二次会②

「樹は今まで何してたんだよぉ」

 悪酔いに絡み酒。

 陽子は容赦なく樹に絡み続けてくる。

「近況報告の時に言っただろ? フリーライターしてるって。聞いてなかったのかよ」

「知ってるぅ~、聞いたぁ~」

 だんだん、樹は苛ついてくる。

 樹は昔から、それこそ幼少期から酔っ払いが嫌いである。父親が病気になる前、酒を飲むと普通に暴力を振るう。そんなのが当たり前だったからかもしれない。

 以来、樹の脳内に「酔っ払い=嫌い」とインプットされ、社会人になってからも上司だろうが同僚だろうが関係なく、飲み会に誘われても参加はしない。行くとしたら、幸雄とたまに二人で飲みに行くぐらいだ。

 その嫌いな、樹からしたら、悪酔いしている、ただの『怪物』が目の前に君臨して、自分に絡んでくる。

 頭が痛くなりそうだった。

 こっちの質問に答えられない、もしくは的を得ていない言葉を繰り出す。

 それが酔っ払いという『怪物』だ。

 樹は基本、酒を飲んで悪酔い、酩酊状態の人間を『人間』と思わない様にしている。それぐらい嫌いなのだ。

 しかし状況としては複雑である。過去に好きだった天野陽子が悪酔いして絡んでくる。邪険には扱えないし、それこそキレてしまったら、せっかくの場をシラケさせてしまう。特に樹は現在進行形で、アルコール類を一滴も飲んでいない。素面しらふでキレたりすれば、それこそ皆に引かれてしまうに違いない。

「とりあえずお前、飲み過ぎだぞ。今から飲むのは禁止だ」

「えー、何でぇ?」

「先生、見てないで何とかコイツに言ってやって下さいよ」

 ついに樹はダメ元で中川に助けを求めた。酔いが回って眠そうな顔をしている中川。

「コラコラ、樹が困っているじゃないか。そこまでにしておきなさい」

 眠そうな目をこすりながら、力の無い口調で中川が間に入った。

「そういう先生だってぇ、もう眠そうじゃないですかぁ。お酒に飲まれてますよぉ?」

 バカヤロウ、飲まれているのはお前だ。

 樹は内心、そう思った。

「そういえば先生ってぇ、結婚したんですよねぇ」

 呂律が段々悪くなってきている陽子だが、樹はその言葉に反応した。

「えっ? 先生、結婚されたんですか?」

「今年で二年目かな、若い奥さん貰っちゃったよ。私が今五十だから、歳の差は二十二ぐらいかな」

「それって職場でですかぁ? それとも生徒だったりしてぇ~」

 ケラケラと笑う陽子。

 その姿に頭を抱える樹。

 よくもまぁ、そんな言葉が出てくるものだと、樹は呆れるしかなかった。

「天野、失礼だぞ、今のは」

「いやいや、全然構わないよ。元生徒でもないし、職場結婚でもない。長く教師やっていると、学校以外での外の関わり合いがあってね。公務員の事務している人が今のカミさんだよ」

「外との関わり合い?」

「そう。例えば夏祭りとかで言えば、地域に貢献するような形で、企業や学校も関わったりするんだよ。よく吹奏楽部が地域でお祭りやイベントがあったりすると、よく参加していただろう?」

 思い返せばそうだった。

 図書館は役場の隣の公民館内にあった。毎日の様に出入りしていたが、何だか分からない行事が時々行われていた。

 今思えば、物産展だったりとかそういうものだとは思うが、必ず樹が通っていた中学の吹奏楽部が参加していて、演奏会を開いて聴かせていた様な気がする。

「学校側からこういう出し物します、これを生徒達も混ぜてやります、っていう会議を祭りや行事などを行う実行委員会と、会議を学校外で行ったりするんだよ」

「教師って色々大変だって聞きますけど、そこまでするんですね。驚きました」

 樹は嘘偽りなく、本当にそう思った事を口にした。

 出版社に勤めていた時に、いじめ問題を取り扱う際、教師側の取材をした事があった。教師としての仕事は、学校内では収まりきらない様な事を聞いた事がある。今まさに目の前にいる教師が、そう言っているように見えた。

 だが中川は意外な答えを返した。

「大変だってテレビのニュースや新聞、雑誌に取り上げられるほど、それって本当に最近の事だと思うね。私が教師になりたての頃は言うほど大変ではなかった気がする。政府の教育改革で色理路振り回された時期もあったりしたけど、実際のところ、現場ではそんな事は気にしていなかったかなぁ」

 アルコールの酔いが少し醒めてきたのか、中川は目を擦りながらも、しっかりと答えた。

「そうなんですか?」

「私が君達の担任になったのは、教師になってから二回目かな。その前は右も左も分からない、どう指導していいかのかさえ皆無だった。だから諸先輩方に協力してもらって何とか卒業まで送り届けた。それが最初に担任になった時の話。そして君達が中学三年になって私が担任になった。以前と違い、自分で考え、自分なりの指導をしてきたつもりだ。良い方に語弊ごへいがあるかもしれないけど、自分の色が出せたとも思っている。だから三年A組にはやっぱり思い入れがあるよ」

 中川はそう言ってジョッキに残ったビールを飲み干した。

 樹は改めて中川を誇らしく思った。

 自分の虐待について、頑なに口止めをさせた当時の樹。

 それは大人を信じていなかった、という理由もある。

 しかし今目の前にいるのは、そんな一生徒の我儘わがままを聞き入れても温かい目で見守ってくれた。

 こういう人が本当の意味での教師なんじゃないかと樹は思った。

「先生」

「ん?」

「本当にありがとうございます」

「何だよ、突然」

「いえ、何だか分からないけど、先生の事を誇りに思います。中川先生が担任で本当によかったって思います」

「そっか。それが聞けるだけで私は十分教師として、これからもやっていける。逆にありがとうな。嬉しいよ。そう言ってもらえる事がさ」

 樹自身もちゃんと会話と中川と会話が出来て本当に良かったと思った。

「ところで樹」

「何です? 先生」

「天野は今度、市来に絡み出してるぞ」

「えっ?」

 隣を見てみると、陽子の隣に座っている市来幹子に今度は容赦ない絡み方をしていた。

「川瀬~、助けて~。何とかして~」

 幹子が樹に助けを求める。

 樹は溜息しか出てこなかった。

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