第20話 女子サッカー決勝

「ゴール!」


 試合開始直後、それは一瞬の出来事だった。

 素人だらけのフィールド。誰も準備など出来ていなかった。

 経験者だと話した葛城凛子かつらぎりんこですら、その空間でこんなことが起きようとは予想していなかったことだろう。


 まさに先手必勝。全員の隙を突く、疾風怒濤のドリブル突破。

 聖良の素晴らしい戦況判断により、開始1分にして2-Aは貴重な1点を獲得した。


 グラウンドが大歓声に包まれる。


 普段はポーカーフェイスの聖良だが、さすがの彼女も嬉しさを表すように大きく手を振って称賛に応えた。


「ははっ。すっげ」

「ホントだね。なんか見てるだけでもぞわぞわしてきたよ」


 今のプレイは鮮烈の一言に尽きる。ずっとまともにプレイしていない右足が疼きを感じるほどに、痺れるプレーだった。

 ドリブルなんてまともに教えていないのに、聖良は華麗なドリブルを見せた。最初はてんでセンスもないように見えたものの、コツを掴んでからの成長速度には舌を巻くばかりだ。


 しかしそこから一分の間もなく、


「ゴール!」


 3-Aは葛城先輩の得点によりスコアを振り出しに戻した。

 葛城先輩はとめどなく垂れる汗を拭きながらも、ニヤリと笑みを見せている。

 してやったりと言ったところか。

 葛城先輩は聖良と同じことをやり返したのだ。

 まさかの開幕得点に浮つく、その隙をついた。

 もし七瀬がサッカーに参加していればまた展開は違ったのかもしれないが、指示を飛ばせるような選手のいない2-Aがそれに対応するにはあまりにも荷が重かった。

 この失点は仕方がないと言えるだろう。

 重要なのはここからの切り替えだ。

 まだ試合開始直後、しかもスコアは振り出しに戻っただけ。

 だというのに、この失点のインパクトにキモチが切れてしまえば、一気に大量失点をする可能性もある。

 今のプレイからも感じ取れるが、葛城先輩はそういった流れや雰囲気を読めるクレバーな選手だと推測できる。しかも、おそらくもう最初のような油断はしてくれない。


「やっぱり、厳しいか……」


 ・

 ・

 ・


 試合も終盤。

 序盤の攻防から点の取り合いになると思われた決勝だったが、意外にもスコアは1対1の均衡を保っていた。

 そこにはなんといっても、聖良の尽力があったように見える。

 選手のひとりひとりと、よくコミュニケーションを取っている姿が目立った。激を飛ばすようなものではないし、観客席からその声を聴くことはできないが、こまめに声をかけているらしい。


 それが切れないキモチに繋がり、功を奏した上での、タイスコア。

 第二試合以上の泥試合が繰り広げられていた。

 第二試合と違うのは、両クラスがワンマンチームであること。

 聖良と葛城先輩がお互いにお互いをマークする展開。

 二人の勝敗が、この試合の勝利に直結するカギを握っている。


「いけー! 篠崎さーん!」

「決勝点だー!」


 聖良がボールを持ち、ペナルティエリア内に入る。


 しかし、


「――――やらせない!」

「きゃ……!?」


 葛城先輩のスライディングにより、ファールとなった。

 葛城先輩にイエローカードが渡される。


 まさか女子の球技大会でスライディングタックルが飛び出すとは。

 いくらなんでもガチすぎではないだろうか。


 いや、そんなことよりも……


「あいつ……」


 聖良がすぐに立ち上がらなかった。

 膝からは血が出ているのが窺える。負傷だ。

 しかしすぐに葛城先輩が駆け寄ると、その手を取って聖良は立ち上がった。

 歩けているところを見ると、プレーに大きな支障はなさそうだ。


 となれば肝心なのはペナルティキック。

 試合時間は残り少ない。ここはぜひとも、得点しておきたい。

 

