第10話

「今度はこちらから行くぞ」


 相手が動き出す前に、俺は大剣を手に駆ける。

 敵は二体に増え手数は増えたが、大きさは半分になった。質量と重量が減ったので攻撃力は半減している反面、身軽になった分、俊敏性は増しているはず。

 〈アナライズ〉で相手のステータスを確認し、考えに間違いがないのを確認した俺は、彼我の戦力を分析し戦況を常時把握する意識で、緑魔の一体に肉薄していく。

 そんな俺を退けようと、緑魔はいくつもの蔓をムチのようにしならせて打ち付けてくる。

 先程より攻撃速度は早くなったものの、避けられないスピードではない。

 右に左に足を運び、地面を穿つ攻撃を避けつつ、間合いに届いた瞬間、霜を帯びた大剣を横薙ぎに払った。


「くそっ、浅かったか」


 ギリギリのところで後ろに跳んだ緑魔に、俺は悔しさを滲ませる。

 蔓の根元に刃が通り、腕のような蔓を斬り飛ばし、その周囲を凍らせたものの、全身を凍結させるには程遠かった。

 出現時とは違い身軽になったからか、ピョンピョンと跳ねながら移動していく姿は、緑色の綱で編んだカエルにも見える。

 カエルより遥かに獰猛で凶悪な存在である緑魔を倒し、リージョンゲームを達成して新たな能力を手に入れる。

 そのために負けるわけにはいかないと、俺は逃げる緑魔を目で追って、相手の出方をうかがう。


「できるだけ少ない回数で相手を倒したい」


 ルアンは自身の手のひらに視線を落とし、ギュッと拳を握り込む。

 俺から渡されていた小石は残り二つ。さらに手渡せば手数は増えるが、どんなときでもタイミングよく手渡せるとは限らない。

 なんとか一つの小石を攻撃手段に変えて、託された一体を討伐したいと考えているのだろう。


「ルアン、いきなり最適解を出せなくてもいいんだぞ」

「そうですが、自分も挑戦してみたいんです」


 手数が少なければ、たった一度の判断が戦況を大きく変える場面に成り得る。

 プレッシャーに耐えつつ最高の結果を導く方法。小石を何に変えるのか決定できないのか、蔓を振り回しながら近づいてきた緑魔に、一歩二歩と後ろに下がった。


「こういうことは、今後は何度だってあるはず。悩んでいる時間もない。例え失敗したとしても、そこからリカバリーをかける気概でやります」


 自分に言い聞かせて鼓舞するようにルアンは呟き、スピードを上げてきた緑魔に向かって小石を投げた。


「羽ばたいて」


 直後、卵から一気に孵化して成鳥になるように。生まれ出た真っ赤な炎を纏った鷹に、緑魔の蔓の動きが鈍る。

 ルアンの身体能力は人間のトップアスリート並みしかない。召喚獣としては恵まれていないがゆえに、魔物と相対したとき、剣や槍などの近接武器で戦うという選択肢は除外される。


