第45話 襲撃者

 迷宮内へ入ったロアはショートカットとなる直通路を行くことは避け、一層を捜索することにした。実力的には二層でも戦える自信はある。だが他人を助ける余裕はない。行く場所は必然的に一層に絞られた。

 デバイスでマップを確認することもなく、小走りでほの暗い通路を進んでいく。存在感知は最大限に展開したままだ。敵にしろ救助対象にしろ、まず相手の存在を先に捕捉できることに意識を注いだ。

 程なくして、数体のモンスターを屠ったロアは、一人目となる人間の反応を捉えた。


『敵……じゃないよな?』

『おそらくですが。まあ、仮に敵対しても大した脅威にはならないでしょう』


 初めてとなる人の気配を感知したロアは、念のため相棒に確認を取った。案の定と言うべきか、ペロからも同様の見解を得られた。感知に映るその者は、しきりに後方を振り返ったり前方へ武器を構えたりと、不自然な動作を繰り返していた。

 それを感じ取ったロアは、流石に襲撃者の動きではないだろうと判断し、そちらへ進路をとった。

 そして目視の距離まで近づくと、相手へ向けて大きく手を振った。


「おーい、大丈ぶ……」

「お前もあいつの仲間か!」

「は?」


 全く予期しない対応に、ロアは思わず呆気に取られた。


「ナメやがって! こんなガキにまでやられるかよ!」

「お、おい……」


 困惑するロアへ、男は手に持った武器の銃口を向け、躊躇うことなく引き金を引いた。

 攻撃されるのと同時にロアは意識を切り替えた。自分に向かって撃ち出される弾丸。それを強化した身体能力によって全て避け切ると、一瞬のうちに相手へ詰め寄った。

 反応できない相手を間合いに入れる。そのまま銃を持つ手を掴み足をかけ、体の前面から床に組み倒した。男の口からはうめき声が漏れた。


「いきなり何すんだお前」

「クソォ……ガキまでこんな強いのかよ」

「だからなんの話だよ」


 再度の疑問の言葉に、ようやく男は聞く耳を持った。


「……お前、あいつの仲間じゃないのか?」

「さっきから何言ってんだ。わけわかんないこと言って襲う作戦ならこのまま殺すからな」

「ままま待て! 殺すな!」


 手っ取り早く話を進めるため脅しを込めると、男は一転して態度を改めた。ようやくまともに話が聞けそうだと思ったロアは、押さえつける力を緩め手を離した。


「で、何があったんだ?」

「……襲われたんだよ。知らねえ奴にいきなりな」


 男が話すは内容は事前に予想していた通りのものだった。通路の先から何者かが現れ、その者は言葉もなく突然攻撃してきた。五人いた男の仲間はそれで全員が殺され、本人は敵わないと悟り一目散に逃げ出したという。


