第10話 二人で迎える朝

「うん、今夜はずっと一緒にいよう」


 私の “家に帰らない” 宣言を伊織は快く受け入れてくれた。

 煌大の不倫を知り、ほんの少しだけ抱いていた罪悪感は完全になくなった。もう我慢なんてしない。


 先にお風呂に入り、ベッドの中で伊織を待つ。付き合っていた頃もこうして一緒に寝ることは何度もあった。それでも、今夜は自分でもどうして良いか分からないほど緊張している。

 しばらくして伊織がお風呂から上がってきた。お揃いの部屋着、同じシャンプーの香り。伊織がベッドに潜り込むと、私の心臓は痛いほど強く胸を打った。


「ベッド狭くてごめんね……」


 私を抱き寄せながら優しく微笑む表情を見て、泣きそうなほどの愛おしさを感じた。


「伊織、愛してる」

「俺もだよ。優芽、俺のものになって……」

「私の心はずっとあなたのものだよ」


 長い間、私はこの時を待ち望んでいた。もう誰にも私たちを止めることはできない。カーテンの隙間から漏れる月明りの中、私たちはついに一つになった。



 朝を迎え、私は陽の光を浴びて目が覚めた。横を向くと伊織が幸せそうな顔で眠っている。彼とまた一緒に朝を迎えれるなんて夢みたいだ。私は愛おしい顔を見つめながら昨夜のことを思い返していた。

 初めて聞く伊織の激しい息遣い、私を見つめる熱い視線、混じり合う二人の汗。伊織は何度も『愛してる』と囁き、彼のすべてが私に幸せを与えた。


 伊織の胸に手を当てたまま、呼吸に合わせ上下するその穏やかな動きをぼんやりと眺めていると、伊織が薄っすらと目を開けた。


「おはよ」

「……優芽とまた一緒に朝を迎えられるなんて夢みたいだ」

「フフ……、さっき同じこと考えてた」


 伊織は腕枕している腕を曲げ、私の頭を自分の胸へと引き寄せた。


「ずっとこのままでいたいけど、腹減ったなぁ。そろそろ朝ご飯にしよっか? すぐ作るからちょっと待ってて」

「伊織の手料理? ヤッター」


 寝癖が付いたままの頭で伊織がキッチンに立っている。私はクスッと笑いながら、自分の髪も同じくらい乱れていることに気づき可笑しくなった。ラフな部屋着に寝癖頭。こんな気を許した姿、煌大と結婚してからは一度も見せたことがない。


 コーヒーの芳ばしい香りが部屋に充満し、空腹に負けた私はトーストに思い切りかじりついた。


「そういえば、父の言う “もう一つの問題” って何なの? それも煌大絡み?」

「え? あぁ……、たぶんそうだと思う。副社長のことで気になることといえば、毎週金曜の夜に出かけてることぐらいだけど……」

「それは不倫を隠すための嘘でしょ?」

「まぁそうなんだけどね……。でも、確かに仕事関係の人と会ってる時もあるんだ」

「あながち嘘ではないってこと?」

「だけどよく考えてみれば、これまで会合に関する経理書類なんて一度でも提出されてたかな? もしかして毎回の会合代をポケットマネーから出してる?」

「う〜ん……、煌大のお金の使い道は気にしたことないけど、さすがにそれはない気がするよ?」

「会社の経費でも副社長個人のお金でもなければ、毎回先方から接待を受けてることになるけど、さすがにこんな高頻度はおかしいな。よしっ、調べてみる価値がありそうだ」

「私も協力するよ!」


 その言葉を受け伊織は、『危ないから』と私をこの件に関わらせないようにした。でも私はそれを強く拒否した。もう二度と彼一人につらい思いをさせるわけにはいかない。私たち二人は、共に歩める未来に向け一緒に走り出したのだ。

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