鈴蘭の花言葉〜妖怪が見える少女と運命の物語〜

パスタ・スケカヤ

第1話 自覚のない宿命


ある日のことだった。


 ごく普通な生活を送っていた少女、幌先ほろさき 鈴蘭すずらんは自らの体の異変に気づく。


 体といってもごく一部。聞こえてくる音を感じとる耳に異変は起きていた。


 「・・・うるさぃ、寝てるんだってば」


 あたりは至って静かである。心地の良い静寂と言っても過言ではない。

 だが、彼女は違った。


 「何を言ってらっしゃる!夜はこれからじゃあああ!!」

 「人間は寝るんです!!」


 彼女にしか聞こえない声に彼女は反応し大きな声を上げてしまう。


 とっさに彼女は口を手で塞ぎ、しまったというようなあからさまな動揺をする。


 それもそのはずだ。時刻は夜の2時。小学生である彼女は当然寝ていなければならない時間なのだ。


 そうつまりは、親に怒られると思ってしまったのだろう。

 当然のごとく母親が部屋を大きくノックし怒号を上げる。


 「何時だとおもってるのっ!!」

 「ご、ごめんなさい!!で、でもみんながうるさくてぇ」


 その話を聞き母親は部屋に入る。

 「誰もいないじゃない。また例の妖怪だか幽霊がいるって話?」


 「本当にいるんだってば!」

 半泣きの状態で必死に抗議するがこの世の中そんな話をマジマジと話を聞き信じる者など早々いない。


 「ねえ、スズ?あなたもう小学校五年生なのよ?これから中学生になって高校生になって大人になっていくの。あなただってもうそのくらい分かるでしょ。そんなものいないって、恥ずかしいって。言ってることわかるわよね。」


 「・・・」


 「はぁ分かったわ。明日はお母さんと出かけましょ。そこで今後どうしていくかお母さんも一緒に考えるわ。」


 「わかった。」

 まだ色々不満は残っている様子だがこれ以上母親を納得させる術は無いのだろう。


 鈴蘭は黙って眠りについた。

 周りの目に見えぬ者達も空気を読んだのか、どこかへ逃げたのか、騒ぎ立てることは無かった。

 

 翌日の昼過ぎのことだ。学校は休みであったため、鈴蘭は久しぶりの睡眠をとることが出来た。母も夜中まで起きていた事を知っていたためかその時間まで起こしに来ることは無かった。


 「さあ準備して」

 「どこにいくの?」

 おそらく夜中に話していた話だろうと踏んだ鈴蘭は用意を進めながら母に問う。


 「前からあなたの事を相談していていた人がいるの。」

 「そうだんって?何を話したの?」

 「最近あなたが話していることよ。」

 「ふーん。」


 「本当は予約とかしなきゃダメなんだけど、知り合いでね、念のためいつでも行けるように準備してもらっていたのよ。」

 「その人とお話しにいくってこと?」


 「そうね、まあ病院みたいな感じかしらね。お話をしてこれからどうしていくべきかを考えてもらうの」


 「そうなんだ。」


 鈴蘭は幼いながらに母親にストレスを感じていた。自分の話を信じないどころか病気扱いなのだ。


 当人は理解していないようだが、確かに体の奥底からムカムカと上がってくるものがあった。


 どういうものから来る怒りなのか分からずとも原因は母親にあると感じていた。


 そしてどうして自分にだけ聞こえるのかと理不尽さえも感じ、半ば八つ当たりのような感覚であった。


 徐々に募っていく怒りにまた体の一部に変化が生じ始める。


 部屋の片隅に置かれた不気味なタンスが一瞬何か黒いモヤみたいなのが掛かったような気がしたのだ。


 あわてて目を擦る。

 すると不気味な子供の笑い声が耳に響く。

 そしてまた鈴蘭はストレスを感じていくのであった。



 

 目的の場所に辿り着くと鈴蘭は流石に呆れてしまった。


 それもそのはず、目的地は『病院みたいな所』ではなく紛れもない病院であったのだ。


 小学生とはいえこのあと何をさせれるのかは大体察しが行った。


 簡単な質問に応答し言いくるめられ何かしらの薬を出される。そんな類のことであろう。


 この世界の人たちが言い放つ常識というのを強制的に再教育されるという事だ。


 だが、それがわかっていたとしても彼女にはなす術がない。

 