「一人だけ逃げたってことか」

「仕方ねえだろ! 実力が違いすぎたんだよ! あいつは絶対Cランク以上だ。間違いねえ……」


 意外なことに男たちを襲ったのは一人だった。地上の惨状から複数犯だと予想していたロアは、聞いた話を鑑みて一人一人がかなりの実力者なのだと警戒を強くした。


「どうして襲われた分かるか?」

「知るかよ。こっちが聞きてえぐらいだ」


 念のため襲撃者の動機を聞いてみたが、襲われる側がそれを知るはずもない。ロアは男の答えに「だよな」と相槌を打った。


「俺は一刻も早くここから出る。あんな奴と出くわすなんざもう御免だ。そんでもって協会に報告して目にもの見せてやる」

「そうか」


 迷宮から出ても安全が保障されてるわけではないが、男の意気を削ぐ意味もないためロアは適当に頷いておいた。

 脱出する気のなさそうなロアの様子に、男は怪訝な顔で問いを放つ。


「……お前はどうするんだ? というかここを出る気はないのか?」

「俺は外から来たんだよ。だからこのまま生存者を探す」


 その一言に男は食いつくように反応した。


「もしかして既に都市から依頼が出されてんのか……!?」

「いや、俺の判断。上には他にも探索者がいるから、あとはそいつらに聞いてくれ」


 期待と違う答えに男は気落ちする。しかしすぐに切り替えると、再び顔を上げた。


「……まあいいか。それより気をつけろよ。言った通り、あいつは相当やべえぞ。物好きはいいが他人に構ってると自分が死ぬぞ」

「その辺は織り込み済みだ。言われるまでもないよ」


 ロアの返しに「そうかよ」とそっけない態度を取ると、男は後ろを振り返ることなく逃げるようにこの場を去っていった。それを見送ったロアは、気合いを入れ直すため一吐大きく息を吐くと、より奥へと足を進めた。




 一人目の生存者と遭遇したロアは、そう時間をかけず二人目を見つけた。


『お、もう一人いたな。こいつも逃げ遅れたのかな』

『ちゃんと警戒してくださいね。襲撃者の可能性もありますから』

『ああ』


 また攻撃されても堪らない。そう思うロアは、少しばかり身を固めてそちらへ向かう。そして進路の先に相手の姿を見た。

 その人物の足取りは一人目よりも軽かった。過度に緊張する様子はなく、敵意を剥き出しにしている様子もない。体を覆う外套のせいか、身につけてる装備は分かりにくい。それでも察せられる気配から、一層にいるにはやや不自然な手合いだと思った。

 警戒を強めたロアは相手の出方を窺った。決めつけるつもりはないが、直前の出来事もある。暫定的に敵対者と判断し、どんな攻撃にも対応可能なように前傾気味の姿勢をとった。

 あからさまに身構えるロアとは反対に、相手は特に警戒する素振りを見せない。それどころか、ロアに向かって手を振ってきた。覗ける口元にはにこやかな笑みまで浮かんでいる。

 それを見てホッとしたロアは、体の強張りを解き、友好的な対応に手を振り返そうとする。

 そのとき頭の中で警戒の声が響いた。


『屈んでください!』


 声に釣られ、ロアは反射的に膝を折った。一瞬後、無音の風圧が頬を撫でた。


『今のは攻撃か!?』

『はい、次が来ますよ!』


 一度目は認識しきれなかった存在感知に、今度ははっきりとそれが映り込む。薄い刃のような形をした空気の塊が、複数こちらへ迫り来た。

 ロアはその不可視の刃を、視覚ではなく感知により把握し避けた。そのまま流れるような動作でブレードを引き抜くと、前方の敵へ向けて疾走した。

 突撃するロアに対して、敵対者はそのまま左手に持つ魔術媒体から風の魔術を発動し続ける。視界には映らない見えない斬撃が、通路を埋めるほど密集して放たれる。

 だが、その全てを正確に知覚するロアには当たらない。斬撃と斬撃の合間を紙一重でかいくぐり、間合いを詰めた。


 自身の攻撃を完璧に避け切るロアに、敵対者は下がっていた右手を挙げた。その手には何かの柄にも見える筒状の物が握られていた。別の飛び攻撃を警戒するロアは、筒の延長線上から外れるように小刻みな動きを混ぜた。

 それを見た敵対者の顔が小さく綻ぶ。同時に筒が眩く発光した。

 直後、膨大な炎が通路を埋め尽くした。赤橙に彩られた灼熱が、空間を激しく蹂躙し進路上のものを飲み込んだ。空気が熱され、焦げ付いた臭いが鼻腔を刺激する。男は業火に焼かれ丸焦げになっただろう相手を予想して、今度こそはっきりと笑みを浮かべた。

 だがその数秒後、炎の壁が薄れたところで、男は驚愕から目を見開いた。


 炎が放たれる寸前、ロアは壁際へと飛んでいた。そのまま足の裏に魔力を集中させて、壁を足場としそこを駆け上がった。

 遅れて放たれる猛火。間一髪でそれを回避したロアは、背後に感じる膨大な熱量を背中に受けつつ、天井付近まで到達した。そのまま弧を描くようにそこを走り抜け、相手の下まで急接近した。

