第11話 野良犬の馬車

「車で来てるはずだ。あいさつ代わりにタイヤに釘でも刺しておいてくれ!歓迎されていないことを知らせておかないとな。上手いこと二〇四号室へ閉じ込めたら、あとはこっちでやるから何もしなくていい」


 四倉は、誰でもできそうな仕事の話を持ちかけては、咽喉から手の出るほど金を欲しがる者たちを、従順な手下として煙町にたくさん作っていたが、一照もその一人だった。


 二〇四号室に取り付けられていた、紫蘭と遠山を襲った入り口のガス発生の装置は、事件直後に何者かによって取り外され、持ち去られていたが、もちろん、一照の仕業だったのだ。


 寺場と遠山は、二〇四号室に入ると、犯人につながる証拠はないものかと、くまなく、隅々まで調べたが、特筆すべきものは出てこない。


「この部屋はまさしく隠れみのだったんだな。こうして捜して見ても何も出て来やしない。鑑識の話でも、まるで手袋でもしていたように、ろくすっぽ犯人の指紋一つ出なかったということだ。こりゃ、ぼやぼやしてる暇はない。とことんまで住人を回って情報集めだな」


「あれっ!ドアが……ドアが開きませんよ!何でなんだ?」


「何だと!俺にやらせろ!」


 寺場は、内側からの施錠を解放してあるのに、くり返し、力まかせにドアノブを回しても、ドアはびくともしないことに青くなった。


「しまった!違う鍵をかけられたぞ!閉じ込められたってことか!なんだか嫌な予感がするな!文字どおり、俺たちが入ると予測したのか……まてよ!俺たちの動きを見張ってやがって、小細工をしやがったんだ!」


 ちょうどふいに、遠山のスマホが一種の響きを帯びて鳴った。


「どうやって俺の顔がわかったのだ?答えろ!」


 遠山が、スマホに出たとたんに、男の低い声で、肝心なことだけを探るようなそぶりで、やにわに質問を投げかけてきた。


「スマホを貸せ!俺は横州署の寺場だ!誰だ!お前は!」


「もう一度、聞く!どうやって俺の顔がわかったんだ?」


「そんなことを気にしてるのか?まさしくドライブレコーダーからだ!油断したな、お前!」


「ドラレコ?見えすいた嘘をつくな!あの時、停まっていた車などなかったぞ!」


「本当だ!ウソじゃないぞ!何なら、隠れてばかりいないで面と向かって出て来い!そうしたらもっと詳しく教えてやる!」


「そうか、お前が見つけたんじゃないんだな……そうなるとあとの刑事か……わかった。聞きたかったのはそれだけだ。じゃあな……」


「おい!待て!お前!もしかしたら仕舞か?」


 電話の向こうは鳴りをひそめ、ぷっつり切れてしまった。


「ちくしょう!切られた!おいっ!何か、変だな……フルーツのような臭いがしないか?」


 寺場の心を、きわめて、抜き差しならない不安が襲った。


「ええと、イチゴのような臭いですか……そういえば、あの時はメロンのような……」


 遠山は、そう言うやいなや、ばったり倒れ、たて続けに、寺場もすっかり意識をかき消された。


「そろそろ、麻酔ガスが効いているはずだ。くれぐれも、ガスマスクをしっかりつけて入るんだぞ。もうじき、特注の乗り物が駐車場に届くから、メモに書いた通りのやり方で、そいつらを乗せれば、それで仕事は終わりだ」


 一照は、ガスマスクを装着して部屋を換気のために開け放ってから、二人を駐車場に運び降ろすと、奇妙にも、首にロープをくくりつけられた野良犬が何匹もたむろっているのが目に入った。


「煙町でよく見かける野良犬じゃねえか、よくかき集めたもんだ?」


 一照は、野良犬の首から伸びたロープに結びつけられたオンボロなリヤカーに二人の刑事を座らせると、貼ってあるメモ通りに、顔がちゃんとリヤカーのふちから飛び出て、人が乗っているのがわかるようにがっちりと縛りつけた。


 とかくするうちに、二人の煙町の男が乗った一台の車が、バックでずんずん近寄って来ると、野良犬たちが一斉にキャンキャンと吠え出し、車の方に向かおうとし始めた。


 それもそのはず、車からはぷんぷんと肉の臭いが漂い、飢えた野良犬たちを刺激したからたまらない。


 車が、勢いよく走り出すと、野良犬たちも、当然のことながら、一斉に追いかけて走り出した。


「はははっ!こいつはおもしれえ!まるで犬ぞりじゃねえか!」


 まるで、主人を乗せた馬車が華麗に走るように、言うなれば、犬が引くリヤカーがガタゴト走り出すのを目にした一照は、捧腹絶倒、腹をかかえて笑い出した。


 雇われ運転手は、危なくなければ、信号などお構いなしで突っ走り、市内のにぎやかな目抜き通りにさしかかると、キャンキャン吠える野良犬の声と、顔にいたずら書きをされた上リヤカーに座る二人の人間を見せて回ったから、多くの通行人は、目を丸くして、おどろいたのだ。