 正直にこたえて早く帰るしか道はないのだ。



 

 しばらく待合室で待った後先生が出迎えてくれる。


 母親と簡単な挨拶をした後鈴蘭を見て先生は目を丸くする。


 「驚いたわね。」


 唐突にそんなことを口にする先生に対し母親は困惑した表情を浮かべ問う。当然鈴蘭もなにに驚いているのか検討もつかない様子だ。


 「えっ?なにが?」

 「あ、いやあんたのお母さんにそっくりね」

 「えっ!?そうかしら。」


 「うん。昔何度か会ったことあったけど・・・そっくりよ。それにほら、昔の写真一緒に見せてもらったじゃない?激似よ」


 「覚えてないわよ。そんな昔のこと」


 「びっくりした〜お名前は何ていうの?」


 なにか暖かい感情を感じた瞬間だった。


 自分の母親の冷めた対応に慣れすぎためか大人と言うのはどこか冷めていて厳しい面が強いと感じていたため驚く。


 なんて愛想のいい人なのだろうか。


 「鈴蘭です」

 「鈴蘭!いい名前ね!じゃあおばさんと少しだけお話しよっか!」


 こくりと頷き鈴蘭は女に促されるまま母を置き去りにしその場を後にする。



 

 案内された部屋は少し広めの白い空間であった。


 その中心にポツンと椅子と机が置いてあった。


 どーぞ。と促され、そのままそこに座る。


 「じゃあ少しだけ鈴蘭ちゃんのこと教えて欲しいから質問に答えてね。」


 鈴蘭はキョトンとした表情を浮かべる。


 職業柄から醸し出される雰囲気なのか元からの雰囲気なのか分からないが鈴蘭は確かに予想していた嫌な感じではないと感じていた。


 「これから担当さえて頂く玉緒たまお月花げっかっていいます。よろしくね」


 「玉緒・・・先生?」


 鈴蘭は自分の知り合いにも玉緒先生という人がいる。


 そしてその人物と雰囲気がどこか似ていることに気付く。


 「あれ、もしかして弟の事知ってる?」


 「弟?玉緒陽太先生のこと?」


 「そそ!それ私の弟。もしかして担任かな?」


 「はい、よく似てますね」


 「そうかな?言われたことないけど。」


 少し苦笑いをした後一息つきどこか遠い景色を眺めるように言う。


 「本当に偶然ね。本当。もはや必然としか思えない」


 「どうして先生みたいな人がお母さんと友達なの?」


 ふと疑問に思ったことを口に出す。


 何故か思い出にふけっている先生に聞かなくてはいけないと思ったのだ。


 「ん?どういうことかな?お母さんの事嫌いなの?」


 「そういう事じゃなくて、なんか正反対だから」


 「そういうことね。確かお母さんから聞いた話じゃ妖怪や幽霊の声が聞こえるだとか、物が喋るって聞いたんだけどホントかな?」


 はい、と頷いてみせると先生は続ける。


 「そっかあ。お母さんはなんて言ってるのかな?」


 「もう大人になっていくんだからそんなこと言うなって。私の話は信じてくれない。」


 話を聞きながら先生は紙に何かを記入していく。


 「それは最近の事なのかな?その存在を感じるようになったのは。」


 「はい、最初は物が勝手に動いたりしていたように見えていたんです。でも最近は姿は見えないけど変な声がするようになって、その見えない人達がやってる事なんだって思うようになったんです。」