 自身の攻撃が相手を焼いていないことに気づいて男は顔色を変える。そしてすぐに居場所を察知すると、驚きを抑えて魔術の行使を再開した。

 それより一瞬早くロアは攻撃を放った。壁に足裏を張り付け、床と平行となった体勢で、右手に握っていたブレードを投擲した。


 持ち手を離れたブレードが標的に向かって飛んでいく。それを見た男は魔術の発動を中断し、回避行動に切り替える。切っ先を正面に置いて迫るブレードが、飛び退いた男の背後へと抜けた。

 攻撃を当てる機会をむざむざと逃したロアに、男は今度こそ勝利を確信して狙いを合わせる。だが背中から感じた衝撃と、反射的に落とした視線が捉えた物を理解して、三度みたびその表情を変えた。


「バカ、な……」


 胸部からはブレードが刃先を覗かせていた。予想外の攻撃をくらって男の動きが硬直する。

 生じた隙を好機と捉え、ロアは壁を下る勢いのまま空中に躍り出た。そして跳びながら体勢を整え、相手の頭部へ強化された脚力を炸裂させる。蹴りが顔面にめり込み、頭蓋はヒビ割れ陥没する。頭部が受けた衝撃をもろに受け取って、釣られた胴体も後方へと吹っ飛んだ。男の体は大きな音を立てて通路の壁に激突した。


『死んだか……?』

『いえ、まだ息があります。詰まらない奥の手を使われても面倒なので、確実にトドメを刺しておきましょう』

『そうだな』


 うつ伏せで倒れる敵に油断せず近づき、足裏でうなじを踏みつけ首の骨を完全に砕いた。


『できれば頭部を完全に破壊するのが望ましいですが、まあ、この相手にはこれで十分でしょう』

『……お前って、結構過激なことを平気で言うよな。別に良いけど』


 用心深い相棒の思考に苦笑して、ロアは死体からブレードを引き抜いた。


『それにしても、こいつかなり強かったよな。よくわからん魔術を色々使ってきたし、俺だけだったらやられてたかも?』


 最後に放った攻撃。あれはロアではなくペロによるものだった。以前言及した能動制御。それにより手元を離れたブレードを、相手の死角で操作した。加えて背後からの攻撃を悟られないよう、相手の探知能力を欺く仕掛けまで行っていた。いずれも今のロアの技量では、一人でこなすのが無理な芸当であった。


