第20話 旅立ちの準備

「あれ? なんか文字変わってる?」


 オルディンとの対談から二日後。買取所で昨日分の成果の売却を済ませたロアは、その際に一緒に提出していた登録証の文字が、今までと違うものになっていることに気づいた。


「これまでの買取の内容から、一定以上の実績と実力があると判断されたためランクアップしました。あなたは今日からEランク探索者です」


 そう受付から告げられたが、「詳細はご自身でお調べください」と説明の丸投げを行われたので、ロアは仕方なく買取所を後にした。


『Eランクか。これって凄いのかな。よく分からん』

『字面だけだと、完全に雑魚探索者Aって感じですね。兄貴分はきっとDランクでしょう』


 ペロに雑魚探索者と言われても気にせずに、取り敢えず知り合いに自慢しようと、ロアはガルディの店を目指すことにした。




「おいロア。お前、近いうちにここを出て行け」

「はあ……? 何言ってんだよ爺さん。俺はここに住んでなんかないぞ。ついにボケたか? 」


 ガルディの雑貨屋まで足を運び、相変わらず見窄らしい店だなと上から目線で批評して、ロアは先程手に入れたばかりの登録証をそこの店主へと見せつけた。ロアがそこに書かれている文字を見せて自慢すると、ガルディからは、いきなりそんな意味のわからないことを言われた。


「ボケてなんかねえよ、アホンダラ。ここってのは俺の店じゃなくて、ネイガルシティって意味だ」

「それはそれで意味わからんが。爺さんこの都市の所有者じゃないだろ?」

「だからそういう意味じゃねえよバカロアが。拠点を変えて別の都市に移住しろって言ってんだよ」


 ようやく言いたい事を理解したロアは、それはそれでその発言に対して大きく困惑する。


「いや、なんでだよ。俺この都市に住んでるけど、悪いことなんかしてないぞ。たぶん。どうしてそんなこと言うんだよ」

「そんなもん、お前が短期間に強くなりすぎたからだろうが。阿呆め」


 ガルディは呆れと若干の怒りを込めた視線をロアへと向ける。告げられた内容に当惑するロアへ、ガルディは自身の見解を述べる。


「ずっとGランクの見習いだったお前が、短期間でそれだけの強さを身に付ける。間違いなく相当強力な遺物を手に入れた筈だ。それも魔力が無い最低ランクの雑魚を、それなりの探索者に押し上げるような代物だ。そんな性能のもんは限られてる。少なくとも、この都市近辺じゃもう手に入らないような高価な遺物に違いねえ」

「……」


 それを聞いてロアは口を閉ざした。自覚はあったが、そこまで的確に指摘されるとは思っていなかった。

 黙りこくったロアへ言い聞かせるように、ガルディは続きを述べる。


「以前のお前を僅かでも知る奴らなら、お前の急速な成長に違和感を持って、俺と同じ考えにたどり着くなんざ時間の問題だろうよ。もう既に現れてるかもな。探索者も含めて壁外の人間なんてのはな、都市や協会に目ぇ付けられたくねえから大人しくしてるだけで、内側に隠した本性なんざモンスターなんかと大差ねえ。ガキが高価な遺物を持ってるなんてバレたら奪いに来るに決まってる。碌な後ろ盾のねえ個人なんか尚更だ。だからお前はさっさとこの都市を出て行って、次の場所に行け。新天地なら、ここで燻ってる連中よりも強いのなんてゴロゴロいる。お前の強さなんざ大して目立たねえ筈だ」


 ガルディからの忠告を聞き、ロアは二日前に会ったオルディンのことを思い出していた。指摘通り、実際にそういった人物はもう現れている。そして一人が気付けば、二人目以降はすぐに現れるに違いない。

 全員が良識ある人間ならいい。保護者のいない子供がお宝を持っていても、盗みは悪い事だからと、見過ごしてくれるなら最高だろう。だがそうはならない。どこにでも欲深く、性根の腐った人間は存在する。そしてそういった者たちは例外なく、相手の事情など一切考慮に入れない。自分にとっての損益がどちらに傾くか、それだけを気にして生きている。そのような者たちが、子供が高価な遺物を持っていると知れば、いや思い込めば、躊躇も遠慮もまるでなく、間違いなくそれを奪いに来る。殺してでもそうするだろう。オルディンだってそうかもしれない。あの場では気のいい人物を装っていたが、それ以外の情報から判断すれば、そっち側の人間である可能性は非常に高い。今も、自分から何かを奪う算段を立てているかもしれない。