 「そうか・・・まだ姿は見えないのか・・・」


 「え?」


 鈴蘭は動揺を隠せなかった。普通に考えればただの虚言、妄想、小学生の戯言。


 だが、目の前の女性はあたかも存在を知っているかのような口振りで考えを漏らす。


 鈴蘭が動揺していることに気が付いた月花は額に手を当て考えるように言った。


 「あー。やっぱり、ダメだ。」


 そう切り出した月花は強い意志を固めたのかするどい眼光で鈴蘭を見据える。


 「いい?これから話す私の話をよく聞いてね。そして約束して、お母さんにはこの話を今後一切しないこと。約束できる?」


 「えっ?よく分からないです、急にどうしたんですか」


 「まあそうよね・・・」


 そう言うと月花は目を瞑り意識を集中させるような様子をみせる。


 「先生?」


 鈴蘭が声をかけると月花は勢いよく目をひらく。


 それと同時に鈴蘭は自分の身体がピリつくような感覚に陥っていることに気がつく。


 そう感じた刹那、鈴蘭は恐怖を感じずにはいられなかった。


 凄く嫌な感覚。


 鈴蘭は直感する。


 危険だ。


 堪らず鈴蘭は立ち上がり背を向け逃げようとする。


 怖くて月花を見る余裕はない。


 「・・・まあ落ち着きなよ」


 月花はそう言って掌をゆっくりと鈴蘭に向ける。


 すると鈴蘭の体は硬直し自らの意思では動けなくなる。


 「・・・なっなにこれ・・・」


 「君が感じている力だよ。皆とは違う身体の違和感。気がついていたでしょ?君は確信している。自らが周りと違う人間だって」


 「なにいってるんですか!こ、これどうにかしてください!!」


 「私をよく見なさい。この力を認めなさい」


 「ぐっ・・・」


 月花は手招きをするような仕草をし鈴蘭と向かい合う。

 「か、体が勝手に!?」


 そうして自ずと鈴蘭の視界には異質な月花の姿が目に入る。


 緑色のオーラのようなものが滲み出ているように感じた。


 月花の周りは風が局地的に吹き荒れている。


 こんなのは知らない。怖い。


 それが鈴蘭の感想だった。


 「やっぱり見えるのね」


 「これって私にしか見えないんですか?」


 「鈴蘭ちゃんは今私の事どう見える?どう思う?」


 「よくわからないですけど、すっごく怖いです。」


 「そう感じられるのは鈴蘭ちゃんのような特殊な人間だけね。」


 言いながら気を抜くように深い深呼吸をする月花。


 その行為から連鎖的に謎の力の圧も感じなくなり鈴蘭はホッとする。


 「この世界には霊や妖怪、現代の技術じゃとても説明のしきれないことが多く存在してる。」


 「ほっ本当に妖怪とかっているんですか!?」


 「ええ。少なくとも鈴蘭ちゃんが感じているのは私の患者さんが引き起こしている精神的なものでは無いわね。もちろん子供の戯言ってやつでもなく、紛れもない事実。私の力を感じられるのがその証拠。まあそんなの確かめる必要はなかったんだけどね」


 「・・・・・・まだよくわかりません」


 「まあそうでしょうね。とりあえず今回はこの辺にしときましょう?一応お母さんには、うまく言っておくから。」

 「はい・・・。」


 そのあと念を押すかのように

 この力の話は誰にもしないこと。

 使えるようになっても人前では扱わないこと。

 間違っても母親に相談しないこと。


 この話関連で相談があればいつでも会いに来ること。

 というようなことを何度も言われ一度目の診察は終わりを告げる。

 



 本当に上手いことやったようで帰りの母親は上機嫌であった。


 そして鈴蘭の中でも納得がいったことは確かであった。


 分からないながらにも病院に行く前とは異なり不可解な現象を受け止めつつあったのだ。


 味方や話を聞いてくれるヒトの力は凄いということを実感した日でもあった。

 

 そんな機嫌をとり戻した鈴蘭であったが家に着くと不安が高鳴った。

 というのも力をより身近に感じるようになったからだ。

 

 なんか見える。

 

 それは希望から憂鬱へ向かった鈴蘭の心の声であった。


 まるで日曜の夕方かかるアニメを見て憂鬱になるサラリーマンのような感覚だ。

 どうやら鈴蘭は妖怪の類がついに見えるようにまでなっていたのだ。

 これから先の毎日また大変な思いをすることは避けられないようだ。

 不可解な現象はこの世に存在する。現実のものだ、そう認識してしまった結果がこれだろう。

 どうやっても鈴蘭はこの現象から逃れることは出来ないらしい。

 そう改めて宣言されたような気がして鈴蘭は憂鬱にならずにはいられなかった。


 「はぁ。あした学校か・・・」

 自室に戻り歳に似つかわしくない重いため息をつき、今日を終えることとなった。




 

