第9話 ギルド組合長のお仕事

王宮の来賓用食堂


そこは、豪華な装飾が施された長机が置かれている。

そして、2人の人物が、この城の主を待っていた。


一人は国民街の商人ギルドの組合長だ。

彼は緊張しているのか、さっきから何度も咳払いをしている。

 

もう1人はハーフエルフの国では珍しい獣人の女性であった。

彼女は椅子に寄りかかると、まるで実家のように寛いでいた。

 

そんな対照的な2人の出会いはつい最近であった。


国民街で店を開くには、商人ギルドに所属しないといけない。

だが、相互扶助の精神を根源に持つギルドには簡単には入れないのだ。

新しい店が開くという事は、既得権益が侵されるという事に繋がる。


そんなギルドの重い扉を開いた獣人の少女は開業の書類を申請する。

それを受け取った組合員は、形式上、組合長に書類を回したのだ。


いつもなら、そこで一蹴されて話が終わるはずだった。

だが、組合長の元に王宮の料理人達が続々と訪ねてくる事になる。

 

「うちの料理長が店を開くんだ、わかってるだろうな?」

 

ある者は露骨に恫喝してきた。


商人ギルドにとって、王宮の料理人は無視できない存在だ。

飲食店を営む者には、いつかは王宮の料理人へと夢を抱いている者もいる。

高級食材を大量に卸している者だっているのだ。


組合長は苦虫を噛み潰したような表情で頷くしかなかった。


だが、事態は思わぬ方向に好転した。


彼女が女王の専属料理人だったというのだ。

組合長は何ヶ月かに一度、女王と会食する機会を得られる。


そこでは如何に自分達の要望を伝えれるかが重要だが、女王は公明正大であり、冗談を言ってその懐に飛び込む隙など一切見せないのだ。


——そうであるか


微笑とも取れる表情でそう告げるのみだ。

 

だからこそ、組合長はこの獣人の女性をこの場に連れてきたのだった。

果たして彼女は、女王とどのような距離感を取れるのか、組合長は胃が痛くなる思いであった。


「ハルト、今日の献立はありますか?」

 

そんな組合長の心配を他所に、獣人の女性ルルは、給仕に立つ男に話しかけた。

その男性は執事服に身を包んでおり、一見すると優男に見える。


「はい、ボス……じゃなかったルルさん、こちらになります」

 

ルルは彼の差し出したメニュー表に目を通した。


「今日は魚介類がメインですか」

「そうです、本日仕入れたばかりの新鮮な物を使っております」

「そうですか」

 

ルルは何かを考えるように顎に手を当てる。

 

「お二人は同僚だったのですかな?」

 

組合長は自分の緊張をほぐすように尋ねた。

 

「ええ、ハルトは見習いの時から、ルルが仕込んだのです」

「はい、ボス。いいえ、今思うとパシリに使われてただけのような気がするのですが……」

「ハルト、思い出は美しいままに閉まって置くのです」

 

それを聞いて、組合長は苦笑いをする。

 

(ルル殿は予想通り大物なのか?)

 

そして、組合長がそんな妄想を繰り広げている時に、扉が開き女王が入ってきた。


女王は目の前の光景を見て、珍しく固まっていた。

だが、表情を引き締めると優雅に歩き出し、奥の席へと座る。


「組合長殿、待たせてすまないな」

 

組合長は椅子から立ち上がると深々と頭を下げた。

 

「いえ、陛下とお会いできるのを楽しみにしておりました」

 

その言葉を受けて、女王は微笑む。

その微笑みは、慈愛に満ちたものだった。

そして、彼女は組合長に着座を促す。

 

「今日は旬の魚をそなた達の店から仕入れさせてもらった。存分に堪能させてもらうとしよう」

 

それを聞いた組合長は、女王の気遣いに感動した。

そして、女王はルルの方へと視線を移す。

 

「ルル、久しいな」

 

その一言を聞いただけで、周りの空気が一変する。

 

彼女が女王に辞職を願い出たという話は色々な噂話に尾ひれをつけたからだ。

先程までの和やかな雰囲気が消え去り、緊張感に包まれた空間になったのだ。

 

その変化を感じとった組合長はゴクリと唾を飲み込む。

すると、ルルはゆっくりと口を開いた。

 

「ええ、組合長さんのおかげで、もうすぐルルの店が開店できそうです」

「そうであるか、私も一度見に行きたいものだ」

「いつでも来ていいですよ、ルルは歓迎します」

 

二人の何気ない会話に、周囲の緊張は解かれる。

 

「組合長殿がルルを連れて来てくれたのだな」

「お二人は旧知の仲だと、お聞きしましたので、僭越ながらご案内させていただきました」

 

その言葉に、女王は静かに頷いた。

それを見た組合長はホッと胸を撫で下ろす。

 

それから食事が始まり、終始穏やかな時間が過ぎていった。


ルルの何気ない冗談に、女王は自然な笑みを見せる。

それはまるで、友人同士の語らいであった。

 

その光景を目の当たりにした組合長は、自分の選択が正しかったのだと確信を得たのだった。


 

 

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