『実際かなり強かったですよ。これまで戦った人間の中ではの話ですが。仮にここに来たばかりのあなただったなら、普通に負けていた可能性もありました』

『マジか。それって、お前のサポートがあっての話だよな?』

『はい』


 戦う時期によっては自分が死んでいたかもしれない。居住地を変えたのだから当然と言えば当然なのだが、運にも恵まれていたことを理解した。


『まあ、以前の俺が倒せなかったってことは、俺もそれだけ成長してるってことだから別に良いけど』


 それで切り替えたロアは、そういえば殺した相手のエネムを獲得できることを思い出し、現在の自分の所持エネムを確認してみた。


「……大体680万ローグか。一層にいる奴なのに、めちゃくちゃ持ってたな」


 ローグ換算にすると、大金とも言えるほどのエネムを獲得していた。


『理由を考えれば、驚くこともないですがね』

『……奪ったってことか』


 ロアの導き出した答えに、『そうでしょうね』とペロは肯定した。

 地上で多数の殺害を実行した者たち。現在迷宮内で探索者を殺している者たち。二つの実行犯が結びつくのは自然なことであり、その答えが導き出されるのは当然だった。


『だけど、流石にCランクの強さはなかったな』


 ロアは相手の強さを、高くてもDDDランク下位相当だと判断していた。

 それについて、ペロが襲われた者たちを擁護するように言う。


『突然見えない攻撃が襲ってくれば、過剰に高い評価を下してしまうのは無理ないでしょう。ロアにしたって、私がいなきゃ最初の攻撃で死んでもおかしくありませんでした』

『そうだな』


 多少の油断があったとは言え、相棒の警告がなければ死んでたかもしれないのは間違いない。

 また助けられたなと心の中で感謝を強めたロアは、あることを思い出した。


「あ、倒した奴の装備とか回収した方がいいかな」

『もう迷宮に吸われましたね』

「そ、そうか……」


 相手が使っていた高そうな魔導装備。売れば数百万はくだらなそうな戦利品の獲得を逃して、やや気落ちした気持ちで捜索を続行した。




『いないな……』


 時より襲ってくるモンスターを始末しながら、ロアは薄暗い迷宮の内部を彷徨っていた。

 襲撃者と思われる人物に襲われてから、また気を持ち直して捜索を再開したのだが、それから一人の生存者も発見できていなかった。

 以前赴いた時はもっと人気があった。モンスターと遭遇するにもやや苦労する状況だったし、探索中に戦闘音が聞こえくることもままあった。にもかかわらず、今ではそれが嘘のように静けさに包まれている。たまに出くわすモンスターの跫音が、控えめに耳朶を打つをばかりだ。

 生者が死に絶えた死の迷宮。もはや自分以外に生きている者は存在しない。

 そんな嫌な想像が頭を過ぎり、心が薄ら寒くなる気分に襲われた。


『このまま誰も見つけることなく、誰に見つかることもなく、ただ救助を待てれば最高なのですが』

『いや、それだとここに来た意味が半分くらいしかないだろ。まあ、本当にもう誰もいないのならの話だけど』


 相棒の言葉に、ロアは苦笑まじりでツッコミを入れた。そして気づく。自分は一人であるが、一人ではないことに。

 たとえ既に一人の生存者がいなくとも、ペロだけは自分のそばにいてくれる。

 心強い相棒の存在に、ロアの心は急速に暖気を取り戻す。


『なんにしろ、休むのは探せる範囲を探してからだな』

『誰に頼まれたわけでもないのに、本当に熱心ですね。まあ、私はそんなあなたの相棒ですので、文句の一つを口にしつつも付き合ってあげますが』

『言うのかよ。ありがとう』


 若干皮肉も込めたお礼に対して、『どういたしまして』と返してくる相棒に笑い、ロアは迷宮の中を確かな足取りで進んでいった。




 気分を切り替えたことが転機となったように、捜索活動にも変化が現れた。ついにと言うべきか、ようやくとなる三人目を発見した。続けざまに四人目も見つかった。

 生きているのは自分だけではない。その事実に笑みがこぼれそうになるが、すぐに違和感を覚えた。二人はどちらも動いており、両者の距離はかなり近い。なのに接触する様子は全くない。

 その動きはまるで、追う者と追われる者だった。


『これは……』


 それを感じ取った瞬間、ロアは駆け出した。走りながら戦闘態勢を整える。そして走る途中、更なる違和感を感じとる。先にいる二人の人間。その一つが、自分の知る人物の気配だった。


 通路を曲がる。一人の人間の顔が視界に入る。

 相手の目線も自分の姿を捉え、互いの目が合った。


「たすけ──」


 直後、その者の体は内側から破裂した。胸部が内部からめくれ上がり、赤黒い中身が前方へ飛び散る。血肉が周囲に散乱し、胸部に風穴の空いた死体が、べちゃりとした音ともに冷たい床に崩れ落ちる。

 血だまりの中に、原型を残した頭部が、虚ろな視線を漂わして転がった。それは見覚えのある顔だった。

 眉間の皺を深くしたロアは、視線を上げ、向かい側から来る者を凝視した。

 その人物も、ロアの姿を認識すると、やや驚いたように目を丸めた。


「一体どこぞの強者かと思ったら、お前かよロア」

「……何やってんだよ、ルーマス」


 向かいから步いて来るその男を、ロアは険しい顔つきで睨み付けた。

 鋭い眼差しを向けるロアに対して、ルーマスは子供のいたずらがバレたような気まずさを見せ、軽く頭を掻いた。


「何って、見て分かるだろ、って聞くのは意地悪か。流石にこの状況だけで、俺の目的含め諸々を推測するのは難しいもんな」


 今しがた一人の人間を殺し、殺人現場を目撃される。なのに目の前の男の態度には、後ろめたさというものが見当たらない。対峙するロアに、どこか浮き世離れした不気味さを感じさせた。