 翌朝。

 あまり良く眠れなかったが朝がやってくる。


 朝の用意を手早くこなし一刻も早く学校へと足を運ぶ。

 なぜこんなに急いでいるのか。

 それには理由があった。


 「うわ!でっけぇウンコあるぞ!犬のか!なあカイカイ!」


 「その呼び方やめろよな!オレもお前のことチンチンって呼ぶぞ!」


 「はぁ!?俺はジンだ!呼ぶとしてもジンジンだ!」


 「お前がカイカイ言うから皆俺らのことチンチンカイカイって呼ぶんだぞ!」


 遠くから走ったり歩いたり忙しなくそしてうるさい連中が鈴蘭に近づいてくる。


 そう、鈴蘭はクラスメイトである彼らに会いたくなくて早く家を出ているのだ。


 理由は単純。


 小五にもなって未だに卑猥で低レペルな話題を繰り広げるからだ。


 だがどれだけ早く出ても近所に住む琴上きんじょうじんくんには出会ってしまうのだ。


 それ故鈴蘭は今日も全力で駆けるが物凄くジンは足が速い。


 そのため鈴蘭は見つからないように物に隠れながら全力で登校していく。


 だが、そんな努力も虚しくジンに好意を持たれている鈴蘭は一瞬で見つかってしまう。


 「おーい!すずらぁあああああん!!」


 遠くから大声で名前を呼ばれる。こうなってしまっては逃げられない。観念した鈴蘭は愚痴を漏らす。


 「大きい声で人の名前呼ばないでっていってるでしょ!」


 「だってーお前、いつも逃げてんじゃん!」


 対するジンも愚痴を漏らす。


 「まいど幌先見つけると全力でオレ置いていくのやめろよな!」


 遅れて息を切らしてやってきたのは野村海。ジンや鈴蘭と同じクラスメイトである。


 「そりゃあカイカイとはもう友達だからな!あはははは!」


 「じゃ私行くから」


 「聞いたぞ、幌先。」


 比較的真面目な野村は鈴蘭にも一定の距離を持って話す。


 あまりいい印象を持たれているとは思えない空気を出す。


 そういう面でいえばジンとは喋りやすいかもしれない。


 「なに?」

 鈴蘭もそういう態度には慣れているのか冷たい態度で接する。


 「病院行ったんだってな。結果は?」


 「べつに。関係ないでしょ」


 「あっ!また妖怪とかなんとかってやつ?まだ信じてるのか!」


 「っ・・・」

 鈴蘭は堪らず走り去ってしまう。


 「お前、もっとうまく接してやれよ」

 「カイには言われたくねーよ。」

 

 先程よりも少しテンションの下がった二人はトボトボと歩き始めた。

 いやむしろゆっくり歩きすぎた。

 

 「コォオオオラ!」


 学校の校門につくと担任の先生である玉緒陽太先生の怒号が響き渡る。


 「うげっ!タマタマだ!」

 「逃げるぞ!ジン!」

 「誰がタマタマじゃああああああ!!」

 「うわぁあああああっ!ごめんなさーい!」


 逃げる二人。追う担任。

 今日も朝のホームルームは遅れそうだ。

 

 「ばーか。」

 鈴蘭は一人窓の外から見えるそんな光景を見ながら嫌味臭く言うのであった。




 