 これらは全て可能性に過ぎないが、現実的にあり得る部類の話だ。そのことをロアは経験から知っていた。


「……爺さんの心配はわかった。俺は近いうちにここを出てくよ」


 それはもともと選択肢の一つとしてあったものだ。ロアにとって、ネイガルシティは自分が育った地ではあるが、どちらかと言えば良くない思い出の方が多い場所でもあった。愛着がないではなかったが、居続けたいとは思えなかった。だからここを出て別の都市に行くのも、可能性としては充分に考慮していた。


「そうか。出て行くなら早いうちにしとけよ。いつまでもいると、決心が鈍って機を逃すからな」

「分かった。準備が整って、やることやったらすぐに出てくよ」


 ここで話すことはもうないと、ロアは入り口へと向かった。


「後一回くらいはここに来るけど、それで爺さんとは最後だな」

「お前の顔もあと何回かしか見れないってなると、惜しく感じるもんだな。不思議なもんだぜ」

「お互い様だな」


 そう苦笑して、ロアはガルディの元を後にした。




 ガルディの雑貨屋を後にしたロアは、その足で探索者向けの情報端末を売っている専門店へやって来た。本来の予定では、この後もまた遺跡へ行こうと考えていたが、都市を出ると決めた時点で、早いうちに一通り必要な物は揃えておこうと思った。情報端末はその筆頭候補だった。

 どこで買おうか迷っていたロアへ、ペロは以前探索者協会の受付に聞いた店の中に、情報端末の専門店があると教えた。ロアはそこで買うことを決めて、ペロの案内に従ってその店まで向かった。


『うわー……なんだこりゃ。なんかいっぱいあるぞ。これ全部情報端末なのか』


 店に入った途端、視界に広がる情報端末が並べられた光景に、ロアは圧倒された。既に何度もこの手の店に通って慣れているつもりであったが、ここはまた違って見えた。ロアにとって情報端末は高価な品という認識がある。だからこそ、これだけ一様に置かれている姿は圧巻だった。防犯目的でケースに入っている物も多いが、だとしても感想は変わらない。まさしく宝の山に見えた。


『どれ買えばいいんだろ。こんだけあると全然分からん』

『迷った時は高い物を買いましょう。高価な物は多機能搭載の高機能品であることが多いですからね』

『あんまり高いのは買えないけどな』


 ロディンたちから受け取った100万ローグがあるので、今の手持ちは地道に遺跡で稼いだお金と合わせて150万ローグ程である。もし彼らからの報酬が無ければ、ロアは情報端末を買おうとは思わなかった。人助けはしてみるものだなと、色々な巡り合わせに感謝しながら店内を物色した。

 そして店員に捕まった。


「情報端末を求めるのは初めてですか? いえいえ全く問題ありません」

「当店のオススメはコレですね。こちらの機種はダイナラス社の新モデルdinosaur6です。モンスターの攻撃を受けても耐えられる高い耐衝撃性能がありまして、お値段も新人探索者の懐に優しい──」

「これはサイバーカスケードの新機種でして口コミでの人気の広がりが──」

「でしたらこちらはどうでしょう? 直接体内に埋め込む簡易インプラント型の──」

「これがあれば不測のバッテリー切れはもう──」

「境域のどこでも立体映像配信が見放題──」

「探索者向けの割引プランも──」



『めちゃくちゃ疲れた……』


 無事に情報端末を買うことのできたロアは、店から出るとげんなりといった様子で呟いた。


『いやー、大したセールストークでしたね。まさに怒涛の攻勢です。強敵でした』

『敵じゃないだろ……いや、懐の敵か……』


 腰元に固定装着された情報端末を見て、ロアは軽く溜息を吐いた。

 結局ロアが買わされることになった端末は、120万ローグもする探索者用の情報端末だった。一般向けに売られているそれよりも、探索者向けの情報端末というのはずっと高い。理由はいくつかある。

 探索者にとって情報端末とは最後の生命線だ。不足の事態や予期しない敵の襲撃に際し、他の探索者や協会などに救援要請を行う為に必要とされるからだ。そのため内部には遺跡内のような不感地帯でも、他地域への情報送信を可能とする増幅器が備えられている。また過酷な環境や戦闘での端末損壊を回避するために、材質にも非常に優れている。他にも思考操作を受け付ける網膜投影型や、人体埋め込み型などの特殊な機能を持つ物も多く存在する。探索者用情報端末には、探索者としての活動を効率的に、快適にするための機能が詰め込まれている。