 切り替えたように笑みを浮かべると、ルーマスは武器を持ったまま両腕を広げた。


「まあ、とにかくこういうわけだ。俗に言う境域テロリスト、それが俺の正体ってやつだ」


 いつかの自己紹介を繰り返すように、小さく肩をすくめ、おどけた調子で言った。

 それを聞いたロアは怪訝に眉をひそめる。


「おいおい、いくらお前でも、境域テロリストの存在くらい耳にしたことがあるだろ?」

「……知らんが」

「マジかよ。くくっ、ものを知らないにも限度があるだろ」


 死体が迷宮に呑まれていくこの場で、ルーマスは声を出して笑った。


「あー、簡単に言うとだな。今の体制に不信と不満を抱き、連合による圧政と支配から人々の解放を目指す、正義の徒の集まりってところだ。俺たちは自分たちのことを抵抗者レジスタンスと名乗ってるがな」


 都市や連合と敵対する勢力がいるのは知っていた。だが探索者の中にも混ざっているとまでは想像していなかった。今回の襲撃者たちの正体。一体どこまで探索者が絡んでいるのか。

 ロアはそこに思考を巡らそうとして、やめた。自分の狭い見識では答えを出せそうにないし、そんなことを考えても無駄だ。今この状況で、無意味な考えに思考を割いてる余裕はない。それより重要なことがある。

 ルーマスからは敵意を感じない。襲ってくる様子は見られない。武器を持った手は下げられたままだ。しかし、本人は自らを襲撃者と名乗った。目の前で人を殺した事実もある。相手の動機を考えてれば、これから自分を殺そうとしても不思議はない。

 ロアは迷いながらも、身を守るため、ブレードの柄に手をかけた。


「俺は最初、お前が同志だと思った」

「……は?」

「ろくな装備を身につけない子供。目立つ要素満載だったお前は、計画のための連絡係だと思った。俺たちの仲間だとな」


 いきなり始まった話に、顔を困惑で染めながらもロアは黙って聞くことにした。


「だから接触した。自分で言うのもなんだが、俺は協会からの信頼が厚くてな。たとえ新顔だろうと、積極的に声かけして世話を焼いても、違和感は持たれない。まあ、そのためにそういう立ち回りをしたっていうのもあるんだがな」


 初めて彼と会った時のことを思い出す。違和感はあったが、やはりあれは偶然ではなかった。それを本人の口から聞き、ロアは目を細めた。

 表情の変化も気にせず、ルーマスは語りを続けた。


「結果としては全然違ったわけだが、それはいい。とにかくしかし、タイミングがよくなかった。リシェルとラン、あの二人組の話をしたろ? 実はあいつらには、連合の治安維持局の人間である疑いがあってな。境域を渡り歩く処刑人、執行部の疑いがな。俺たちの活動がバレてるとは思わなかったが、否定する材料も確証もなかった。ややもすると都市から監視を受けている可能性さえあった。だから今回の計画を先延ばしにするしかなかった」


 やれやれと首を振り、それをやめると笑みを見せた。


「その警戒もお前のおかげで晴れた。あいつらはただの流浪する探索者だという確信が得られた。あれだけの容姿と実力だ。どこかの組織のヒモ付きだとは思うが、それだけじゃ俺たちの脅威にはならない。計画の決行は、恙無く行われたってわけだ」


 それで話は終わる。内容の全てを理解できたわけではない。ただ自分は利用された。それだけは理解した。

 ブレードの柄をいつでも抜けるように力を込めるロアへ、ルーマスは本題とばかりに提案する。


「なあ、同志になるつもりはないか?」

「……なに?」

「お前、壁外の出身だろ。それもかなり下層階級の。お前みたいな境遇は珍しくないが、そんなのがありふれてるってのが間違ってる。イかれてるんだよここは。上も下もネジが外れて毒され切ってる。だから変えなきゃならない。外から客観的に見れる奴らが」

