第6話 賛辞

 かよ子は、静流の言葉の意味をどこまで理解したのか、静流と恭一を交互に見ると、


「私と静流は付き合ってないわよ。だって、女の子同士だし。あ。そうか。女の子が女の子を好きになる場合もあるわよね。えっと、でも、私は静流と親友だけど、恋人じゃないわよ」


 静流が小さく溜息をついたのがわかった。恭一は、納得した。静流がかよ子のことを、全然わかってない、と言った意味がよくわかった。その、女の子を好きになる女の子がこの隣の人なのに。


 、と心の中で言ってから、唐突に気が付いた。


「あ。あの、しずるさん。失礼なこと訊きますけど…」


 静流が恭一を見た。が、その一瞬後、静流が口許を押さえて、笑い出した。


「気にするな。よくある間違いだから。大抵初対面ではそう思われるんだ。おまえが思った通りだよ。確認させるわけにもいかないけど、私は女なんだ。女子高に通う男子はいないだろう。あの学校は、最近まで女子高だったんだよ。今は共学になったけど。

 ずっとかよと演劇やってて、私が男役をやって、かよが娘役。そのせいだけじゃなくて、元々の性格もあるけど、誤解されやすいんだよ。おまえだけじゃないから、気にしなくていい」


 言われた意味を理解して、恭一は頭を下げた。そして、

「すみませんでした」

 やや大きな声で言った。そして、それを聞きつけたのか、才がこちらにやってきた。二人の女性にお辞儀をすると、


「キョウちゃんが、何かやらかしましたか? すみませんでした。お詫びに、これを」


 テーブルに何かを置いて、自分の席に戻って行った。置かれた物は、次のライヴのチケットだった。そして、この日はアスピリンにとって、大事な日だ。


「へー。すごいじゃん。そこで、ワンマンライヴやるんだ。ま、最近アスピリン、来てるもんな。きっとおまえたち、プロになる。私はそう思ってるんだ」

「プロ…」


 もちろん、そこを目指して頑張ってきた。が、同じようにバンドをやっている人からそう言われると、現実味を帯びてくる。その気持ちが伝わってしまったのか、静流は口許だけで笑うと、


「ま、わかるけど。でもさ、本当にそう思うから言うんだ。私は、こういう時に嘘は言わない。お世辞なんて言える柄じゃない。だから、本当の気持ちで言ってる。

 さっき、ミハラの名前出したけど。ま、あいつはあいつで、良いとこもあるんだけどさ。何か、すごいパワフルじゃん。

 だけど、勝手に思ってるんだけど、津久見の曲は、おまえの方が上手く表現できてると思うよ。津久見のやりたいことが、結局『』なんだよ。わかりにくいか?」

「わかります…」

 ちょっと泣きそうになった。最高の賛辞だ、と思った。


「そう言えば、名乗ってなかったね。私は、一ノ瀬いちのせ静流しずるっていうんだ」

 芸名のような響き。


「素敵な名前なんですね」

「そりゃ、どうも。さ、食べちゃおう。すっっかり冷めちゃったけどな」

「はい」


 食べ物は冷めていても、心は温かかった。


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