 授業、休み時間、給食。

 特に鈴蘭は周りと接することなく過ごしていく。


 何故ならば周りの人達は妖怪や幽霊を信じる鈴蘭を最初のうちは冷やかしていたものの徐々に気持ち悪がられるようになったからだ。


 そう、鈴蘭は友達がいないのだ。


 保護者からの圧があるのか周りは避けるように行動している。


 昨日病院に行ったことも知られている。


 ここには彼女の居場所はない。


 誰も信じようとはしないのだ。


 そんな鈴蘭を嘲笑うかのようにクラスの女子三人ほどが近づいてくる。


 「あんたいつまで学校来んの?アタシ達も呪われそうで怖いんですけど。」


 周りはそれに連れて笑い同意する声も広がる。


 「そうだぞー!きみわりぃ」


 「あんたいっつも一人よね!妖怪しか友達居ないんじゃない?」


 ケラケラと笑い、言いたい放題だ。


 彼らは鈴蘭の話を決して信じている訳では無い。


 馬鹿にして、嫌悪感を露わにしているのだ。


 いわゆるイジメだ。


 鈴蘭は決して悪いことはしていない。


 ただ少し人と違うだけ。

 だが、人間はそれに恐怖する。自分とは違う何かを嫉妬し恐れ、遠ざけようとする。


 「先生くるよ。座れば?」


 それに動じることなく鈴蘭は返す。


 その屈しない態度が気に入らないのか女子達は怒りを露わにする。男子達は盛り上がり様子を伺っている。


 「なによ!悔しいならなんかいいなさいよ!私達が悪いみたいじゃない!」


 「そうよ!気持ち悪い事言ってるあんたが悪いんだから!」


 「別に、なんとも思ってないけど。本当のことだし。妖怪しか友達いませんよー。」


 「くっ!!」

 怒りが我慢できなくなったのか女子の一人が胸ぐらを掴む。


 「・・・はなして」


 「私に命令すんな!!」


 女子の一人が鈴蘭に手を上げようとしたその瞬間だった。


 「暴力はだめだろ?その辺にしとけよ。そんなことしたらお前の親もさすがになんも言えないだろ。」


 一人の男子。ジンがその女子の手を止めた。

 「ジンくん・・・。やっぱりそうなんだ。そうか、へえ。」


 「なんだよ?」


 そのあと、女子は観念したのか手を離す。


 そして鋭い眼光で鈴蘭を睨みつけ、その場から離れていく。


 鈴蘭は嫌な予感がした。

 

 前、鈴蘭はある噂を小耳に挟んだ。

 今掴みかかってきた女子モモコはジンの事を好きらしい、という話だ。


 そして最近流れ出した噂、ジンは鈴蘭が好きだという話。


 今のジンの行動によってその話の信憑性を上げてしまったのだろう。


 そうつまりは因縁を持たれてしまったのだ。


 なんの信憑性もないただの噂話。だが、小学生である彼らを動かすには容易なものであったということだ。


 そして、モモコの話は噂話ではなく、紛れもない事実だったのだろう。


 さらにモモコが現在気に入っていない鈴蘭をジンが気に入っているのではないかという話は彼女のプライドが許さなかったのだろう。今日もやけに威圧的であったのもそのためか。


 これから嫌がらせがエスカレートしていくのかと思うと鈴蘭は溜息をつかずにはいられなかった。


 本当に妖怪を身近に感じるようになってからろくな事にはならないとつくづく思うのであった。

 

 「大丈夫だったか?」


 そう珍しく真面目な雰囲気でジンは鈴蘭に話しかけてくる。


 「べつに、平気。いつものことだし。」


 「ならいいんだけどよ。でもお前の態度も悪いとこあるぞ?なんで皆と仲良くしようとしないんだ?」


 「向こうが仲良くしようとしてないじゃない」


 「いやそうかもだけど・・・妖怪にも仲良く出来るやつなんて居ないだろ。」


 決めつけたような言い方。どこか鈴蘭は違和感を覚える。


 まるで妖怪を知ってるいるかのような。


 「え?」


 鈴蘭はジンの顔を覗き込む。

 まさか、考えすぎだろうか。

 「ねえもしかして」

 

 ジンくんも妖怪がみえるの?

 

 そう聞こうとした刹那。ガラガラと教室の扉が開き担任の陽太先生が教室に入ってくる。


 「ん?おい、ジン何立ってる」


 「げえっ!?あ、いや、す、鈴蘭と話してて!な!」


 「そうなのか?」

 「いえ。」

 鈴蘭はわざと嫌がってみせる。


 「なぁっ!?うそだろ!」


 「鈴蘭嫌がってるじゃないか。あんまちょっかい出すなよー。で?どうせ宿題やってないんだろ。復習も兼ねてジンに解いてもらうから黒板こい。」


 「うぇえええ、まじかよぉ!」


 教室の生徒たちが笑う。

 鈴蘭も少し笑ってしまう。

 「ありがとね」


 トボトボと悲しげに歩く背中に鈴蘭は小さめの声で言う。

 すると飛び上がり、鈴蘭を見て満面の笑みを見せる。


 「よっしゃあああっ!やってるやるぜ!」


 なんだかんだと言ってジンは鈴蘭の友達に一番近い存在なのかもしれない。





 

