第27話 親友の番
「ほんっとごめん! ごめんね? ね?」
ハーフタイムになると、森園が飛んできて俺たちに頭を下げた。
自分が応援した直後に得点を許す形になって、責任を感じてしまったのだろう。
「森園のせいじゃないから安心しろ」
「え、そうなの?」
ロングスローは完全に想定外だった。
それはあの一瞬の気の緩みがあってもなくても、変わらない事実だ。
その上で、俺は森園に言う。
「だからもっと応援してやってくれ。こいつらもやる気がでるよ」
応援————それも可愛いクラスメイトの女の子からとなればその効果は言うまでもない。
「そっかー!」
すると森園は素直に頷いてにぱーっと笑うと、選手ひとりひとりに声をかけ始めた。
それによって、同点にされてすっかり落ち込みムードだった周囲が華やかに色づいたのもまた、言うまでもなかった。
「あ、そだそだ。応援以外にも、勝ったらご褒美とかどうかな?」
「ご褒美?」
「うん。私がとっておきのご褒美、用意しちゃうよ?」
森園が得意そうに笑みをつくる。
「と、とっておきのご褒美ッッ、だと!?」
同時に、アホどもが騒めきだした。
とっておきと言うと、やはりエロ写メか……。
しかし森園はとても愛嬌があって可愛らしいものの、こういってはなんだが身体の方はあまり発育がよろしくない。
ふむ……お、俺の食指はあまり動かないかな。うん。
それ以前に俺のやる気はすでに充分だしな。
俺の視線は自然と、幼馴染を探してグラウンドを漂う。
しかしらそれっぽい影を認めることは出来なかった。
「あ、私がずっといたら休めないよね! じゃあ私もう行くから! ご褒美楽しみにしててね! 勝ってね!」
謎に空気を読んた森園は、場を十二分に潤いを届けて、俺たちの元を去っていった。
その小さくて可愛らしい背中をアホどもが食い入るように見つめること数秒……
「「「「でへへ♡」」」」
彼らは地獄のように気持ち悪い笑みを浮かべて談合を始めた。
「ご褒美ってなんなろうなぁ」
「え、えろいことだったり……」
「うひょひょひょい燃えてきたぁ!!」
「はっするはっする!」
こいつら本当にキモいよぉ……もう近づかんどこ……。
そろそろと集団から離れると、
「実際大丈夫なのか、青山?」
「そうだね、あのロングスローは脅威だ」
そう言って霧島と細谷さんが身を寄せてきた。
「……あれについては問題ない」
不意打ちのようなプレーは彼の望むサッカーでなければ、本領でもない。
あれはあくまで、ここまで俺の策略に対するお返しなのだ。
だから、きっともう先輩はあの手を使わない。
「だが、それ以上に怖いのは……」
……正々堂々。
「イヤだねぇほんと」
これ以上の失点は許されない。
次を決勝点にするんだ。
今一度、気を引き締めていこう。
◇◆◇
人間、どんなに精神を統一しようと、意味を成さない場面がある。
「ぅ、がぁ……っ!?」
「軽いぞ、青山凪月!」
圧倒的な実力差。
正々堂々。
力の差が問われる場面を作られてしまったら、俺にはもう出来ることがなかった。
あっという間の出来事。
後半開始数分。
小早川柊斗は余裕のドリブル突破により、逆転の一点を獲得した。
それは華麗なフェイントなど一切要さない、チカラによる一点突破の行進。
これが本当のお返しってか……?
俺、そして聖良が必死こいて成したことを、こんなにいとも簡単に……。
俺たちのしたこととは、ロングスローしかりドリブル突破しかり、本質が違う。
一度きりのカードじゃない。
小早川先輩にはこれが何度でもできるのだ……。
「くっそ」
逆転するにはあと2点……か。
もぉ帰りたいよぉ……。
少しばかり、話し合いが必要だ。
俺はボールを回収すると、審判の生徒に注意されない程度にゆっくりとフィールド中央へ向かいながら、チームメイトを集める。
「3人でマークしよう」
「3人?」
「俺と細谷、それから沢城の3人で小早川先輩につく」
ロングスローと違って、この個人技の暴力については想定内だ。
いや、実際に体験してわかる。
残念ながらあの圧倒的すぎるフィジカルは完全に想定を超えている。
「細谷の負担がデカくなるが……」
「まっかせろ! 筋肉なら先輩にも負けねえって!」
「ああ、頼むよ」
ほんとお願いしますマジで神さま仏さま細谷さま。
俺じゃどうしようもねえよ。もう2回も一瞬で吹っ飛ばれたんだよ?
なに戦車なの?
それともモビルスーツ?
