第23話「そこに連峰が在るから」





 第二十三話『そこに連峰が在るから』





 夢だ、これは夢だ。


 寂しがり屋の嫁、泣き虫少女『デリジョー』が血反吐をき散らして集団リンチされたのも夢。


 温和な嫁、おっとり娘『ソープジョー』が少年の頭突き一発で顔面が陥没したのも夢。


 幼さの残る可愛い嫁、ロリっ気あふれる『エンコー』が蟲人間達に凌辱されたのも夢。


 気高く美しい嫁、しっかり者の第三王女『ミスペン』が全裸脱糞ジャンピング土下座放尿を披露したのも夢。


 夢、そう、これは夢だ。


 チート勇者である自分が、金髪ツインテールの美少女にシバキ上げられるなんて、絶対に有り得ない、つまり、夢だ。



「弱いわね、あなた」



 恐ろしく腰の入った右ボディーブローを放つツインテールの金髪美少女。


 左の脇腹に激痛が走り、呼吸が止まる勇者ユウト。


 全属性魔法が扱えても使用をさまたげられれば無意味、成長力百倍の加護で鍛えた身体能力もそれを圧倒されれば無意味。


 自分達を文字通り鎧袖一触がいしゅういっしょくする少年少女達にかつてない恐怖を覚える。


 傷付いた体を治療するすべもない。


 回復薬や日常用品が詰め込まれた亜空間袋は女神に渡された宝物、しかし、消失、いつの間にか腰から消えていた。


 亜空間袋とは別に、個人的な物品を収納する為に女神から付けて貰った収納スキル『アイテムボックス』も使えない。


 頼みの綱の女神とも連絡が取れない。念話が届いていない。


 南国宮崎県の国道十号線、亀裂の入ったアスファルトの上、左脇腹を両手で押さえながらのた打ち回る勇者ユウト。


 みじめに路上を這う勇者の横にトンと着地する少女。


 ユウトは涙目になりながら着地音の方へ視線を向ける。

 目に入ったのは幼児向けのゴムシューズ。


 可愛らしい靴から生える白い脚、ユウト好みのロリロリしい美脚。靴下を履いていないところなどユウト的には高得点。


 窮地きゅうちに追い込まれた現状でも勃起をきたすのは勇者たる所以ゆえんか。


 召喚転移・転生した人間が必ず付与される異性特効の【常時発動型魅了スキル】も、関わる人間や周囲の人間を徐々にアホ化する【無差別低能化スキル】も、眼前の少女達には効かない。


 異世界でイキり散らした勇者ユウトに、そんな理不尽は耐えられないっ!!


 少女にイキられないなんてオカシイっ!!

 イキた証をその細い腹に宿せないなんて変だっ!!


 勇者ユウトは立ち上がる。

 この先も自分らしくイキる為にっ!!


 しかし相手は強敵、このままではイキ残れない。

 ここは臥薪嘗胆がしんしょうたんを決意して撤退あるのみ。


 次は必ず勝つ、見ていろっ、俺のイキザマをっ!!



 勇者ユウトは逃げ出した。

 瀕死の嫁四人を置いて戦場離脱を計る。


 遠ざかるツインテール少女。

 少女は驚いたのか動かない、勇者を追わない。


 やった、成功だ、このまま逃げ切るっ!!

 敗走者ユウトは口角を上げた。



「え」



 間抜けな声を上げるユウト。冷や汗が右頬を伝う。


 嫁を見捨てた勇者は、ツインテール美少女の眼前に疾走の体勢で戻された。


 彼は知らない、美少女の肩に乗る小さな神を。


 あらゆる『空間』を支配する不可触神イズアルナーギと言う無慈悲を。


 イズアルナーギと言う幼神の前に距離の概念など無意味。


 転移、テレポート、瞬間移動、そのどれでもない。


 イズアルナーギの権能は人間が編み出した小手先の芸ではない。歴代不可触神の権能には理屈が存在しない、道理が通じない、法則が当て嵌まらない、天上の神々にも解明出来ない。