 しかしそれを買わされたロアとしては、それだけの理由があるとしても、文句の一つくらいは言いたかった。


『確かに高い物は良いものだって言われたけどさ。これはいくらなんでも高すぎだろ。何だよこれ。俺の装備よりずっと高いじゃん。魔力砲は除くけど』

『まあ良いではないですか。きっとその分ロアの役に立ってくれます。期待しましょう』


 ロアが買った端末には、小型の吸畜器と電力への変換術式が組み込まれている。この二つがロアの買った端末を更に高くしていた要因だった。

 吸畜器は魔力を吸収して内部に留め、使用に応じて放出する機能がまとめて備わっている。そのため容量が小さいものでも非常に高い。小型のものだとさらに価値は上がる。変換術式は魔力を電気エネルギーに変換させる役割がある。変換された電力を、情報端末を動かすエネルギーにしている。

 魔力発電や太陽光発電などの携帯充電器が別に付いてくる機種もあったが、色々買っても管理が面倒である上に、戦闘で破壊されるリスクも一緒に付いてくるだけなので、それらの機能が一括搭載された機種を購入した。だから端末としての性能は普通に低かった。


『どうせならハイエンドモデルが欲しかったですけどね。残念です』

『あれめっちゃ高いよな……1000万とか馬鹿だと思った……』


 ロアが買ったものと同モデルで一番高価だった端末は、購入価格が1000万ローグを越えていた。周辺機器も一緒についてるとはいえ、誰がこんなの買うのかと素直に思った。


『どうせなら、新しくて良いブレードに買い換えようと思ってたのに……これじゃあ無理じゃん』


 10万ローグで買ったロアのブレードであるが、度重なる魔力強化やモンスターとの戦いで相当負担が溜まっていた。もういつ壊れてもおかしくはない状態にあった。だからブレードの買い替えも検討していたが、情報端末の購入でほとんどの手持ちを失ってしまった。同じ型のブレードなら問題ないが、それ以上の性能を求めるなら心許ない額になってしまった。


『……仕方ないけど、そうするしかないか』


 今のブレードの性能に不満があるわけではないので、同じ物を買うことにした。


『折角なので二本差しにして、二刀流とかやりましょう』


 ペロが冗談で言った提案に、素直に強そうだなと思うロアだった。




 結局同型のブレードを新しく一本だけ買って、ロアは宿へと帰ってきた。予備があるのも悪くはないと思ったが、それは古い方が壊れてからでもいいかと考えた。

 風呂に入って体を身綺麗にしたロアは、部屋のベッドの上で横になって、この都市で残りのするべきことについて考えていた。


『これでやることは後一つか、二つかな? 一つ目は、できれば最後に遺跡に挑戦したい。俺がどれくらい強くなったのか、それを知りたい。だから自分の実力を確認する意味でも、なるべく奥を目指してみようと思う』

『いいのではないですか。見納め遺跡チャレンジです。それでもう一つはなんですか?』

『……レイアの奴と、最後にちゃんと話そうと思う』


 ペロからの疑問に、少し溜めてロアは答える。


『話してどうするんです?』

『あいつが、そのままでいいって言うなら、別れを言って終わりだ。でも……嫌だって言ったら、あいつも一緒に連れて行く。別の都市なら、違う生き方も見つかるかもしれないから。あ、ついでにカラナにも同じこと聞く』


 自分と彼女たちの道が分かたれた時から、ロアはそれぞれ別の道を行くことを決めていた。もうその道が交わらなくても構わないとすら思っていた。しかしロアは、その友情を、絆を、決して忘れたわけではなかった。彼女たちのために、自分ができる範囲でのことをする。その意思は充分にあった。だから彼女たちが再び自分の道との合流を選択するなら、それを支えるだけの思いはあった。一緒に歩いて行く、その覚悟はあった。そういう心づもりだった。


『そうしたいならすればいいですけど、そうはならないと思いますけどね』

『それならそれで良いさ。例えどっちでも、それはあいつの選択だから』


 ただしそれは、相手に選択を強いるものではない。あくまでも相手に選択を委ねて決断させる。それから自分がどうするか。そういう話である。だからロアとしては、一緒に行くことになっても、ならなくても、相手が自分の意思で決めたなら、どちらでも構わなかった。

