付いて来たのは、恐らく締め上げて白状させる為。抵抗はしない。時間も……そろそろ引っ張らなくても良いだろう。


「さぁ、キリキリ吐きなさい!」

「ちょ……ハル……おま、マジで締まっ……ギブ! ギブッ!!」


 堪らずタップ。気が遠くなって「この道300m先を右、お花畑」って看板が見えた所でようやく解放された。

 お前の馬鹿力で締め上げたら普通に人が死にますとか、そんな恨み事を言うよりも先に空気を味わうので手一杯で。ああ、生きてるって素晴らしい。

 呼吸、超大事。


「ち……超能力者は色々と限定が付くんだよ」


 咳き込みながら、なんとかそれだけを伝える。するとハルヒは眼に見えて輝きだした。なんだ、今の俺の台詞に食い付く所が有ったのか?

 名古屋名物手羽先並に、食える部分なんざ俺には見当たらないんだが?


「限定! アレね? こう、限られた空間でしか力が行使出来ないとかそういうのね? 何よ、キョンのくせに分かってんじゃない!!」


 分かっててやってるんじゃないのか、とツッコミたくなった俺を誰が責められよう。まぁ? 古泉の能力はコイツに起因するものであるのだから、コイツが思い描く超能力者像であっても何の疑問も無いのだが。

 しかし、釈然としないのは俺の心が狭いからか。そうか。そうですか。


「で? キョンの知り合いの超能力者はどんな場合にその能力を発揮するのよっ? ちゃっちゃと教えないとあたしの32mm砲が火を噴くわっ!」


 スリッパじゃねぇか。いや、確かに威力は折り紙付きだけどさ。止めろ。止めて下さい、お願いします。


「……次のやられ台詞は『やっくでかるちゃー』かな」

「何もロボットものに固執する事も無いでしょ。『あべし』とか『ひでぶ』とかも分かり易くて好きよ?」


 何の話だ、二人揃って。話が脱線してるぞ、馬鹿。


「あー、俺の知り合いの超能力者はな」

「ふんふん」

「その力を使える時間が決まってるんだよ。パートタイマー制っつーのか? あんな感じ。今日の所は八時半過ぎだな」

「……何、その中途半端な時間設定。二十四時と零時の狭間、辺りにしておきなさいよ。夢が無いわね」


 悪かったな。お前だってラノベやら漫画やらの読み過ぎだ。大体、そうじゃないといけない理由が有るんだよ。


「理由って何よ。一応聞いてあげるわ」


 あたしは心が広いからね、とホザく団長様。誰を比較対象にしてるのやら。どうせ、俺は心も器も小さいですよ。だが、分相応を知ってる時点でお前よりはマシだと思うね。うん。


「……今日の台風、この街を直撃すんだとよ」

「知ってる」

「直撃、って意味分かるか?」

「……死にたいの?」


 まさか。俺は平々凡々に生きて畳の上で大往生が夢なのさ。だからフロントチョークは止めて? 続き喋れなくなっちゃうから、永遠に。


「あーもう! 何が言いたいのよ?」

「窓の外を見てみろって。何か、気付かないか?」


 ニヤリ、口の端が上がっていくのを止められない。台風直撃中だってのに、さっきから風雨の描写をまるでしてなかったのは決して俺の怠慢じゃないんだ。

 なぁ、そこんトコには気付いたかい?


「台風にはな……」


 ハルヒが窓を振り返って言葉を失っていた。背中が震えているのは歓喜か? それとも驚嘆? どっちでも良いさ。


「『目』が有るんだよ。そして、直撃ってのは、それが上空を通るって意味さ」


 部室の外、雨と風はその姿を隠しひっそりと夜は静まり返っていた。

 まるで、これから俺達が何をしようとしているのか分かっているように。神様も中々粋が分かるじゃないか。


「雨……止んでる」

「一時的に、だけどな」


 雲は変わらず立ち込めて、渦を巻いているのだろう。暗くて確認は出来ないが、星が見えないから恐らく俺が頭の中で思い描いた図で間違いない筈だ。


「台風の目に入ったんだ」


 俺はハルヒの隣まで歩き、一緒に窓の外を見つめた。


「ベガもアルタイルも見えない……か」


 ハルヒが呟く。俺は首を振った。縦にじゃない。横に。少女の言葉を否定した。


「見えるさ」

「……あんた、明日にでも眼科行って来たら?」

「いや、俺にも流石に今は見えねぇよ?」

「明日じゃ意味が無いの」


 知ってる。七夕の今日だからこそ願いも叶うんだしな。それも含めて口にしたつもりだが、そうは聞こえなかったか?