 放課後。

 「まあお前の言いたいことも分かるけど。もう少しみんなに寄り添ってもいいんじゃないか?ジンだっていつまで仲良くしてくれるか・・・。」


 「べつに、問題ないです。」


 鈴蘭は先生に呼び出さられていた。


 クラスでの一件が先生に伝わったらしい。


 「まあ、うん。なんだろうな、お前随分変わったよな。前はもっとこう・・・」


 「私は別に問題ないので。話終わりなら帰ります。」


 「ちょ、ちょっと待て、待てって!」


 鈴蘭の目の前に先生は立ち塞がり、進路を妨害する。


 「聞きたくないもないだろけど汚い話するとさ、大人になると真実だけが全てじゃないって言うかさ。周りとこううまく折り合いをつけていくことが大切でさ、嫌な人とも仲良くしてうまくやってかないと、本当に居場所なくなるしもっと大変なことになるんだ。お前ならもう分かってるはずだろ?」


 先生は熱弁し始める。正しいことを言ってるのは鈴蘭にもわかる。だが、この手の話はこの年頃にはうんざりする話で、案の定鈴蘭は耳を塞ぎ、泣き始める。


 「うるさい!そんな話聞きたくない!帰る!かえる!」


 今まで平静を装ってきた鈴蘭だがその歳にはあまりにも過酷な毎日に精神はボロボロ。嫌なことが続くとやはり根っこの部分にある子供らしさが滲み出てくる。


 いやむしろ、ここまでよく耐えたということだろう。


 久しぶりに顔を覗かせた鈴蘭の子供らしさに何処かホッとしたのか先生は頭をポンポンし、優しく撫で膝をつき、視線を合わせる。


 「わかってる、お前に大変なことお願いしてるって。いやだよな。みんな気味悪がってな。」


 優しく語りかけるようにはなしてくれる。


 その態度にはどこか月花のような雰囲気があって心が落ち着くような感覚に鈴蘭はなっていた。


 「わたし、学校来ない方がいいのかなあ」


 「そんなことないって。なあ鈴蘭お前はどうしたいんだ?」


 「わたしは・・・」

 

 『死にたいか?』

 

 「・・・え?」

 鈴蘭は耳を疑った。先生が発した訳では無い。とてつもなく恐怖を感じる低い声。


 体が震えたのが分かった。

 

