第10話 質問責めはお互いさま

 初めての街である。どこに何があるのかなんてわからないし、携帯もずっと圏外だ。だから自然と幹事をサナに任せることになる。そうでなくとも彼女はなんでも自分で選びそうだけど。


「サナはこの街で暮らしてんの?」

「今はな。以前は東の方で仕事をしていたけど」

「仕事? なんで、なんの?」

「なんでって、食うためだろ。森林警備だよ、そんなに珍しくもない」


 珍しいよ。でも、社会人から大学に入り直す人だっているよなあ。森林警備は、林業とかそういう感じかな。


 店はまだ時刻も早いというのになかなかの賑わいで、慣れないアルコールの匂いが鼻を刺す。そしてどのテーブルにも囲んでいる人数の胃には収まらないほどの料理が並んでいた。


「私たちはこの世界に慣れていないから、悪いが注文は任せるよ」

「慣れてないって、お前らのところには酒場もないのか?」

「あるけど、少し趣が違うんだ。それに未成年だし」

「お前らの成人っていつなんだ?」

「成人として認められる年齢とは別に、飲酒していい年齢が定められているんだ。それが二十歳で、私たちは十八。だから飲めない」

「十八? エルフでは十五だぞ」


 給仕の人は人間だった。サナがあれこれ注文している途中で、勘定のことが頭をよぎった。


「待った! あんまり金がない」

「……今言ったやつの半分だけもってきてくれ」


 苦笑する給仕さん。「私も待ったをかけさせてもらう。同じく、金がない」


「あーもう……その半分で頼む」


 サナが深いため息をつく。そりゃそうだ、なんか大学生っぽいから飯を食いになんかきたものだから、財布の心配をすることを忘れていたのだから。そもそも円が流通しているのかさえ怪しいから、今気がついてよかったともいえる。


「馬鹿かお前ら。一食分くらいは持ち合わせているものだろう」

「ここが異世界だからだよ。私としたことがうっかりそれを忘れていた。なんならこの世界では無一文かもしれない。電子マネーは使えないだろうし」


 それもそうかとあっさりそれを認めた。未来の建国主は現状を受け入れる器がでかい。


「そっちでは支払いをなにでするんだ。物々交換か」

「違うよ。これでするんだ」


 硬貨と紙幣を見せると、珍しそうに手に取った。


「コインと紙か。なんでこれには穴が空いているんだ?」

「俺にもわからない。逆にここではどうやってお会計するんだ?」

「コインだ。銅貨、銀貨、金貨、あとは物で交換したり仕事を手伝ったり。都会ではこの紙みたいな、金貨相当の券が発行されているらしい」

「都会って、ここがそうじゃないのか」

「それほどじゃないよ」


 話していると料理が運ばれてきた。他のテーブルよりは少ないが、それでも三人分よりもずっと多い量である。彼女は運ばれてきた酒を(グラスではなく木製のジョッキだった)一気に半分も飲み干した。


「見たことのない料理ばかりだな」

「黒辻、だったか。お前、それじゃこっちで嫁に行けないぞ」

「やっぱりできた方がいいのかな」

「炊事はうんざりするほど仕込まれたさ。それと機織りに狩猟。幼かったからか嫌で嫌でたまらなかった」

「ほー。私も習い事はいくつかやったけど、役に立つかはわからないから、サナのそれは生きる上で意味のあることじゃないか」

「最近はそう思えるようになったよ」

「サナはいくつなんだ?」


 訊ねると、頬張っていたなにかの肉を噛みながら、指を二本立てた。


「じゃあ歳上だ」

「二歳の差でこうも違うのか……」


 エルフの民族衣装だろうか、刺繍の細やかなサナの胸元を眺め黒辻は視線を落とした。俺はそれを見ないようにすることが優しさだと思った。


「二百だよ。エルフは千年くらい適当に過ごせてしまうから、まだまだガキさ」

「……敬語の方がいいっすか?」

「アッハハハ! 馬鹿か、同期じゃないか! 普通でいいよ」


 そういうものかな。この世界の習わしか、彼女の気質か、それとも大学生だからこそなのかは判別できないけど、従っておこう。


「酒が飲めないならもっと食え。どうせ私の金だ」


 そう言って追加注文をした。剛気であるが、遠慮してしまう。しかし黒辻はサラダはあるかとか魚がいいとか食事を楽しんでいた。


 給仕さんのサービスで、一人分の料金で済んだ。


「ご贔屓に」


 そうウインクしてくれた。黒辻は俺をつつき、入れ込むなよと怖い顔でいう。


「じゃあな」


 千鳥足のサナを見送り、俺たちはゲートに戻った。帰り道を覚えていた俺に、黒辻は、お前がいれば他に何もいらないとご機嫌である。


「おかえり。楽しんだようでなにより」


 門番のテリーさんといくつか言葉をかわし、また神殿の長い廊下を進み、ゲートの前に立つ。


「ほら黒辻、カード」

「きみがやりなよ。行く時は私がやったんだから」


 足もどこかおぼつかず、俺の肩にしがみつきながらそう言った。


「なんでジュースばっかり飲んでたくせに酔っぱらうんだ」

「酔ってないけど、雰囲気にあてられたのかもね。いやあ、どこか多幸感に包まれているよ」


 口調こそしっかりしているが、支えを失えば倒れてしまような脱力に、仕方なくカードをかざす。問題なくゲートは開き、構内の部屋に戻ってきた。

 外はもう暗くなっている。月光が室内を照らし、廊下も正門もあるべきかたちのままで影を落とし、携帯に迷惑メールが届いていて、非現実的な世界にいたことを忘れさせる。


「松山さんもサナも、みんな夢かもしれねえな」

「それは困る。なぜって、きみは潜在意識で私のこのザマを見たがっているということになるのだから」

「そういうわけじゃないけど、珍しい姿ではあるよ。いつもはビシッとしてるし」


 返事をするのも億劫なのか、それきり彼女は黙った。黒辻の部屋まで送り届けると、


「水が飲みたいな」

「窓を開けてくれ」


 と面倒だったので、一通り指示に従ってから帰った。断る方が面倒になりそうな気がした。


「頭が痛いから、その、泊まっていけばいいんじゃないかな」

「今度な。今日は帰るよ。お大事に。いっぱい水飲めよ」


 酒が原因の頭痛には水を飲むのがいいときく。父はそうしていたので、多分そうなのだろう。

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