「……どんだけ楽観主義なのよ、キョン。台風が過ぎるとしても零時過ぎになるわ。今年の七夕は残念だけど……流れちゃったの」

「決め付けんのは早い」


 じっと夜を見つめながら呟く。


「お前は言ったな。無いなら創れば良い、って」

「それは部活の話。流石に星を創るのは無理よ。神様の仕事ね」


 ああ、だから神様に仕事をして貰おうと思ってんのさ、ハルヒ。俺達で後押しはしてやるが、星を創るのはお前の仕事だろ?


「そうでもない。人間は過去に沢山の星を創ってきたからな」


 超能力者の言葉を借りると、だ。


「人間原理、って言葉が有る。観測者が居なきゃ、そもそも何も存在しちゃいないって考え方だ。だったら、星を見つけた過去の人間が、星を創ってきたと言い換えれない事も無いよな」


 より質の良い望遠鏡を使って新しい星を発見する。その作業は星を創るのとまるで変わらない、ってのは自分で言っていても極論が過ぎるとは思っちゃいるが。


「だーかーらー。無理だって言ってんでしょうが。もし仮に望遠鏡をどっかから持って来たとしても、こう雲が立ち込めてたら星を見る事すら出来ないのよ?」


 確かに。なら、話を変えようか。


「台風ってのは結構局地的なものだよな。今日、この街は台風にもろ晒されちゃいるが、他所じゃ晴れてる所も有るだろう。七夕花火大会なんてのを今、丁度やってる所も有るだろうさ」

「あー、確かウチの市でも今年は七夕に花火大会を企画してたのよね。この空気を読まない低気圧の所為で延期になっちゃったけど」


 部室のホワイトボードに貼ってある、A4サイズのチラシをしみじみと見ながらハルヒがボヤく。ソイツの周りには「女性陣浴衣着用!」と「台風のバカ」の二文が殴り書きされていた。


「キョン……あんた、まさか他が晴れてるから良いんじゃないか、なんて考えてるんじゃないでしょうね」

「少しばっかり考えてる」


 俺がそう言うとスリッパで頭を叩かれた。脳天直撃、セガサターン。

 セガのゲームは世界一だ。


「馬鹿じゃないの!? 他で晴れていようが花火してようが、あたし達が願い事を吊るした笹からベガとアルタイルへの直線状に雲が掛かっていたら願い事は叶わないのよ!?」


 ……まぁ、織姫と彦星のラブロマンスよりは目先の願い事の方を重要視する気持ちは分からんでもない。だが、あまり人をボカスカ叩くな。頭が悪くなったらどうしてくれる?


「映りが悪いテレビは叩いて直すモノなのよ」


 人を昭和生まれの電化製品みたいに言わないでくれるか。


「あたし、ああいうの直すの得意なのよね」

「ざけんな。あんまり俺の待遇が悪いと超能力を見せてやらんぞ?」

「へ?」


 ハルヒが俺を見上げて馬鹿面を晒す。


「……なんだよ?」

「……聞き間違いよね。いくらあんたが馬鹿だからって、自分は超能力者だ、とか中学生みたいな事を言い出す訳無いわ」

「そう言われると同じ言葉を繰り返すのが難しくなるんだが」


 可哀想な捨て猫を見る様な目を向けてくる少女。止めろ。そんな目で俺を見るな。泣けてくる。


「……キョン? エターナルフォースブリザードが使えるのは十四歳までよ?」


 あー、死にたい。自分で書いたシナリオを遵守しているだけで、このリアクションも予想の範囲内なんだが……死にたい。ロープは無いか、ロープ。人一人の体重を余裕で支えられそうなヤツ。


「……疑ってんのかよ」

「信じるようなヤツが居たら連れて来なさい。笑ってあげるから」


 ハルヒが溜息を吐く。キョンの頭が悪い理由がようやく分かったわ、とか勝手に人を痛い子認定しないで貰えないだろうか。


「もうすぐ、八時半だな。あー、証拠を見せてやる。だから人を指差して涙ぐむのを止めろ」


 俺は大きく息を吐いて、窓の外を見つめた。俺の視線移動に釣られてハルヒも顔を横に向けたのを視界の端で確認する。上出来だ。


「今から、星を創る」


 呟いた。少女が沈黙する。俺の言葉の中に本気を見出したのだろうか。ま、冗談でも何でも無いからな。


「人に創れる星だから、大きさには期待すんな。だが、数は保証する」


 尻ポケットでケータイが着信を告げるバイブレータ。首尾は上々。後は仕上げをごろうじろ、ってな。


 さぁ、始めるぜ、SOS団。自分から神様少女の下に集った、お人好し連中!

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