第22話 枷はもうない

「お弁当、食べましょうか。実は今日、凪月さんの分も作ってみたんです。家に忘れちゃって、それでまーくんにこっそり届けてもらうつもりだったんですけどね……あはは」

「お、おう……そうなのか。はははは」


 さすがの聖良も歯切れ悪く、お弁当を広げてゆく。

 七瀬は親の迎えが来て、早退した。

 昼休みを迎えた保健室にはすでに俺と聖良しかいなかった。


「わ、私の手作りなんですよ? こう見えてお料理も、練習しているんです……」

「へ、へえ。そうなのか。そりゃまぁ、楽しみだな……」


 雅史くんはといえば……

 俺は数分前までの会話を思い出していた。


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「で、何の用だよ。偽彼氏くん」


 衝撃的な真実発覚の後、意外にも2人で話したいと言い出した雅史くんと共に俺は保健室を出た。

 生徒は出払っているため人気はない。

 俺たちは適当な廊下で、立ち話を始めた。


「あんまり動揺とか、しないんですね」

「…………まぁな」


 動揺しているかしていないかと言われれば、もちろんしているのだろう。

 しかし予想がついていなかったとは、言えない。


 なぜって、ふたりの関係が不自然すぎたからに他ならない。

 もし本当の彼氏で、柏原高校に来る前からの付き合いなら、雅史くんは果たしてあの時聖良が呼んですぐ来れる範囲に住んでいるだろうか。

 もし本当に彼氏がいるなら、エロ写メを送るような間違いを犯すだろうか。

 もし本当に彼氏がいるなら、俺が思う限りの聖良の目的を鑑みても、俺の家に平然と上がり込み、デートまで演じるだろうか。

 聖良の発言、行動の裏には彼氏の存在が薄すぎた。

 

 雅史くんの苗字を明かさなかったこと。この年代の恋人なら少し珍しいとも言える二つの年差。聖良の苗字の変化。

 粗は探そうと思えばいくらでもある。


 半ば確信しながらも、俺はそれが間違っているという可能性から逃げたくて。もし彼氏がいるということを確定されてしまったらとう恐怖が消えなくて。

 問い詰めることを先延ばしにしていた。


「俺はまぁ、これで良かったと思ってますよ」


 雅史くんは呟く。


「無理ですもん、俺に姉ちゃんの彼氏役とか。マッジでヒヤヒヤしました。姉ちゃん、勝手ですから。アドリブですよアドリブ。あり得ないっすよ」


 雅史くんは参った参ったと手を広げ、この前はすみませんと謝ってきた。

 どうやら被害者の会はここに結成できるらしい。


「だけど……偶然だけど、このタイミングで良かった」

「は……?」

「お兄さん、これで枷は外れましたか?」

「どういうことだ。てか俺はおまえのお兄さんじゃねえ」


 ふっと、雅史くんは表情を改める。

 その顔は年よりも幾分か、大人びて見えた。


「姉ちゃんが何を考えているのか。俺にだって……少しは分かるけど、やっぱり複雑すぎて全部はわかりません。お兄さんには、分かりますか?」

「わかったら苦労しねえ」

「ですよね」


 雅史くんはくすりと笑って見せる。

 しかしすぐにまた、その表情は真剣さを取り戻した。


「……でも、今回はお兄さんの負けだと思う」

「…………」

「お兄さんが言わなきゃ、一生終わりませんよ、これ。いい加減、姉ちゃんを解放してください。…………ぜんぶ、あんたのせいなんだから」


 そんなこと、俺がまだ一番知っている。

 彼女と再会したその日から、わかっているんだ。


「今日はとっておきの機会でしょう? 姉ちゃん、よく言ってましたよ。なつくんはサッカーがすごく上手いんだって」


 そう言い残し、雅史くんは帰っていった。


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 まったく、言いたい放題言ってくれたものだ。

 小早川先輩といい、そして何より聖良といい、最近はそんなことばかりでイライラする。


 勝手に話を進めてばかりだ。自己中ばかりだ。


 だけど、何も言い返せなかった。


「……? どうしました? 凪月さん?」

「ん?」

「もしかしてお弁当、食べたくないですか? 学食の方がよかったでしょうか……」

「ああいや、そんなことは……」


 うけとったお弁当を開け、箸を持つ……が、


「なあ、聖良」

「はい?」


 俺は箸を置き直した。


「勝つよ、俺」

「……はい」

「そしたら、おまえに言いたいことがある」

「……やっと、ですか」

「ああ、やっとだ」

「応援は……できなくなってしまいましたが……」

「あん?」

「今日の私は、平等ですので。だから、見守っていますよ」

「……おう、そうだったな」


 応援なんて、求めていない。

 必要なのは、結果なのだから。


「そうと決まれば、お弁当を食べましょうか! きっと力が出ますよ!」


 ヤケに張り切った様子の聖良に急かされながら、お弁当をいただいた。

 初めて食べる女の子の手料理は、幼馴染の手料理は、美味しくて、少しだけ悲しい味がした。

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