空のなんでも屋~目に見えないものを扱う空(から)のなんでも屋始めました~

雫の妖精

第1話 違う

 「是非とも他とは違った生き方を見せてくれ」


 最後に聞いた神の言葉だ。

 それも死んでしまった俺の魂を拾い、異世界へと転移してくれた神の言葉だ。


 別にこの言葉に従う必要も無ければ意識する必要も無い。


 ただ、なぜか偶にこの言葉が思い起こされる。


 いやなぜなのかは分かっている。前世ではありふれた生活を送っていたからだ。何も使命を受けず、何にも縛られずに生きていくことは、その者の個としての在り方に関わる。


 魔法があり、魔物がいて、人にも様々な種族が存在している。前世とは違う世界であり、交友関係も無くなり、しがらみといったものがない新しい人生とも言える。だからこそ前世の経験や知識・常識を持ち込み、前世の生き方に影響を受ける。


 人は簡単に変わらない。


 変わろうと思えば、変えたいと行動に移せば変われると言う人はいる。確かに表面上は変えられる。ただ根本の部分はそうそう変わらない。表面上を変えたところでそれはただの演技だ。  

 俳優が配役になりきるのと同じで、演じる役その者になることは無い。役にのめり込み過ぎて私生活にも影響が出るなんて人もいるらしいがそれは稀だ。


 つまり人は簡単には変われない。しかも前世で生きてきた30年ほどの人生がある。社会に出て10年ほどとはいえ決して短くない。そもそも人は成人するまで生きてきた環境に大きく影響されてその者を形成すると言っても過言では無い。


 だからこそ前世はありふれた生き方、人生だったと自覚している身として、神の最後の言葉にある「他とは違った生き方」という部分が強く残ってしまうのだろう。


 色々と心の中では考えていたが言葉や行動に出せず、周りに流されているような前世だった。


 前世に未練や思い残しが無いわけでは無い。ただ自分が死んでしまっていて、もうどうしようも無いという実感があり、きっぱり割り切れていた。


 だからこそ前世の記憶は残るが、前世を捨て、名前を変え、新しい人生として生きていこうと決意し、異世界であるこの世界に転移した。


 それも、もう5年も前の話だ。



§ § §


 

 最悪だ。最悪の目覚めだ。


 窓のカーテンを開ければ眩い日光が差し込む雲一つ無い晴天だ。

 普段であれば眠りから目が覚めたばかりで少し眩しいが清々しい気分になれただろう。


 もっともそれが自然に起きれたのであればである。


 この俺の家もといこの店の閉まっているドアをガンガン遠慮無く叩くようなアラームが無ければもう少し惰眠を謳歌し、気持ちよく起きれただろう。


 まだ開ききらない半目のまま仕方なく起き上がり、聞き覚えのある声にため息を吐く。


 面倒臭いしダルいが、金払いが良い客ではあるため仕方なくあくびをしながら階段を降りる。


 階段を降りればはっきりと声も聞こえてくる。


 「情報屋ー。おーい。起きろー情報屋―!」

 

 ガンガンガンガン、とドアを叩きながらそこそこ大きな声を上げている。


 「ったく、めんどくさい」


 思っていることを言葉に出しつつ、寝起きで寝癖のある頭をガシガシ掻きながらドアに近寄り、空いている片手でドアの鍵を開ける。

 

 「朝っぱらからうるせぇー。それと何度も言ってるが俺は情報屋じゃない」


 「む、やっと起きたか情報屋。早速だが聞きたいことがある」


 「いやだから情報屋じゃねえってば…ハァ、まあいいや、とりあえず中で聞くから入って良いぞ」


 「朝早くからすまんな情報屋」


 全くだ。そして俺は情報屋じゃない。


 見た目は20代前半で、明るいブラウンの長髪を後ろに束ねた、キリッとした目つきの女性騎士だ。白を基調とした軽めの鎧をつけている。全身を覆うような物では無く、主に金属は急所などを隠すためにあり機動力・軽さ重視の鎧だ。ただ傍目から見ても騎士であることは疑いようが無い。