その他のメンバーにもそれぞれ、指示をする。
「僕は? ディフェンスに回ろうか?」
唯一、お声が掛からなかった霧島が言った。
「いや、いい。おまえは前線にいろ」
たとえ攻撃の要である細谷さんを下げようとも、霧島だけには残ってもらう。
「いいの?」
「そろそろ働いてもらうぞ」
「……なるほど。でも、その後は大丈夫?」
「大丈夫なわけあるか?」
「ないねぇ」
これで、ちっぽけな頭で考えた小細工はぜんぶ終わりだよ。
これ以上の失点は許されない。
その上で、2点を奪う必要がある。
あの、小早川柊斗から。
……遠いよ。
晴天の空には、もう決して手の届かない月が薄く顔を覗かせていた。
笑ってやがる。
マヌケでノロマで、どうしようもなく弱い俺を。
「……嫌なことは後で考える。いつものことさね」
「ま、青山ならなんとかしてくれるしね」
「なるようになるだけなんだよなぁ」
ボヤいた頃、審判から早くしろと怒られて試合はリスタートした。
・
・
・
「……ぐ、う、くそ、がぁ……っ」
小早川先輩のドリブルに、決死の覚悟で身体を寄せる。
「なんだこれ……! ビクともしねぇ……〜〜〜〜っ!」
「なんで、ボクまでこんな役をぉ……!」
さしもの細谷さんも、そして沢城も余裕がない。
「おまえは体重負けしてないだろぉ……はぁ、はぁ……」
「そんな理由でぇ……っ!? ぜぇ、はぁ」
プレイ再開から、小早川先輩は完全に攻撃態勢に入った。
果敢にドリブル突破を仕掛けてくる。
クソ、ここは個人競技の舞台じゃねぇぞ……。
ニセモノとは一線を画すホンモノによる、一人舞台。
球技大会だぞ。パンピーに花を持たせやがれ。
心の中で愚痴りつつも、身体をぶつけ続ける。
「なかなか、しつこい守備だな。やすやすと追加点は頂けそうにない」
「く、うおおおおおおおお!」
「特に細谷、君の筋肉は称賛に値する」
「え、そうすか? マジ? でへへ」
「照れてる場合か!?」
このチームメイトはどいつもこいつも!!
しかし、必死のディフェンスの甲斐あって、事態は好転の兆しを見せる。
「勝っているオレとしてはこのままボールをキープして時間経過を待つのもいいんだが……いつかボロはでるだろう。ここは、さすがに仕切り直させてもらおう」
さしもの小早川先輩も突破を諦め、バックパスを選択する。
「へっ」
自然と頬が緩むのがわかった。
まるでメンバー全員の心が繋がっているかのように、共鳴するのがわかる。
そう、俺は、俺たちは。
この瞬間を、待っていた。
軽い気持ちだっただろう?
俺の……いや、アホ共の体力を甘くみちゃいけない。
「ここだ!!!! 詰めろぉ!!!!」
「「「「おう!」」」」
指示を飛ばすよりも早く、チームメイトたちは動き出していた。
「うおおおおおご褒美のためええええええ!!」
「エロ! エロ! エ・ロ・ス!」
「森園ちゃぁぁん見ててくれえええええ!!!!」
きっも。
「おわぁ!? え、バ、バックパス!?」
そんなヘンタイたちの裏で、すっかり小早川先輩頼りになっていた3年の選手たちは、驚き、戸惑っている。
しかしそんな間にも俺と細谷さん、そして一歩遅れて沢城はそのままボールを追いかけていた。
「あ、あいつらすげえ勢いでこっちに!? 小早川が抜けないのに俺が敵うわけねぇよ! す、すぐにパスを……あ、あれ? パスコースが……」
そして、気づいた時にはもう遅い。
俺たちは、たったひとつのプランのために意識を共有していた。
全員のヘンタイが連携して動き、パスコースはすでに塞いである。
「こっちに戻せ柳瀬! オレがフリーだ!」
「え? お、おう小早川! な、なんだよ小早川が空いてるじゃねえか!」
安堵し、意気揚々とパスする先輩。
そうしてボールは再び、小早川先輩に————渡ることはなかった。
「インターセプト。すべて予定通りだ」
「な、なにぃ!?」
小早川先輩の背後に小さな身体を潜めていた飯塚が現れ、ボールを奪取することに成功。
小早川先輩、もう少し冷静に考えてくれよ。あんたと違って俺たちはこれだけ計画的に、組織的に動いているんだ。
あんたをフリーにするわけがない。
もしフリーに見えたのだとしたら、それは……
「トラップですよ」
愚直な選手ほど痛い目を見る。
相手を騙してこその、サッカーだ。
「ぐっ、そういうことか……だが!」
悔しさに拳を握った小早川先輩は、それでもすぐさま顔を上げる。
「当てつけのつもりか? わざわざオレの目の前で奪ったのは失敗だ! たとえ一瞬奪おうと、一瞬で奪い返せばいいだけのこと!」
それもまた道理……小早川先輩にはそれだけのチカラがある。
だからこそ、そこいるのはサッカー経験者の飯塚なのだ。
「……そう、一瞬で十分なのもまた、サッカーだ。これはもう、あんたのボールじゃない」
飯塚は小さく呟くと、慣れた動作で、正確に、大きく、ボールを蹴り上げた。
一瞬にして、ボールは人間なんかよりもずっと早く、手の届かない遠くへと飛んでゆく。
その光景を見て俺はようやく人心地ついたような気がした。
なにせ後は、頼りになる親友の出番だ。
細谷さんが、沢城が、飯塚が、チームメイトたちが、全員いなきゃこの状況は作れなかったが……
「ヒーローはおまえだ、霧島」
いや、最高のヒールかもしれないが。
思わず、くつくつとした笑いが漏れる。
「おっとっと、トラップトラップ。よし、おーけー」
緊張感のカケラもなく、霧島はボールを足元に収める。
「じゃあ、やりますか」
そう言って、霧島は————らっきょう大好きイケメンはいつものマスクを取って、その整った素顔を晒した。
これが、七瀬里桜が用意してくれていた最後のカードである。
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