那津ー永遠の女

@ajtgjm159

第1話 再会①

再会


 釧路と根室を結ぶJR花咲線の車窓から道東の野原が見える。低い灌木が生えるところがあるものの、その下は野草で覆われている。そんな野原がはるか遠く果てしなく広がる。村崎敦人はこの野原を見るといつも思い出してしまう。道東に来る前に住んでいた銚子の近く、千葉の北東部の景色を。そこは裏山を抜けると道東ほどではないが平地が広がる。もっともこちらは野原ではなく水田だが。

「なんだ、あそこから逃げたかったのに同じじゃないか。」

敦人は苦笑い。そして、駆け落ちの約束をしたのに羽田空港に来なかった愛しい女のことを思い出す。

「那津さん、あなたがこの風景を見たらなんと言うだろうね。」


 村崎敦人は小学校の教師。小柄でスリム、優しげな一重の目が笑うとまだ大学生のように見えてしまう穏やかな青年。この春に千葉の小学校から北海道の小学校に変わった。新しい小学校、住んだことのない北海道での暮らし、敦人は毎日バタバタと多忙だった。夏休みを前にして小学校からの帰り、敦人が家の鍵を開けていると、スマホが鳴った。

急いでカバンからスマホを取り出すと同い年の従姉妹のユカリが表示された。


「もしもし。ユカリちゃん?どうしたの?」

ユカリは敦人の大学の学費を助けてくれた叔父、田端幸彦の一人娘。大学卒業後、敦人は叔父に請われて叔父が校長をする千葉北東部、犬吠埼で有名な銚子の近くの小学校に赴任した。

「あっちゃん、今度の休みにこっちに帰って来れない?」

「…」

敦人は叔父の幸彦が引き止めるのを振り切って北海道に行った手前、叔父の家に行くとは簡単には言えなかった。


敦人が返事に困っていると、ユカリの電話に叔母の博子が出てきた。

「あっちゃん、北海道に行った事、気にしてるんでしょ?確かにその件はお互いいつかはスッキリさせないとね。でも今回は浦原の那津さんのことで相談があるのよ。」

那津の名前を聞き、敦人は言葉を失った。

「那津さんが住んでいた古い家あるでしょ?あっちゃんがうちを出ていった日にあの家が燃えてね。那津さん、やけどして救急車で運ばれたのよ。最近ようやく意識がハッキリしてね、あっちゃんに会いたいって言うのよ。なんでかしらね?」

叔母の博子が首をひねっている様子。


 

 叔母の言葉に敦人は息を呑んだ。

那津さんは約束を破ったわけではなかったんだ。

来たくても来れなかったんだ。

那津が来なかった約束の日から敦人の心にずっしりと重くのしかかっていたものがふっと軽くなった。

「叔母さん、北海道に行った事、本当にすみませんでした。僕、那津さんに会いに行きます。」

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