 蹴るのはもちろん、ファールを獲得した聖良。

 

 相手のキーパーは初心者なのだから、はっきり言って決めるのは難しいことではないだろう。


 あとは聖良がプレッシャーに打ち勝つだけ……


「ん、な……。マジかっ。いや、そうだよな……そうなるか……」


 思わず感情的に呻いてしまう。

 ゴール前には、先ほどまでフィールドでプレイしていたはずの葛城先輩が立っていた。キーパー交代だ。


「青山、あれってルール的にありなの?」

「……試合中にフィールド選手とキーパーが入れ替わるのは何も問題ない」


 きっと葛城先輩はあらかじめこうするつもりだったのだろう。

 キーパーグローブを身に着けた彼女は迷いなく、聖良を見つめていた。


 キーパーが本職というわけでもないだろうが、素人の女子がやるのとでは雲泥の差があることは想像に難くない。

 しかし、雲泥の差と言っても。されどペナルティキックだ。

 サッカー選手であれば決めて当然の場面。

 そしてそれは、この数週間シュート精度をひたすらに高めてきた聖良にとっても。


(いけ……! 決めろ……!)


 心の中で唱えると、聖良がこちらを見てふと笑った気がした。

 笛の合図と同時に聖良は地面を蹴り、走り出す。そして、しなやかな足の振りでシュートが放たれた。

 シュートはゴール右隅——キーパーの最も取りにくい位置に吸い込まれていく。


 葛城先輩も反応して飛びつくが……


「……く、うぅ……!」


 その手がボールに触れることはなかった。

 キーパーの絶対に届かないスピード、コース。完璧なペナルティキックだ。


 次の瞬間、グラウンドは勝ち越しゴールの歓声に包まれていた。


 それが決勝ゴールとなり、女子サッカーは幕を閉じた。





「聖良っ」


 試合が終わると、俺はグラウンド中央に駆け出していた。


「凪月さん? どうしたんですかそんなに慌てて。あ、勝ちました。私、ちゃんと勝ちましたよっ。凪月さんのおかげですっ。褒めてくれますかっ?」


 聖良が少し驚きながらも、興奮気味に言う。


「ああっ、すごい。おまえはすごいよっ。すっげえ格好良かった」

「ふふっ。ふふふふ。そうですか、それなら、良かった……」

「ってそうじゃねえよっ。おまえ、怪我っ。怪我は大丈夫なのか?」

「え? そんなの全然大丈夫ですよぉ」

「ホントか?」

「はい。今はそんなことより、みんなで勝利を……ぇ? あれ……わたし、フラフラして……」


 途端に力が抜けたように倒れそうになる聖良。


「おっと」


 慌てて抱き留めると、しっとりと熱い体温と、汗が伝わってきた。


「……やっぱキツイんだろ?」

「す、すみません……なんだか、いきなり……」

「疲れたんだよ。それに、足はたぶん捻ってる」

「そう、ですか……? 膝っこ、ちょっと血、出ちゃっただけかと……」

「ああ、俺の目は誤魔化せない」

「なつくんが言うなら、そうなのかなぁ。でも、そんなに見ててくれたんだね。嬉しいな」


 言いながらも身体にチカラを入らない様子で、仮面も次第に外れてきている。

 はやく保健室に運んだ方がいいだろう。 

 

「タンカ必要? 僕が持ってこようか?」


 後から付いてきてくれていた霧島が聞いてくれる。


「ああ、たのむ――――いや、やっぱいい」

「大丈夫なの?」

「俺が運ぶわ。一応、……幼馴染なんでね」

「……そっか。それがいいね」


 俺は聖良をお姫様抱っこ――――なわけはなく、背中におぶる。


「ああ、そうだ。肝心なこと忘れてた」

「なんですか?」

「優勝おめでとう」

「ありがとうございます、せんせー」


 体力は限界なくせして、聖良は心底嬉しそうに笑う。

 俺はグラウンドを離れ、保健室へ向かった。

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