第26話

 校長室。


 生徒の個性を大事にする私立高校、そう謳っているからか、この校長室もなかなか個性的な模様替えが施されている。


 生徒が部活動で獲得したトロフィーや、メダルなど。それを飾るショーケースは、どこの学校にもありそうだが。


 めちゃくちゃ、壁に写真が貼られている。

 これは、校長の愛犬の写真だ。

 白色のトイプードル。


 以前、校長と飲み屋に行ったときは、この愛犬の話を散々聞かされた。何度も何度も同じ話をするため、犬の名前から好きなペットフードの種類なども覚えてしまった。


 さて、そんな緊張感のない校長室で、今から纏愛による実験が行われる。

 どういうものかはわからないが、なにやら自信満々、といった様子で、彼女は笑っていた。


「ミッチー、校長ってさ」

「おう」

「左利きだよね?」

「え?」


 俺は思わず訊き返してしまう。

 たしかに、校長は左利きだ。

 しかし、何故それを纏愛が知っているんだ?


「どー? 正解?」

「あ、あぁ。正解だが……なんでわかったんだ?」

「んとー……あ、ひげ触ってるのが左手だったからとか?」


 なんでちょっと適当なんだ。

 そして何故訊き返した。


「何を急に……そんなことしたって、満道先生の解雇は――」

「うっさい! ちょっと黙ってて!」


 纏愛が校長に怒鳴る。

 怒られてしまった校長は、ちょっとだけ悲しそうな顔をしていた。可哀そうに。


「んで、次はえっと……」

「待て纏愛、いったい何を――」

「さっきのひげ触るやつ。あれって、なんか自慢するときによくする癖じゃない?」


 え、と。

 俺は声を漏らす。


 なんでそこまでわかるんだ?


「特に、学校の校風を変えた話をしたときとか……合ってるよね?」

「合ってる、うん、合ってる……」

「あれ、校長! ちょっとちょっと! 自信が無くなってきたからって、腕組してたのやめちゃったのー?」


 纏愛の煽りに、校長はだんまりとしていた。

 図星なのか。


 いや、というか。


「ミッチー、あれって何反応?」


 にひひ、と嗤いながら。


 纏愛は俺に問うた。

 彼女の問に、俺はどう『応える』べきか。


 答えは、簡単だった。


「あれはそうだな。焦燥反応ってところか。焦っているときに出る反応だ。見てみろ、校長の額にうっすら汗がにじんでいるのがわかるか?」

「ほんとだー!」


 すると、校長はポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った。

 おっと、これは必死に弱ってきた自分を隠そうとしている反応だな。


「よし纏愛、次の工程に移れ」

「らじゃー!」


 これは、纏愛の実験。


 そう――『人を知るための実験』だ。対象を校長にすることで、彼のことを知ることで、何か結果を得ようとしている。


 そのなにかは正直まだわからない。


 だが、纏愛が成長している証だ。

 ならば、俺も実験に協力しよう。


 何度も失敗して失敗して、とあるキッカケのおかげでようやく成功して、初めて人の役に立つことができる。それが化学だ。


 さあ、何度も失敗はしてきた。

 キッカケはきっと、纏愛が思いついている。


 ここからの実験はきっと――逆転劇の、実験だ。

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