 そうこう話しているうちに、ロアはだんだんと眠気を感じて、自分の瞼をゆっくりと落とすのだった。




 グループの拠点内にある一室。その自室とも言うべき部屋の中で、オルディンは己の情報端末を弄っていた。その最中、彼の耳に部屋の扉がノックされる音が届いた。オルディンは端末を弄る手を止め、それを目の前の机上に置くと、「入れ」と入室の許可を出した。

 部屋に入った人物は、開口一番にあることを告げた。


「拡錬石による強化の結果が出た。内容は完全な失敗。100万分の拡錬石をつぎ込んでも、元の性能の1.7倍程度にしかならなかった。予想値にはまるで足りない結果だ」

「……そうか」


 その報告を耳に入れ、オルディンは思案のために瞑目する。


(やはりそうだったか。これで確定した。奴の強さの秘密は装備にはない。考えられるのは……魔力、ということか)


 オルディンは知っていた。中級以上の探索者の中には、自身の魔力を使い、己の肉体や装備を一時的に強化できる者たちがいると。その力こそが彼らを、一流と呼べるだけの実力者たらしめているのだと。

 ロアの力が装備にはないと思われたときから、彼はロアの強さの秘密がそこにあるのだと疑っていた。しかし、それには全く確信が持てないでいた。なぜならロアは魔力無しの人間であり、実力はもともと最底辺に位置していた。そんなロアが魔力を得たして、一流の実力者のみが可能とする力まで獲得しているとは、とても信じられなかった。

 だからオルディンは決断した。考えられる可能性から消していくと。消去法的に選択を潰して、自身のあり得ない筈の予想を確定させようとした。


(魔力を持たないあいつが魔力を持ち、一流のみが使えるという力を振るう。そういうことなんだろな……)


 そしてその結果は出た。出てしまった。


 オルディンのグループは確かに急速に成長していた。このままのペースで拡大すれば、数年以内にネイガルシティ有数の大勢力になる。ロアに語った通り、客観的に見てもその可能性は高いと思われた。しかし彼自身は、おそらくそれは無理であろうと考えていた。彼は自分のグループに行き詰まりを感じていた。

 その最たる理由は、実力者の不在である。オルディンのグループには、いわゆる中級探索者と呼ばれる、DDランク以上の探索者は所属していない。いるのはDランクまでの下級探索者だ。ネイガルシティで活動するならそれでも十分な実力であるが、現在ネイガルシティにある大規模グループは、どこもその中級探索者を複数保有している。だからDランク程度の実力者しか持たない自分のグループでは、今のままではここが限界であると考えていた。

 そんなときに現れたのがロアである。どこにでもいるただの子供。魔力がなく、ずっと最低ランクの見習いだった欠落者。たまに一部のメンバーから上がるその名前を、オルディンは聞く度に頭の中から消していた。そんな無能者がいつのまにか、彼を知らないメンバーまでもが驚愕するほどの実力を身に付けていた。高い身体能力を有し、遺物である魔導装備を手に入れ、高価な治療薬まで持っている。その話を聞き、ロアがまだどこの組織にも属していないと知ったオルディンは、ある事を考えついた。

 オルディンがロアをグループへ誘う言葉に偽りはなかった。ロアの性格がどうであろうと、力の秘密が何にあろうと、まずはこちらに引き込んでから。そう考えていた。部屋の外での対応次第では半ば強引に目的を果たそうともしたが、それが失敗に終わると即座に懐柔策へと切り替えた。レイアやカラナとの関係を事前に調べていた彼は、その餌をロアの前にぶら下げた。相手の本音がどこにあろうと、これで釣れると思っていた。

 オルディンは必ずしもロアの力を奪おうとは考えていなかった。ロアが自分のグループでその力を振るってくれるなら、それが一番収まりが良いとすら思っていた。相手が自分に従わず、扱いが難しいとされたとき、そのとき初めて暴いた力を奪えばいい。そう考えていた。

 だが、相手はこの選択を蹴った。用意された餌に食いつくことはしなかった。この時点で、オルディンの取るべき行動は一つに定まった。


 ゆっくりと瞼を開いたオルディンは、目の前の仲間に向け、躊躇うことなくその決断を告げた。


「──抗争の準備を進めろ。それが整い次第、ロアの奴を襲撃する。奴の強さの秘密を暴いて、装備とともに全てを奪うぞ」

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