第11話 遺跡突入

 探索者協会を出たロアは、早速その足でネイガルシティ近辺に存在する遺跡へと向かった。協会の受付嬢から、都市と遺跡を行き来し探索者を輸送するサービスもあると聞いていたが、これの利用にはお金を必要としたので渋々断念することになった。手持ちが足りないということはなかったが、それでもギリギリだったために、遺跡での成果が全くのゼロだった場合、食べる物に困るかもしれないと憂慮したのが理由である。そんなロアに、ペロは『心配も過ぎれば馬鹿を見ますよ』と苦言を呈したが、『取らない成果で腹を空かせるよりかはよっぽどマシだ』と言い返し、気にすることなく徒歩で遺跡に向かった。


 時間がかかるからと小走りで遺跡への道を向かうロアの近くを、時々車輪の付いた大きな乗り物が悠々と追い越していく。幾度目かのそれが過ぎ去るのを見送った結果、ロアは今になって自分の選択を後悔していた。


『……やっぱ俺も、金払って車に乗った方が良かったかな』

『だから言ったんですよ。金なんて後から幾らでも稼げばいいじゃないですかって。なのにロアは手持ちの小銭を惜しんで、そのせいで無意味な苦労を負うことになったんです。自業自得です』

『……』


 ペロの言い分に、感情は別としても内心同感の気持ちでいたロアは、全く言い返せないでいた。

 ロアが苦い顔で黙っていると、相棒からの愚痴は更に続いた。


『どうしてこれから危険蔓延る遺跡に挑むというのに、無駄な体力を消費するような行動を取るんですかあなたは。単純な時間と体力、それと体と精神を休めて集中する時間を買うと思えば、充分に安い買い物と言えたでしょうに。お金がなくなったならまたその辺のモンスターを倒して売ればいいでしょう。そもそもロアが訓練中に倒したモンスターを面倒臭がって──』

『わかった! 俺が悪かったから! もう勘弁してくれ!』


 ぐちぐちと辛辣で容赦のない文句を言い続ける相棒に、ロアはこの後ひたすら謝り続けたが、ペロの浴びせかけるような小言は、遺跡に到着するまでの間止むことはないのだった。




 なんやかんやあって、ロアは遺跡を攻略するための前線基地に辿り着いた。


『なんかここに来るまでで大分疲れた気がする。……誰かさんのせいで』

『走れば疲れるに決まってるでしょう。馬鹿ですか』


 ロアなりに皮肉を込めて文句を言ったつもりだったが、ペロには正論直球で言い返されてしまう。どのみちこの相棒に口で勝てるわけないかと、諦めた気持ちで溜め息を吐いた。


 気を取り直して、改めて周囲に視線を巡らす。前線基地であるこの場には、多くの車両が立ち並んでいる。大きさは数人乗りの比較的小さめのサイズから、全長で十メートルを超えるような巨大なものまで存在している。それらを興味深げに見渡して、ロアは更に奥へと進んで行く。

 途中何人もの探索者たちとすれ違いながら、彼らが出入りしている大きな建物が目に入った。そこには大量の荷物を背負った者や、持ちきれないものを自走式の運搬車に乗せて運ぶ者たちの姿が多くあった。


『うわぁ……やっぱ大物だと丸ごと持ち帰るもんなんだな」


 ロアの視線の先では、体から武器を生やした獣型のモンスターや、明らかに生き物とは違う機械類のモンスターが解体もされずに運ばれていた。どれもロアの知識にはないモンスターばかりだった。


『俺一人じゃあんなに持てないよなぁ……。というか、機械のモンスターってどうやって解体するんだ?』

『専門の技師や機械屋がやるんじゃないですか。ロアの場合は私が小型で価値ありそうな部分を見繕うので、嵩張らない範囲で持ち帰りましょう』

『……今更だけど、ペロって本当に頼りになるよな』

『当然です。最新鋭の技術たっぷりな特別仕様版ですから。過ぎた昔のカッティングエッジです。時代の錆付きは今の所見られませんね』


 緊張感のない様子で会話する二人。探索者が出入りしている建物は素通りして、遺跡へと続く道をしっかりとした足取りで歩いて行った。




 前線基地を抜けたロアは、現在遺跡の姿を前面に置いていた。そこから見える光景を目にして、ロアは感慨深そうに目を細めて、抱いた感想を言葉にした。

 