 故に、たかが人間の勇者如きが逃亡出来ようはずもない。


 幼神が『姉の前に来い』と思っただけで、距離を無視して必ずそこに呼ばれてしまう。


 勇者ユウトは逃げられない。


 イズアルナーギにその存在を覚えられた時点で、ヤマモト・ユウトに逃げ場など無い。



 ユウトの意識が暗い湖に沈む直前、彼はツインテール少女の可愛いこぶしが左のコメカミに向かって来るのが見えた気がした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 イズアルナーギは大好きな砂場の上でボーっとしていた。女神の知識を全て手に入れた。


 彼の足元には全裸で気絶する女神パイエが横たわっている。


 モッコスは心穏やかではない。

 ついに、イズアルナーギが知ってしまった。


 神々が有する知識を、幼い不可触神が知ってしまった。


 老神官には何も出来ない。


 今はただ、見守る事しか出来ない。

 胸が締め付けられる思いのモッコス。



「イザーク様……」



 モッコスは主の名を呟いた。


 イズアルナーギはその呟きに応えず、足元の女神を見た。


 眠そうな目でジッと見つめ、首をコテンと傾げてしゃがんだ。


 砂遊び見守り隊の侍女達が息を呑む。

 殿下が可愛すぎて胸が痛い。これは恋か!?


 イズアルナーギは念力で女神パイエを浮かせ、その豊満な乳房を自分の口元に寄せた。


 白目を剥く砂遊び見守り隊。

 あらまぁと驚く母サテン。

 コメカミの血管が切れそうな女官カーリヤ。

 血走った目で抜剣する白騎士ウルダイ。


 ヒュ~と昭和チックに口笛を吹く黒騎士アルトゥイ。

 静かに見守る教皇モッコス(首コテンで絶頂済み)


 周囲の元奴隷達や神域に住まう孤児達も黙って見守る。


 イズアルナーギはパイエの右パイオツに吸い付いた。


 チュウチュウと何かを吸い上げ、そのたびにゴクンと喉を鳴らす。


 いったい何をしているのか、幼神の目的は何なのか、それは誰にも判らない。


 右の乳房から左の乳房へ顔を移すイズアルナーギ。


 さすがイザーク様、攻めるねぇと称える黒騎士アルトゥイ。隣に立っていた白騎士ウルダイに『殺すぞ』と言われシュンとなる。



「ン……あ、え」



 ビーチクを刺激された女神パイエが目を覚ます。


 左の胸にくすぐったさを感じた彼女が視線を胸に向けると、圧倒的な存在感で大きさも把握出来ない恐怖の象徴が自分の胸をむさぼっていた。



「ふぁ……」



 なるほど、自分は不可触神に犯されるのですね。


 そう解釈し、一瞬で気を失う豊穣神。


 パイエが再び気絶してすぐ、イズアルナーギの搾乳は終わった。


 ケプッと可愛いゲップを吐く幼神、余りの可愛らしさに数十名の女性が昇天。ついでにモッコスも栗の花を満開に。


 満腹になったイズアルナーギは母の胸に転移。

 サテンが息子を抱きしめてあやす。



「イザーク、何でオッパイ飲んだの?」


「お腹空いた」


「そっか、じゃぁ、ねんねしようね?」


「うん」



 ザワつく神域住民。

 なるほど、腹減ったなら是非も無し。納得する眷属達。


 モッコスは安堵した、心から安堵した。


 イズアルナーギは何も変わらない。神々の知識も、自分の正体も、不可触神の空腹より価値が無い。モッコスはそれが分かっただけで十分だった。



 しかし、イズアルナーギも眷属達も気付いていない。


 女神パイエがイズアルナーギの眷属神となっている事実に、王城で眠る肉塊以外気付いていない。








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