 この店兼家は一階の半分のみが店で一階の奥半分と二階は家である。もともとは小さい不動産屋であったためこのような間取りになっている。

 

 また店の部分の奥側は酒場のようなカウンターとなっているが、そのほかは少し広めの机と入り口のドアを背にした大人3人でも余裕をもって座れる大きめのソファと机を挟んで反対側に1人掛けのソファ、予備の椅子が端に置いてあるだけの結構空間を無駄にしている殺風景な店内だ。

 

 そこの客用の大きめのソファに座るように促し、自分も話を聞くために反対側に座る。


 目の前に座っている女性を見る。元々ものすごく慌てていた様子は無かったが、急いでいるようには見えていた。そもそもこいつ、この女騎士ディアナは騎士である。騎士というのは何者かに仕えている。それが国なのか個人なのか家なのかはあるが主君が存在する。その主君がおらず1人で急ぎで来たを見るに話の内容の方向性は予想が付く。


 ディアナはミリシア・ランカルロ伯爵令嬢のお付きの騎士だ。その令嬢についてのことなのだろう。

 ソファに座り一息ついたようなので話を聞く。


 「それで聞きたいこととは?」


 十中八九令嬢関連だろうが先走りすぎないよう話を促す。


 「うむ、実はお嬢様のこのなのだが…」


 まぁだろうな。それ以外考えられないし。こうして来るのも初めてのことでは無いしな。

 

 「お嬢様が昨日出かけてから帰ってきていないのだ!どこに行ったのかも聞かされていなくてな…私の同僚のリスタが一緒にいるはずだから大丈夫だとは思うのだが、何か事件などに巻き込まれていないか心配でな」


 「へ~~珍しいな、あんたがお嬢様と一緒にいないのは」


 「ああそうだ。昨日は偶々外せない仕事が入っていてな。そもそもお嬢様の外出の予定は入っていなかった。いつもの気まぐれでリスタを連れて外出したのだろう。くっ仕事が無ければ付いて行けたのに」


 「じゃあ知りたいのはお嬢様が今どこにいるのかってことだな?」


 「そうだ。いくらお転婆なお嬢様とはいえ、無断で外泊をするはずが無い。無事であると思うのだが、昨日何か帰れない何かがあった可能性が高いお嬢様にけが一つ無ければ良いが……ああそうだ」


 ガシャリと小さい布の袋を少し雑に机の上に投げ出す。


 「金貨10枚入っている。これで頼む」


 「いや、十分すぎる。むしろ多いくらいだな」


 「できるだけ早く、詳細まで頼む」


 「オッケー、じゃあ調べてくるから水でも飲んで待っていてくれ」


 心配そうに考えているディアナの前に水を置き、カウンターを通り店の奥、プライベート空間へと入っていく。


 ふんふん、なるほどミリシア伯爵令嬢の現在の居場所ね。金貨10枚はどう考えても多いがまあ相手が良いなら良いのだろう。流石貴族。それも伯爵家の中でも上の方に位置するランカルロ伯爵家のご令嬢だからか。


 ふぁぁ、ねむ…とりあえずトイレに行くか…



§



 「ふぁ、待たせたな」


 「む、なかなか早いな」


 ディアナが奥のドアから出てきて声をかけた俺に訝しげな視線を送ってくる。


 そりゃそうか。まだ俺が調べると言って席を立ってから十分ちょいしか経って無いもんな。普通に考えたらそんな短時間で何が分かるんだって話だ。調べたかどうかすら怪しいし、何よりも俺はトイレに行っただけだからな。その後朝食代わりに軽くパンを摘まんだが…