「戻ってきたんだな……ここに」

『意味深な発言ですが、どういう意味か聞いてもいいですか?』


 ロアが漏らした言葉に、即座にペロから疑問の言葉が飛ぶ。それに少し気まずそうな顔をしてロアは答えた。


『あー……実は俺、ここに来るの初めてじゃないんだ。ああ、もちろん一人前の探索者としては初めてだけど』

『なんとなくそう思いましたが、やはりそうでしたか』


 予期しないペロの反応に、ロアは意外といった様子で驚いた表情を作った。


『気づいてたのか?』

『確信があったわけではありません。ただここに来るまでと違い、来てからのあなたは妙に落ち着いていました。吹っ切れただけの可能性も高かったですが、あなたの性格を考慮するとあまりに不自然でした』

『……そうか』


 鋭い洞察力を見せる相棒に、ロアは少し後ろめたい気分になる。特段隠していたつもりはないが、それでも一言くらい、自分の事情を話すべきだったか考えていた。

 この場でそれを言うか悩むロアに、そんな心情を見透かした上で、ペロは自分の意見を口にした。


『ロアにも悩み事の一つや二つはあるでしょう。話したければ聞きますが、私から無理に聞き出すということはしません。言いたくなったら愚痴る程度に語ってくれれば、それでいいですよ』


 それを聞き、ひとまずこの場で伝えるのは止めるロアは、『またそのうちに話すから』とこの会話を打ち切った。


『それにしても、来たことあるのに無駄な苦労を負ったんですね。本当に馬鹿なんですか?』

『……仕方ないだろ。前来た時はもっと楽だと思ったんだよ。それに俺も少しは成長したわけだし……』


 ペロの貶しに言い訳しつつ、ロアは因縁深き地に再び足を踏み入れた。




『ふむ、構成材質にコンクタルが混ざっています。これは建材に混入することで、建物の耐久性を向上させられる物質です。それと魔力吸収塗装の痕跡もありますね。こちらは存在感知を妨げる効果があります。これらがあるということは、確かにここは私の時代の建造物があった場所と認識してよさそうですね』

『へー、やっぱりというかそうなんだ。ペロが言うと説得力が違うな』


 遺跡へと突入したロアがまず始めにしたのは、ペロに言われて地面に落ちている瓦礫を手に取ってみることだった。ペロはその瓦礫をロアの身体を通して観察すると、先のような結論を導き出した。ペロが結論付けたことにより、ロアもここが先史文明時代の遺跡であると確信した。


『……ん?』


 索敵のため魔力による感知を始めたロアは、早速抱いた違和感に不審を覚えて警戒度を上げた。周囲を観察し、どのような違和感も見落とさないよう、己の感覚を研ぎ澄ました。

 しかし、ロアの感覚や予想とは正反対に、周囲に敵がいる様子は一切ない。それにもかかわらず、今なお続く違和感が消えることはなかった。ロアはそのことに首を傾げた。


『まただ。なあペロ、さっきから何か変な反応がないか? こう一定間隔で一瞬だけ何かが飛んでくるような、そんな感じの。これって敵じゃないのか?』

『敵と言えば敵と言えるかもしれません。違うと言えば違いますね』


 分かりにくく曖昧なペロの物言いに、ロアは半ば焦れて結論を求める。


『それで、結局どっちなんだ』

『少なくともこれを発してる本人たちには、ロアと敵対しているという自覚はないでしょうね。互いに遭遇すればまた違うかもしれませんが。それはそれとして答えをいうと、あなたが今感じ取っている違和感の正体は、所謂ノイズというものです』