「だから殺したのか?」


 先ほど殺された者。その死体があった場所に視線を向ける。

 釣られるようにルーマスも同じ所を見た。


「今回の計画目標のためにエネムが大量に必要になってな。と言っても優先順位は二の次三の次程度だが、協会の探索者を始末できるなら一石二鳥ってな。大量の探索者を失えば都市には大きな失点だ。行わない手はない」

「そんな理由で、こんなことをしたのか?」

「仕方のないことだ。生半可なやり方じゃ何も変えられない。いつの時代もどんな世の中にも、大義に犠牲はついて回る。無傷の変革などはあり得ない。これもまたこの社会の歪さだ」

「殺したのはお前だろ」

「言ったろ。犠牲はつきものなんだよ。平和は勝ち取るものだ。話し合いで解決しようなんて無理な話、流血を恐れちゃ何も変えられない。だから俺たちは殺しの武器を握ってる。お前だってそうだろ」

「……殺すのはモンスターだ。人じゃない」


 自分の身を守るためとはいえ、実際に何人も殺してきたロアは僅かに言い淀んだ。

 その答えに、ルーマスは笑みを消す。


「同じことだ。敵対者は殺して排除する。人だろうがモンスターだろうが違いはない。人の社会はそうやって成り立ってる」

「……」

「ここだって証明の一つだ。俺たちが化け物だって定めるモンスターも、過去の人類が生み出した人殺しの産物だ。昔も今も、人が人を殺してる。言葉で分かり合えるなら苦労はない。武器なんざこの世に必要ない。俺たちにとって殺しは、何かを変えるための、最も合理的で有効な手段なんだよ」


 ロアは自分の殺してきた者たちを思い出す。確かに彼らも自分も、人を殺そうとして、殺した結果、今がある。一面では、それが真理と言えることなのかもしれない。

 閉口したロアに、ルーマスは再度の提案を口にする。


「今一度聞くが、同志になれよ。俺はもともとお前には素質があると思った。最悪な形でのネタバラシになったが、お前も俺たちのことを知ればきっと賛同する筈だ。俺たちと一緒にこの狂った世界を変えようぜ」


 勧誘の言葉とともに、手が指し伸ばされる。

 それに視線を落としつつ、ロアは答えを出した。


「お前の言いたいことはなんとなく分かった」

「そうか」

「だけど、お前のやり方は気に入らない。だから断る」


 相手の目を見ながら、ロアははっきりと拒絶の言葉を吐き出した。

 たとえそれが正しくても、到底受けいれることはできない。自分はそんなことのために探索者になったのではないし、生きてるわけでもない。結果的に殺し合いになったとしても、自分から積極的に殺すつもりも、奪うつもりも微塵もない。そんな生き方は望んでいない。


「ハァ……まあ、そうなるわなぁ……」


 提案が蹴られたことに、ルーマスは露骨に大きなため息を吐いた。

 そして吐き終わると同時に、握る銃を勢いよく持ち上げた。


「──お前とは戦いたくなかったよ……!」


 それに素早く反応したロアは、後方の通路の陰に逃れた。拡張された威力が、激しい音を立てて迷宮の壁を削った。


「お前、自分が正常だと思うか!?」


 銃声が止み、代わりに声が鳴り響く。


「狂った世界で身につけた常識は正しいと言えるか!?」


 背後から聞こえる声に足を止めず、ロアはさらに逃げた先で息を潜める。


「矛盾を抱えた社会において、誰が正義を語れる! 善悪を裁定する! 外を知る俺たちだけが、こんな間違った世界を終わらせられる!」


 正義を謳う殺人者の叫びが、迷宮の通路に木霊した。




 隠れた通路の陰で、ロアは迷う素ぶりで身を隠していた。

 そんなロアの心情を、ペロはあっさりと言い当てる。


『戦いたくないのですか?』

『……』

『これまでも殺しはしてきたではないですか。何を躊躇うことがあるのです』

『……違うだろ。今までと、あいつじゃ』


 ロアは短くを内心を吐露した。

 オルディンたちとの戦いにおいて、彼らは自分を罠に嵌めて積極的に殺しにきた。遺跡で襲ってきた探索者にしてもそうだ。彼らは自身の欲望を満たすため、積極的に、悪意と害意を持って殺しにきた。