 視線に気付かない振りをしながらソファに座る。とりあえず目の前の相手の「知りたい」ことは分かっている。


 問題ない。


 「ああ、問題ない。いつも通りだ」


 「む、確かに前回来たときも、その前の時も早かったな」


 「そうとも。早く・正確で・何でもってのがうちのモットーなんでな」


 「そうか。では早速お嬢様の居場所を教えてくれ」


 「まあ慌てんな。まず、あんたのお嬢様は無事だ。特に問題ない」


 「なにっ、ほんとうか?!」


 ディアナは勢いよく机に手をつき立ち上がる。目も若干血走っている。それだけ安否の心配をしていたのがわかる。


 まぁ俺からすればあのお転婆お嬢様のどこにそんな惹かれているのか分からないが…


 「ああ本当だ。だから落ち着け」


 「む、すまないな少し取り乱した」


 少し?がっつり取り乱してただろ…


 「あんたんところのお嬢様は無事だ。今も特に危険が迫っていると言うことも無い」


 「そうか、お嬢様が無事だ良かった」


 腰を下ろし安堵の息を吐く。表にはあまり出ていなかったが、内心結構焦っていたようだ。


 「で、肝心の居場所なんだが、金色の狐亭に泊っているみたいだな」


 「金色の狐亭か」


 「ああそうだ。そこそこの高級宿だな」


 「なぜそこに?」


 眉を寄せ、思案気な表情をする。


 まぁ気持ちは分かる。金色の狐亭は平民街にあるそこそこの高級宿で貴族街にも近い。ランカルロ伯爵家の屋敷がどこにあるかは細かくは知らないが、そこに泊るまでも無く貴族街に入れば危険は少ないし、馬車にでも乗ればどこでもさほど時間はかからないだろう。


 それにしても金色の狐亭に泊るとは流石貴族のお嬢様だな。


 平民にはなかなか手が出ないくらいには高級だ。泊まれるのは貴族とそこそこ稼いでいる商人ぐらいだろう。

 

 宿の名前にはその宿の特徴を模している物が多い。狐を使っている宿は、ベッドが良く、オークとか牛などを使っているのは宿飯がおいしいなど、由来があったりする。

 それに当てはまらない詐欺じみたのもあるらしいが、宿の多くは由来がある。


 金色の狐亭は良いベッドなのだろう。まぁ高級宿に粗悪なのは無いだろうが羨ましくある。特に寝起きが最悪でベッドが恋しく感じる……二度寝するか…


 「どうした情報屋」


 おっと考えすぎたか。


 金色の狐亭にいて無事だと分かったから落ち着いているな。まぁここから近くは無いが遠いというわけでは無いし急がなくて良いのか。


 「ああ何でも無い。なぜかはお嬢様に会ってから問いただせば良いだろう」


 「まぁそれもそうだな」


 「それとそんなにお嬢様をあまり責めてあげるなよ」


 「む、もちろんだが、なぜだ」


 元々キリッとした目つきだから眉を寄せた険しい顔をすると睨まれているように感じる。


 「あっちにも色々あったみたいだからな。何があったのか話をしっかり聞いてあげろよ」


 「そうか…ああ、わかった。だが、まぁ、今お前から何があったのか聞いても良いんだが…」

 

 やだよ面倒臭い。早く迎えに行けよ。こっちは二度寝する気満々なんだから。


 「いや、本人に確認した方が確実だろ」


 「そうだな…」


 「…めんどいし…」


 「ん?何か言ったか?」


 「いんや、別に何も?」


 「そうか。ではそろそろ迎えに行くとしよう。感謝する情報屋。金貨10枚は貰っといてくれ」


 「ああ毎度あり」


 朝一で起こされ気分最悪だったとは言え、居場所と安否だけの情報で金貨10枚はぼったくりだな……まぁ相手が勝手に払っただけだし、金払いが良いのは大歓迎だ。




 さて、気分も良くなってきたし、二度寝としゃれ込みますか。  



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る