『ノイズ?』


 聞きなれない言葉に、ロアは頭の上に疑問符を浮かべる。


『私たちが魔力の膜を広げて周囲の索敵や感知を行なっているように、おそらく他の探索者も同様の手段を有しているのでしょう。さながら波の如く自分を中心として近辺一帯に反応を飛ばし、帰って来た反応を受け取って情報を収集しているのです。その波がロアの捉えた違和感の正体です』


 地力での存在感知が不可能、若しくは不得意か不十分と考えている探索者たちは、それを補うための外部機器に頼って索敵を行う。探知機には個人の能力を拡張補助するタイプや、完全に機器の性能に依存するタイプが存在する。どちらを選ぶかは使い手次第であるが、どちらであろうと性能に大きな違いはない。

 そこまで聞いたロアは、虚をつかれたように慌てて口を開いた。


『え、それじゃあ俺の場所も他の探索者に見つかってるってことか?』

『いいえ、ロアの存在情報は私の方で欺瞞、隠蔽していますから、おそらく発見されている可能性は限りなく低い筈ですよ』


 それを聞いて安心すると同時に、言い切らないペロに対して不思議に思う。


『なんでおそらくなんだ?』

『私は私の生まれた時代基準でもかなりの高性能であると自負していますが、それでも最高に優れているというわけでもありません。私よりも高機能高性能な情報能力を持つ個体には、私が多少抵抗したところで無意味なのです。だから相手次第ではこちらの情報は筒抜けになります。まあ、そんな超一級品は私の知る限りでも極僅かですから、その心配をする必要はほとんどありませんけどね』

『ふーん……なら俺のことは見つかってないのか』


 それなら何も問題はないかと、ロアはこの話題を打ち切ろうとしたが、ペロから聞き逃せない内容を聞かせられる。


『ただこの場合ですと、ロアの姿を目視で発見されたら、探知機の情報を誤魔化す敵性存在として排除される可能性もあります。だから推定敵というわけです』

『えっ? 見つかったら攻撃されんの? いやいや、それはマズイだろ』


 捨て置かれるならともかく、流石に攻撃されるとなればロアも黙ってはいられない。自分にとっての死活問題として、どうにかいい解決策がないかペロに聞き合わせた。


『うーん……そう言われましても、相手の性質にもよりますからね。私たちは互いに商売敵と言えます。同じ遺跡に挑み遺物を狙うライバルとして、向こうから積極的に襲って来る可能性も否定できません。こちらの位置を知らしめても、それが余計な厄介事を呼び寄せるきっかけを作るかもしれません。そうなれば求める結果があべこべになってしまいます』

『マジか……どうしたらいいんだ……』

 

 位置を知らせればよからぬ輩を引き寄せて、知らせなければそれ以外から攻撃される。どちらにしろ他の探索者と戦闘行為になると聞いて、ロアは絶望的な現状に沈んだ気持ちになった。戦うという選択肢は元よりない。探索者として自分の弱さは理解しているつもりだ。勝つ算段のなど立てようがない。

 気落ちするロアに、『深く考えずともいいですよ』と安心させるようにペロは言う。


『この手の探知機は使用者からの距離によって、得られる情報の量や精度も違ってきます。こちらから意図的に位置情報をバラさなければ、近づかない限り捕捉される危険性は低い筈です。他の探索者に遭遇しそうになったら、すぐにその場を離れればいいでしょう。情報収集能力ではまず間違いなくこちらの方が上です。心配ありません』

『……それならまあいいか』


 二人は知らないが、遺跡においてもそれ以外においても、探索者は基本的に自らの位置を教えるようなことはしない。それが必要となる場合は大抵が救援目的のものとなる。ペロが口にした通り、探索者は互いに競争相手である。存在する貴重な遺物は限られている。それを奪い合う間柄として、直接的な害心はなくても打算的な敵愾心は存在する。探索者にとって同業者とは、都市の外ではモンスターとさして違いはない。