 「っ!?」


 鈴蘭は状況が理解できなかった。


 どこからか鈴蘭に呼びかける声が聞こえる。


 凄く嫌な感覚。


 『学校もう嫌なんだろう?なら代わりに俺にくれよ』


 「だっだれ?」


 「鈴蘭?どうかしたのか?」


 『お前の体!!よこせ!!』


 「ひっ!?」

 「危ない!!」


 鈴蘭の後ろに姿を現した緑色の気味が悪い巨大な塊。それは鈴蘭目掛けて飛びかかってくる。


 なぜか、その姿が見えた陽太が鈴蘭を突き飛ばし身代わりとなる。


 「え、え・・・?先生、みえて・・・」


 鈴蘭は困惑する。事態が飲み込めない。


 「逃げろっ!姉さんに連絡をしてくれ!!」


 「あ、そっか!!」


 そう陽太は月花の弟である。


 昨日知り合ったことを知っているのだろう。


 合点がいた鈴蘭は立ち上がり、逃げようとする。

 陽太は緑色の塊の前に立ち塞がり、鈴蘭を逃がそうとしている。


 よくみると妖怪には顔らしきモノと手足が生えている。


 まるで巨大な石に手足を生やしたような形だ。


 「早く逃げろ!職員室だ、そこに俺の携帯がある、誰か先生に言えば分かるはずだ!うまくやれ!できるな!?」


 「は、はい!」


 「なんだぁ?霊能者を呼ぶのかぁ!!二人して半端者とはな!!いい餌だ!」


 「甘くみんなよ、デカブツ。俺でも時間稼ぎぐらい出来るぞ」


 「なら、お前を依り代にしてやる。」

 「なに!?」


 そういうと巨大な石妖怪は姿を気体のような姿に変え不敵に笑う。


 「琴上寺の嫁っ子でもなきゃこれは止めらんだろ!ハッハッハッ!!」


 「くっそっ!!」


 瞬時に陽太の周りに厚い空気の塊のようなものが出来る。

 わかりやすく言うならばバリアのようなものだろう。


 「ぬるいわ!三流!!」

 「ぐぅわぁああああっ!」


 だが霊能者として力がないのかあっさりバリアを突破されその気体は陽太の体の中に入る。


 「せっせんせい?」


 逃げようとしたものの先生が気になり動けなかった。


 「フフッやっと手に入れたぞ。人の体。これで俺はやり直せる。だが、この霊力じゃ三日ぐらいか。悪いな、ガキ。お前を喰らって霊力を補給させてもらおうか。その馬鹿みてぇーに巨大な力をな!!」


 「取り憑いたの・・・?」


 「ああそうさ。大人しくしな。そうすりゃ痛くはしない。かもな。へへ。」


 「いや!こないで。」

 「へへ。黙って、よこせぇえええ!!」


 妖怪に取り憑かれた陽太は飛び上がり鈴蘭に襲い掛かる。

 鈴蘭はやっと逃げる決心が着いたのか扉を開け急いで職員室に向かう。


 「だっだれか!!」


 だが一向に走っても廊下の端にあるはずの階段に近づけない。


 「な、なんで!!」


 「嬢ちゃん、そんなこともできないのか。やっぱその霊力、勿体ないなあ。俺が上手く使ってやるよ。」

 「くっ、うそでしょ。」


 「嬢ちゃんが俺を呼びつけたんだ。もういっそ楽になれよ。」


 さっきまで優しかった先生から発せられる乱暴な言い回し。


 鈴蘭は涙を堪え、必死に逃げる。


 だが、スタミナが切れて動けなくなる。


 「やっと観念したか。もらうぞ、その霊力!!」


 手を振りあげた陽太であったが、なぜか肉体はそのまま後ろに吹っ飛ぶ。まるで見えない力で押し飛ばさられたようだった。


 「電話出ないと思ったら小学生にセクハラかい?陽太」


 後ろからヒールを鳴らし現れたのは月花であった。


 「月花先生!!」


 月花は鈴蘭ににこっと微笑み下がってろと促す。


 「例の霊能者か!だが、俺を倒せるか?」

 「あんた程度なら。」

 「やってみろぉおおおおっ!!」


 陽太は立ち上がり一直線に月花に突っ込む。


 月花は目を瞑り右手を前に出し意識を集中させる。


 霊能力を知らない鈴蘭でも一瞬で悟ってしまう。


 月花からは妖怪とは比べ物にならない圧を感じたのだ。


 「消えな。」


 目を開き力を放出する月花。


 すると空間が歪み陽太の体に力が流れ込む。


 体から邪気が浮き出るように影が上がり月花の気合を入れた声にその影は姿を消す。


 一瞬にして陽太の体から黒い煙が上がりその中にさっきの妖怪が浮き出る。


 「化け物か!お前!」

 「あんた、私のことそう思えるなら成仏できるよ。」

 「なんだと?」


 「今の攻撃であんたに引っ付いてた邪気は消した。あんたはもう妖怪じゃない。ただの人間の成れの果てだよ。もう一回答えを探してみるといい。」


 「見逃すのか?」

 「これでもカウンセラーやってるし、人の魂がいい方に運ぶんならそっちのが私はいいと思うね。」

 「そうか。」


 そう言うと魂のような形となった存在は姿を消す。

 体を動かしていた妖怪が消え、力なくその場に倒れる陽太。


 眠っているようだ。


 「気をつけなよ。鈴蘭ちゃん。時に悪意は人の姿を変える。それは生きている人間にも同じだ。悪意は集まって害となる。」


 「どうしてさっきの妖怪消さなかったんですか?」


 「私が何言っても人の悪意は消えはしない。ならアイツが救われた方がいい。今回の妖怪はそれがいいと思ったのさ。」


 「でも、きっと人から妖怪になるんじゃなくてもともと悪いことをしようとしてる妖怪もいますよね。それはどうするんですか。」


 「同じように説得の糸口を探すよ。妖怪も人間も同じさ。消すなんてそんな傲慢なことはしない。そんな偉い立場じゃないからね。っていってもしょうがなくってことはあるけどね。法がないからってなんでも許されるわけじゃない。暗黙のルールは必ず存在する。まあ職業柄こういうやり方をするようになっちゃったのかもしれないけどね。鈴蘭ちゃんがその力をどうするかは君次第だよ。」