 だがルーマスは違う。殺意ではなく、対話を以って対立に移行した。自分を一人の人間として見据え、提示された選択を拒否した段階で、殺し合いへと発展した。これまで殺しにきた者たちとは明らかに違う。

 それに、彼の主張は理解できないが、彼が見せた善意は自分にとって本物だった。それは明確に貸しとも言うべき恩だ。逃げれば終わる問題に、どうして戦って解決する必要があるのか。殺すだけの理由を見出せずにいた。


『彼を逃せば、あなたの存在が他の仲間に露見します。自分自身の身を守るためにも、必要な戦いだと思いますが』

『……殺すべきだから殺せって、そう言うのか?』


 提示された選択に対し、ロアは身の内から絞り出すように言葉を吐き出した。

 ペロの懸念は理解している。地上で探索者を皆殺しにした者たち。襲撃者はルーマスと先ほどの男で全てな筈はない。一層より下で狩りを行っているだろうことは容易に想像がつく。そして下にいるだろう者たちは、ほぼ間違いなくルーマスたちよりも強い。もしここで相手を見逃せば、その者たちへ連絡を取られ、後々狙われることになるかもしれない。生じるリスクを考えれば、殺すのが最も安全な選択だ。

 だが、そうならない可能性もある。こちらが向こうを見逃せば、向こうもこちらを見逃すかもしれない。必ずしも殺し合いが確定するわけではない。

 それが都合のいい楽観であることは分かっている。武器を向けてくる相手に期待するなど馬鹿げたことだ。そんなことはこれまでに散々学んだ。

 しかし、それでもロアは、直接的な危機ではなく、被り得る不利益を排除するための殺しに、踏ん切りがつかなかった。力を手に入れ強くなったのに、それを殺す方面にしか振るえない。そんな現実に葛藤を抱いた。

 苦渋の色を浮かべるロアに、諭すような口ぶりでペロは告げる。


『誤解させたくないのですが、私はあなたの行動を強制も誘導もしません。あなたのすることは、全てあなた自身で決めるべきだと考えています。ですから最終的に、それが絶対に譲れないと思うのならば、破滅にも自殺にだって付き合います』

『……』

『ただ、正確に言語化できない動機を行動原理にして動くことは否定します。明確化して、決定してください。末期の後悔ほど最悪な現実はありません。私はあなたに、不本意な生き方も死に方もして欲しくはありません。そうさせないためにも、私はいるのです』


 自分を気遣ってくれる相棒の声。それが何故だか不思議なほど、身の内に染み渡った。

 同時に思い出す。自分はどうしてにいるのかを。

 ロアは一度大きく息を吐いて、目を閉じた。そして黙考し、考えをまとめる。

 再び目を開けたロアは、決断した。


『殺そう。理由がなんであれ、敵なら殺すしかない』


 恩はある。義理もある。必ずしも殺し合いを行う必要はない。

 それでもロアは殺すことを決意した。相手の主義も主張も、理由も動機も関係ない。相手の為した行動、それが全てだ。内心なんて図りようがないし、察するほど洞察力に優れてもいない。自分ができるのは精々、取られた行動に対し、ありのままに返すことだけだ。

 相手は選択した。ならば自分も決めるだけだ。他でもない自分自身のために。


 ロアはもう一度大きく息を吸い、吐き出すと、これから殺す相手へ向け、決意を乗せて叫んだ。


「ルーマス! 俺はお前を殺すぞ!」


 通路の陰から相手の姿は見えない。それでも死角からは、すぐに覚えのある声が返ってきた。


「ハッ……! やれるもんならやってみな!」


 紛れもなく自分の知る男の声。それを耳にして、完全に意識を切り替えた。

 殺意と意志が交錯する。

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