 とはいえ、探索者が探索者を襲う事態はそれほど多くない。返り討ちにあう、あるいは一人でも逃した場合に、その情報を持ち帰られ他の探索者と共有されるリスクが出てくるためだ。明確な証拠があれば協会に訴え出ることも可能である。そうなれば襲った側は犯罪者となり、探索者協会がある全ての都市に賞金首として手配されることになる。これは探索者だけでなく、境域に住む一個人としてもほとんど終わりを迎えることを意味する。そのため襲う側は標的の殲滅が確実でない限りその行為を躊躇する。それ以外の探索者は他の探索者には不用意に近づかず、接触しても決して隙を見せないよう注意を払う。そんな了解が暗黙のうちに為されている。



 周囲に索敵のための魔力膜を広げ、同時に五感での警戒も欠かさずにロアは遺跡の中を進む。若干鬱陶しく感じていたノイズは、知覚情報に制限を課すことで気にならなくなった。

 大昔の遺跡といっても、高い技術力で作られた建物は未だにそう見えるだけの形を残している。老朽化や戦闘で崩れている部分や倒壊しているものも多いが、頑健な枠組みや造りは健在であった。

 遺跡の中を行く途中、そんな先史時代の建物の姿や、その中を調べたりそこらの瓦礫を掘り起こしたりしている者たちの姿が、警戒するロアの視界にはチラホラと映った。


『警戒してたけど……案外そうでもなかったのかな』

『私も意外でした。探索者というのは、武器を担いでモンスター退治や遺跡盗掘に精を出す人種だと思っていましたのに。あれではまるで救助や復興のボランティア活動にしか見えません』


 微妙にロアの理解しにくい表現でペロが感想を漏らす。前半に関しては自分を含めて貶すような言い回しをしたのを聞き取ったロアであるが、それに関しては聞き流した。

 ロアは以前に遺跡へ来た時のことを思い出していた。


『……思えば前とは全然違うな。前はもっとこう、遺跡って恐ろしい場所に見えたのに、今は全然そんな風に感じない。何が違うんだろ』

『以前のロアと今のロア。違うとすればまさしく私の存在一択ですね。私がロアの恐怖心を軽減させているのです。私がいればもう何に恐怖する必要もありません』

『そうなのか?』

『いえ、嘘です』


 あっさりと虚言を吐く相棒にロアは思わず吹き出した。口元を拭ったロアは、どうしてそんな無意味な嘘をつくのかと、非難のこもった思念をペロに向けて飛ばした。それに対して誤解があると言わんばかりに、ペロは弁解する。


『嘘とは言いましたが、部分的にはこれは正しいです。正確には私の存在と身につけた強さがロアを安心させているのでしょう。つまりはそういうことです』

『……なら最初からそう言えばいいだろ?』

『ただの冗談ではないですか。いつからロアはユーモア絶許堅物人間になったのですか。少し肩の力を抜いてほぐしましょう』


 危険地帯と言うべき遺跡にいるというのに、何故か普段よりもお気楽の色が濃いペロ。テンションが上がって自分を揶揄う姿は、どうにもらしくないようにロアには思えた。


『なあ、なんかお前変じゃないか? いつもと違うというか』

『変ですか? どの辺りがでしょう』

『うーん……なんて言うか……こう、浮かれてるっていうのか? いつもよりもテンション高い気がする』

『私がですか』


『うーん?』と人なら首を傾げるように、ペロは悩ましげな雰囲気を醸し出す。それから一定の見解を得られたのか、自分の現在の状態を言葉にし始めた。


『存外私も浮かれているのかもしれませんね。かつての時代の残り香を嗅いだことで。なんだかそんな気がします』

『……ペロでもそうなったりするんだな』


 人間らしい相棒だとはロアも感じていたが、こういう面を見せられると一層その思いが強くなる。遺跡に来て感傷的になるのはお互いに同じだなと、人ならざる相棒に奇妙な共通点を見出していた。

