第5話【美少女が話しを聞いてくれる】

「——それは、自己紹介ということですか?」とおそるおそる訊き返してみる。


 美少女ラムネさんはまっすぐ視線の軸線の、僅かのブレさえ感じさせず、〝うんうん〟と無言だけど力強くうなづいている。

 〝求められる〟とはこういう感覚なのか——

 とは言えなあ、それって転生前の自分を語れ、ってことだよなあ。あまりに冴えなくて人に、女の子には特に言いたくない。しかし何も言わないでは済まされない雰囲気。


「えー、名前なんだけど、『鹿路六平太(ろくろ・ろくへいた)』ってのが僕の名前で——、えーと、」

「ロクロロクヘータというんですか。少し長いお名前なんですね」


 そういうイントネーションで呼ばれるとヘンに自分の名前が異世界だよな。美少女ラムネさんの少しの勘違い、最初に正しておいた方がいいだろう。


「〝ろくへーた〟というのが本当の、いや違うな。〝ろくへーた〟がファーストネームってやつです」

「ふぁーすとねーむ?」


 えっ? 通じてない? でもこれ以上説明のしようがない。


「それで〝ろくろ〟というのが名字です」

「ミョージって?」

「えーと、なんというのか、〝一族の名前〟って言うんですかね」

「え? 一族のお名前をお持ちなんですか? よほどの名家のご出身なんですね」

「……」どうしよう、この勘違い……

「ではどちらでお呼びしたらいいでしょうか? やはりミョージで——」「いやそこは〝ろくへーた〟の方でお願いしたい!」

 どこから出てきた積極性なのか反射神経が喋っているような速攻の返答。

「解りました。〝ロクヘータさん〟とお呼びさせていただきます」

「あの、それで僕の方はなんと呼べば……」

「〝ラムネ〟でいいですよ」

 呼び捨てで?

「いや、それは良くない。〝さん〟を付けてもらってるからにはこっちも〝ラムネさん〟じゃないと」

「えっ、そんなにわたしのこと大切にしてくださるんですか」

 そこまで言われラムネさんの顔から思わず視線を逸らしてしまったが逸らした視線の先には既に死体になってしまっている悪漢が二人——。


 もはやラムネさんは処女じゃないだろうなぁ、と、思うことさえ悪いようなそんな気がしてきている。

「いや、これでけっこう普通だから」と微妙にピンを外している口上しか出てこない。

「それがたしなみとして身についているなんて! 家族を表すお名前持ちと言い、ロクヘータさんは元の世界ではきっと貴族だったのですね」

「……」

 どうしよう、訂正しない方が良いのかな……

「そこはラムネさんの想像に任せる。僕にとってはもう過ぎてしまったことだ」

 少なくとも、少なくとも嘘はついていないよなっ。

「ロクヘータさんは元の世界では何をなさっていたのですか?」

 なんじゃーっ、コレは圧迫面接か⁉

「い、EF66という電気機関車の写真を撮っていたら三脚を立てていたノリ面が急に崩れだし気がついたらこの森の中にいた、といった次第で、」

 そのせいなのかなんなのか自分の異能はミラーレス一眼のようになっている。ちなみに命の次に大切だったミラーレス一眼はいっしょに転生はしてくれなかった……、もちろん三脚も——

「いーえふろくじゅうとかいうのは?……」とラムネさん。

 いや、EF60じゃないんだ。その機関車もう動いてないし。撮ってるのは66なんだ。もっとも僕がこちらの世界で過ごしているうちに廃車になっている可能性もなきにしもあらずだが。

「まあなんというか、鋼鉄製の馬、的な?」

「ロクヘータさんは馬術もたしなむんですね」

 いや、僕は運転はしないんだ。っていうかできないんだ。

「乗るというか、もっぱら鑑賞専門かな」

 嘘は言ってない。嘘は言ってないから。

「馬は美しいですからね」

「……」

「でもわたしが知りたかったのはご趣味ではなく、ロクヘータさんの日常です」

「はは、日常ですか。しがない日常ですよ」

「普段はなにを?」

 普段はお勉強をやらなければならない身である。ロクに打ち込んではいないが。

「学問です」

 嘘は言ってない。嘘は言ってないから。これでも一応大学生だから。大学生生活二ヶ月ほど、世間は『Fラン大』と言うけどな。

「ご立派です」

「はは、どうでしょう? 少なくとも僕は自身のことを〝立派だ〟などと、これっぽっちも思ってはいませんが」

 ラムネさんは半分はだけた胸の前に交差させた両手をぴたりと押し当てた。

「いいえ。そうしたことば、立ち居振る舞いからそれが謙遜に過ぎないことが解ります」

 これは単に〝女の子〟の前でハッタリを効かすほどの度胸が無いだけかと思われるが……

「ロクヘータさんの後でわたしのことをお話ししなければならないのはとても恥ずかしいのですが、聞いてくれますか?」

 何らかの覚悟を要するような口ぶりでラムネさんは切り出した。


 〝もちのろんっ!〟と勢い込んで言えればいいのだが、あいにくそういうのはできない性分だ。

「もちろん」と控えめに応じた。少なくとも会ったときから気になっていたビリビリに破かれ半裸になっている〝その服の事情〟について話してくれるはずだ。

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