「やだっ!何あれ!どうなってるの?乗ってる人たちは誰?」


 奇異なこと以外、何の危険もない野良犬が引く、人が乗ったリヤカーは、スマホの絶好の被写体となって、せつないほどの物笑いの種にされた。


 やがて、通報を受けたパトカーが、勇ましくサイレンを鳴らしながら後方からやって来ると、とうてい、パトカーのサイレンなぞ、とりわけ嫌いな後部座席の男は、言いつけ通り、車内に置いてあるありったけの肉を、道路にまき散らしたのだ。


 野良犬たちは、たちまち、走るのを止めて、道路のど真ん中に転がっている肉を、むきになってあさり始めたから、さあ大変だ。

 

「さあ、どんどん食え!」                          


 野良犬が群がって道をふさいだのを見た運転手は、一目散に逃げ去った。

 

 パトカーは、逃げた車を追うどころか、野良犬や肉との格闘になって、ぶざまに混乱を極めたが、そうこうするうちに、応援が到着すると、寺場と遠山も救出されて、救急車で運ばれ、食事中の野良犬も次々と捕獲され、肉も回収されて、火急の出来事は幕切れとなった。


 だが、この騒ぎは、いちやく、『こけにされた刑事』と表題され、同じ轍を踏んだおかげでさらしものになった二人の刑事として写真も掲載されて、面白おかしく報道されたのだ。


「ふたたび、警察の威信に泥を塗られた!署長に合わす顔がない!」


 鼻田は、生木を裂くような真似をされたと、地団太踏んで悔しがった。


「私としたことが……まんまとワナに引っかかってしまい、面目ない……」


 寺場は、責任をとって依願退職をしたいとこぼすばかりで、目もあてられないくらいしょげ返った。


「こうなったら、TS1をフル活用して、犯人逮捕に全力を傾ける以外にないわ。係長が信じようと信じまいとTS1の存在を明らかにして、そこでの証拠を捜査に利用したいと伝えましょうよ。係長が理解していてくれれば捜査の進み具合がまるっきり違うわよ。TS1の証拠は確かなのに話せないのは本当に歯がゆいし、わざわざとって付けたような理由も考えないといけないしね」


 都真子は、有無をいわさぬ口調で、俊介に提案した。


「ああ、俺もそれを考えていたんだ。TS1をいつまでも捜査に使えないのは、肝心な時に遠回りになってしまう。せめて係長だけでも知ってもらいたいと思っていたんだ。だいいち、係長は、仕事ぶりを見てたって、上からの指示をそのまま伝えるような頭の硬い人じゃない。どんな指示や命令も、一旦は自分の頭で考え、自分の言葉に変えておれたちに伝えるから、みんな、偉そうな感じを受けず素直に従おうという気持ちになるじゃないか」


 鼻田は、文字どおり、現場にいた時間が長く、机上の計算より、経験から生まれた発想を大事にして、犯人の思考や行動を予測して事件を解決に導くようなタイプの人物だった。


 おまけに、部下思いで公私に渡り良く相談に乗り、一人一人があってこその組織であることを大切に考える人間だったが、そのくせ一方では、自分自身の昇進思考はさほど強くなく、出世コースへ乗ろうなど考えることは消極的だった。


 家に帰ると、元警察官の妻と娘二児の父親でもあり、もっぱら、祖父は警察官だったが、鼻田の父親は機械いじりが好きで警察官には気質が合わず、ほかならぬエンジニアの道を選んだが、あべこべに、鼻田の方が父親に似ることなく、強い正義感を持っていて、企業人より最終的には警察官になったのである。


 俊介や都真子の見方によれば、鼻田の誠実な人柄から、とりわけ人として信用できる上司であると考えて、TS1のことを打ち明けてみても、頭から否定することはないだろうと踏んだ。


「思い切って、都真子の時と同じように、係長をジャングルハウスに呼んで、直接TS1を見てもらおうか?」


「そうよ。そうするべきよ。善は急げよ。今から係長のところに行きましょうよ」

 

 俊介と都真子は、報道の件で、気落ちするほど元気をなくしていた鼻田のデスクの前で足を止めた。


「係長、今日、私の家に寄って頂けませんか?」


「旨いコーヒーでも飲ませてくれるのか。悪いが、今日は上の娘の誕生日なんだよ」


「えっ!いや!おめでとうございます!」

 

 俊介の提案は、はじめから、腰を折られてしまった。


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