 そしてロアは、ふと思いついたことを問いとして投げかけてみた。


『……戻りたいって、思うのか?』

『それはないですね。未練じみた郷愁は感じますが、今の私にとって何より大事なのはロアですから。あなたを置いてどこへ行くのも御免です。ロアが行きたいなら別ですけど』


 その答えを聞いて、ロアは安堵するように息を吐き、一言『そうか』とだけ応じた。

 ペロがそうしたいなら止める気も資格も自分にはないが、こうしてハッキリと否定してくれるのは素直に有難いことだった。ペロがいなくなっても探索者を辞めるつもりは毛頭ない。それでもいるといないとではまるで異なる。ロアはペロがいなくなることで失われる力が、一緒に自分の存在価値そのものを取り去ってしまう。そうなることが恐ろしかった。だから少なくともペロの方から離れる気はないと、その言葉を本人の口から聞けたことがなにより大きかった。


『敵性反応発見しました』

『いきなりだな!』


 ペロからの報告を受けたロアは、空気の読めない唐突な敵の登場に思わず過剰な反応をしてしまう。すでに遺跡の内部にいるのだからこれは当然の出来事であるのだが、一連の流れでそのことがやや頭から抜け落ちてしまった。

 このままではいけないと、武器を取り出したロアは気を張り直した。


『──よし。切り替えた。これが遺跡のモンスターか。森のとは随分印象が違うな』


 ロアの存在感知の中にあるモンスターの反応は、森で戦ったものとは存在感の質が違って感じられた。生命力を感じる森のモンスターとは異なり、こちらは命を感じさせない無機質な印象を受けた。


『なんか不気味な感じだな。今までのと全然違う』

『それはそうでしょう。今までロアが倒したのは生物です。対してこちらは機械です。違和感を感じるのは当然のことです』


 先史文明の人造兵器は、大別して二種類に分けられる。有機生体型と無機機械型である。生物の細胞を模した人工的な生物である生体兵器の前者と、基本的に無機物であり金属質の体で動作する機械兵器の後者。どちらが厄介か一概には言えないが、警戒するなら後者の方であるとペロは言う。


『機械型は動力部を破壊か切り離すか、処理脳から各部位への伝達能力を喪失させない限り動きます。そのあたりを意識して戦ってください』


 ペロからの助言をありがたいと感じながら、『了解』と短く返答して、ロアは自らの意識を戦闘状態へと移行させる。

 そして、自身の視界に映り込んだ敵の姿を目にしてロアは困惑を抱いた。


『なんだあれ……? あれってモンスターなのか?』


 地面を横滑りする、天辺が半球になった鈍色の円柱。恐ろしい怪物の姿を想像していたロアは、モンスターの予想外の見た目に拍子抜けと言わんばかりに肩から力を抜いた。


『あんなのでも先史文明の危険な兵器なのか……』


 戸惑いから力を抜いたロアとは対照的に、そのモンスターは排除するべき敵の姿を発見すると急速に動きを速めた。速度を上げた敵を目にして、ロアもすぐさま警戒度を上げ直す。モンスターは側面部から腕のようなアームを伸ばして、内部からスライドする形でせり上がってきた棒を取り出してロアに向かって殴りかかった。

 その攻撃に対して、ロアは後ろに下がるのは悪手と考え前へ出る。同時に右手に握ったナイフに魔力を通すと、すれ違い様に空いた胴体へ斬撃を加えた。

 金属と金属がかち合う音が鈍く響き渡る。ロアは斬れた手応えとともに、想像以上の硬さを感じた。ナイフを握る手に若干の痺れが生じた。だがそれをすぐさま頭から追い出して背後に移った敵へと向き直った。再び敵を正面に置いて、相手の状態をつぶさに観察した。

 斬撃を受けたモンスターは、転身するとまた単純な動作で襲いかかってくる。しかしその動きは一度目に比べて、力強さや迫力が随分と失われていた。斬撃が走った箇所は、抉れるようにボディが損壊していた。

 ロアは相手の動作をよく見切ってもう一度攻撃を躱すと、トドメとばかりに一度目に切りつけた部分に再度刃を通した。その攻撃でモンスターは上下に分かたれ、程なくして動きを完全に停止させた。