 

 その後月花は陽太を叩き起こし帰って行った。

 

 あとになって分かったことだが陽太は妖怪と遭遇しやすいらしい。今日会う約束していた月花は異変に気付き学校に訪れたようだった。




 

 そして鈴蘭は帰路へ。

 

 家に着くと鈴蘭は部屋の奥にある、使われていない部屋を閉ざしているタンスに目をやる。


 いかにも怪しげなタンス。それをじっと見つめると黒髪で浴衣を着た少女が現れる。

 

 そしてゆっくりと歩み寄りながら鈴蘭は考え込む。

 

 なにが正しいのか。自分に何ができるのか。

 わからない。


 『鈴蘭はどうしたいんだ?』

 『どうするかは君次第だよ。』

 二人の言葉が脳裏によぎる。


 人間としての生き方。この先の生き方。

 だが、自分にもし必要とされる、存在を許される場所があるのなら、それはきっと鈴蘭自身が望むものだろう。

 

 まずは意地を張るのではなく自分と向き合うことにしよう。

 

 それは鈴蘭なりの今日の経験から言える事だった。

 

 ジンという存在。


 一人ではやはり辛い。友達が欲しくないわけじゃない。ただ必要とされない状況が嫌だった。いなくてもいいならと思ってしまったのだ。


 月花という存在。


 誰か頼れる大人、話を聞いてくれる人が欲しかった。

 陽太という存在。


 自らとちゃんと向き合ってくれる大人。

 母親だってそうだ。色々言いながらも心配してくれている。

 妖怪、人とは違う、鈴蘭の繋がり。

 

 「なんだ、やっぱりあんた見えるのかい。」


 黒髪の少女。恐らく妖怪である彼女は鈴蘭を見据えて言う。

 「・・・・・・。」


 鈴蘭は黙って考える。

 今までちょっかい出してくる妖怪には接してきたが自分から接したことは無い。


 姿が見えるようになったのは昨日のこと。


 声だけなら無視してもなにも問題はなく向こうも嫌がらせや迷惑なことはするが基本は穏やかな暮らしをしたいのか悪さはしなかった。運悪く人に喋っているところを見られ現在クラスで孤立している訳だが。


 だが極力気にしないようにしていた。


 「あんた名前は?」

 「・・・・・・。」

 だが、このままじゃなにも変わらない。


 そして今は姿も見えるようになり、襲われるようになったのだ。


 「あんた名前ないのかい?」

 

 鈴蘭は一歩進むことにした。

 意を決して言葉を発する。

 

 「こ、こんにちは!ほ、幌先鈴蘭です!」

 

 元気よく、明るく、そう、前向きに行こう。

 ゆっくり進もう。

 

 

 「そうかい、鈴蘭かい。面白くなりそうだ。」


 不気味ながらも女の子は微笑む。

 「よ、よろしく、お願いします!!」


 「ああ。よろしく。私は座敷童子とでもいっておこうかな。」

 

 もし私に何かできる事があるなら。

 私にはまだなにもわからないけど。

 人と妖怪が同じだと言うなら。

 人と接して、妖怪と接して。

 自分と向き合って。

 

 その先にきっと何かあるはず。

 

 その日。

 鈴蘭は自らの状況や関係、運命に向き合うことを決意した。


 そしてこの座敷童子との出会いは鈴蘭のほんの小さな一歩であった。

 まだ無自覚で形のない信念。

 自らの運命と向き合おうとしたまだまだ未熟で周りともうまく溶け込めていない不器用で意地っ張りな小学生の小さな変化。

 

 でもそれは確かに妖怪と人間、両方を見据えた考えだった。

 

 そしてその信念は自らの一族が果たしてこれなかった悲願『人と妖怪の共存』の考え方の一つであることを知らず鈴蘭の日常は少しずつ変化していくのであった。

 

 そう、鈴蘭は知らず知らずのうちに宿命を背負うこととなったのであった。

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