 それを周囲に警戒を向けながら見届けたロアは、遺跡での初戦闘を無事勝利で終えれたことで安堵の息を吐いた。


『……俺の力は、ここでもちゃんと通じるんだな』

『そこは俺とペロの力ですね。ナチュラルに省かないでください』


 ペロからのツッコミに適当に謝罪を言って、ロアは今の戦いを振り返った。


『それにしても硬かったな。手応えがフォレストベアよりずっと上だった。機械型ってこんなに硬いもんなんだな』

『それは当然ですよ。対斬撃に優れた合金製なのですから。それでもこれはまだまだ柔らかい部類ですよ。中には魔力強化した攻撃にも当たり前に耐えるモノも存在します。こんなのは雑魚中の雑魚です』


 その情報に『うへぇー……』と顔を顰めるロア。今の自分の攻撃手段が全く通用しない敵の存在など、会うのはもちろん想像もしたくなかった。そんな奴に会ったらすぐに逃げようと決めて、気持ちを切り替えモンスターの解体を行おうとする。


『……と言っても、これはどうしたらいいんだ』


 ロアは切断された部分を指でなぞったり、ボディの表面を軽く叩いたりしてみるが、返ってくる手応えは金属のそれだ。解体のイメージが湧かないモンスターの残骸に頭を悩ませた。


『普通に解体するのは硬くて無理だよな。かといって丸ごと持ち帰るのは大変だし』


 持ち上げることもしてみたが、予想以上の重さに持ち帰るのは断念された。

 悩んだ結果、最終的にロアが出した結論は、いつもの如くペロに頼るというものだった。


『これバラすの大変そうだからさ、ペロの力で魔力に変換してくれないか?』


 お金は手に入らないが、手間や面倒を省ける選択を選ぶことにした。しかしロアの思いとは裏腹に、ペロからは予想外の答えが返ってきた。


『無機機械型の自律兵器はアルマーナが宿りませんので、私の力で変換しても収支はマイナスにしかなりませんよ。だからお金になりそうな部分だけを持ち帰りましょう』


 前半の内容は初耳だったが、無理なら仕方ないかと魔力変換は諦めた。ただ後半に関しては、ロアの中で既に無理であると結論が出ていたので、反論の意を示した。


『いや、これ硬すぎて解体とか無理だろ。ナイフとか絶対通らないぞ』

『何を言ってるんですか。そのナイフに魔力を通せばいいでしょう』


 その言い分に言い返そうとして、ロアは何も言えず閉口した。確かにそれはそうだと思った。

 ただその意見を採用するとして、問題がないではなかった。


『前に楽だからって理由で魔力強化して解体したとき、加減誤って獲物を真っ二つにしたことあったろ。今回もそうなる可能性高くないか?』

『私が手伝うのでそこは心配しなくていいでしょう。魔力を調整すれば無用に傷つけることはありません』

『……ならいいか』


 他に案もない上にペロの言うことだからと、ロアは出された提案を少し悩んで受け入れた。仮に金になる部分を傷つけた場合、戦闘と解体で魔力だけを浪費する結果に終わることになるが、それは気にしても仕方がないことだ。この先倒した全ての機械型モンスターを放置するわけにはいかない。

 ペロに指示されて、大雑把にテキパキと分解を進めていく。


『おっ、拡錬石発見……? いや、違うかのか?』

『それは拡錬石ではなく中枢装置です。拡錬石とは別物ですよ』

『へー、やっぱ違うのか。それにしても似てるな。あっ、もう一つなんか発見』

『そっちは動力球です。それがこの機械を動かすエネルギーを生み出していたのです。それもお金になると思うので持ち帰るとしましょう』


 中枢装置と動力球の二つを取り出したロアは、他に金目の物はないと知ると、立ち上がってリュックにしまった。


『じゃあそろそろ行くか。ここにもそこそこ長い時間居座ってたし、時間なくなりそうだ。流石に日が沈むまでには向こうに帰りたいからな』

『そうですね。それなら都市へ走って帰る時間も忘れないでくださいね』

『……帰りは乗って帰るよ』


 その後ロアは、数度戦闘を行ってからネイガルシティへと帰還した。ちなみにロアが戻る頃には、遺跡と都市の定期便は終了していた。ロアはペロの暗視サポートを受けながら、疲れた体で都市まで戻ることになった。

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