 そこで思いついた最適解が、炎属性を持つ赤魔をコピーし、自分の召喚獣として使役すること。

 俺たちを襲ってきた赤魔は地面に横たわっているので、あくまでルアンが模倣して小石から出現させた魔物。

 自分の意のままに操れる、召喚獣が呼び出した召喚獣とも言える存在は、心強い味方として緑魔の前に立ち塞がった。


「燃やし尽くして」


 ルアンの命に従い、コピー赤魔は息を大きく吸い込み、広範囲のファイアーブレスを口から放ち撒き散らす。

 水分を含んだ木々すら、一瞬で灰にできるのではないかと疑うほどの熱が緑魔に襲いかかる。

 蔓の集合体である身体がまともに浴びれば、燃え尽くされる炎の咆哮。

 緑魔はそれを躱そうとするが間に合わず、球状の半身が飲み込まれ。軋む音を奏でながらドドンッと大地にひれ伏し。

 再起不能だと確信できるほど焼き焦げた蔓の塊に、ルアンは確実な手応えを感じた。


「やりました!」


 動かなくなった緑魔の一体に、ルアンは喜びの声を上げる。

 魔物との戦闘経験がほとんどなかったルアンにとって、自分の力で相手を倒したことが嬉しいのだろう。

 まるで褒めて貰いたくてハシャぐ子供のように、ルアンは俺のほうを見やる。しかし、まだ一体残っているのを視認すると、慌てて気を引き締めた表情に戻った。


「俺が先行する。ルアンはフォローに回ってくれ」

「わかりました。任せてください」


 自信の全身から発するルアンを背に、俺は大剣を手に駆け抜ける。

 それに対し緑魔は蔓を束ねてハンマー状にし、大砲を撃ち出すように伸ばしてきた。

 正面から迫ってくる植物の鈍器。避けるのは容易だが、俺の直線状にはルアンがいる。

 俺は仕方なく足を止め大剣を盾として構えると、猛スピードのコンテナトラックがぶつかったような衝撃に押され、足がズズズと地面を擦る音がした。


「シャノバさん!」


 フォローのためにルアンがコピー赤魔を操り、大剣と蔓が押し合っている場を横切り、動きの止まっていた緑魔に向かって炎を吐かせた。

 俺に気を取られていた植物の魔物は、対応することもできずに灼熱を浴びる。

 再現ドラマを見ているような光景に合わせて、蔓のハンマーから力が失われていくのを感じ。

 大剣をかち合っていた緑の塊がズドンッと地面に落ちると、焼け焦げた緑魔も燃えながら横倒しになった。


「ルアン、ナイスフォローだ」

「本当ですか。ありがとうございますっ」


 俺の称賛に気を良くしたのか、ルアンは声を跳ねさせる。

 これで課題はクリア。一時はリージョンゲーム達成不可能かと思われたが、なんとか終えることができた。

 俺は安堵してルアンと合流しようと、ゆっくり歩き出し。


「──っ!? ルアン!」


 パートナーに危険が迫っていることに気づき、大声で警告を発した。


「えっ!?」


 ルアンはその意味がわからず、たじろぎながら一歩下がろうとしたが、足が動かないことに驚きバッと下を向く。

 その視線の先には、足首に絡みついた緑色の蔓があった。


「えっ、えっ!?」


 ルアンは動揺を隠せず、蔓の出所を探ろうと頭を上げる。

 俺も大元をたどっていくと、身を焼かれ倒れたはずの緑魔から、蔓が伸びてルアンの足元まで続いているのが視界に入った。


「キャッ!」


 それを認識した途端、蔓が大きくしなり、ルアンを空高くに放り投げた。

 不意打ちに近い所業に抵抗することもできず、顔が地面を向いた状態で緩やかな弧を描くルアンの体に、俺も目を見開く。

 このまま落下しても、召喚獣であるルアンであれば、衝撃は受けるものの怪我をすることはない。

 しかし俺が焦ったのは、仲間が地面に激突することではなく、小さな体の真横から大きな影が迫っていたことだった。


「ルアン、迎撃しろ!」


 上昇が緩やかになり始めたルアンに、俺が喉を潰しそうなほどの大声で叫ぶ。

 何が起きようとしているのか。それを知ろうとルアンが横を向く。

 その瞳には、地面に倒れていたはずの赤魔が口に炎を溜めながら、翼を広げて自身に迫ってきているのが映っただろう。

 不意打ちに不意打ちを重ねられ、ルアンは恐怖で身体を強張らせる。

 自身が生み出したコピー赤魔は、離れた場所にいてフォローには間に合わない。手持ちの小石はあと一つあるが、思考停止したように動く気配もない。

 空中で無防備状態の自分に突っ込んでくる灼熱の鷹が、ルアンの瞳の中で一気に大きさを増していく。


 大火傷は避けられず、緑魔を瀕死にした強力な炎のブレス。

 自身が緑魔に浴びせた攻撃を、自分自身が喰らうという状況に、ルアンは覚悟を決めたように目を瞑りかけ。

 放たれた炎に全身が包まれ──ようとした刹那、炎を斬り裂く残光が走った。


「シ、シャノバさん!?」


 炎と入れ替わるように目の前に来た俺に、ルアンは目を見開く。

 そんな彼女の驚きが収まる暇もなく、炎を斬った俺は手にしていた大剣を振りかぶり。

 ブンッという風切り音が鳴るほどのスピードで、大剣を思いっきり投げつけた。

 人間であれば剣は回転し、思った方向に飛ばすなぞ到底不可能に近い暴挙。だが、長年修行を積んだ召喚獣だからこそ、放たれた矢のように大剣は真っ直ぐに飛来し。

 炎放出後に空中で静止していた赤魔の額に突き刺さった。


「絶対に、仲間をやらせたりしない」


 墜落していく赤魔を視界に収めつつ、俺はルアンより先に軽やかに地面に着地し。

 落下してきたルアンの体を、優しく両手で受け止めた。


「ルアン、怪我はなかったか?」


 俺の腕の中でキョトンとしているパートナーに問いかける。

 落下の衝突は回避したが、緑魔に足首を掴まれ投げられたときに怪我をしたかもしれない。

 純粋に心配する気持ちで相手の顔を見つめる俺に、ルアンはポッと頬を赤らめた。


「だ、大丈夫です。どこも怪我していませんし、痛いところもありません。あ、ありがとうございました」

「そうか。それなら良かった」


 慌てて腕の中から抜け出し、顔を隠すように頭を下げたルアンに、俺は安堵の笑みを浮かべた。

 緑魔と赤魔に反撃の機会を許したのは俺のミスだ。〈アナライズ〉を使用すれば、確実に倒したか確認できたはずだ。

 汚名返上とばかりに、冷気のこもった大剣で炎を無効化し、赤魔を投擲で仕留めた。

 念のため能力で視認すると、赤魔と連携で倒した緑魔の一体の生命力は完全にゼロになっていた。


「シャノバさん、あの魔物、まだ生きてます」


 俺の横に立つルアンが、静かな警告を発する。

 ルアンを放り投げた緑魔の一体。動けただけあって、瀕死ながらも絶命にまでは至っていないようだ。


「ルアンはここにいろ。俺がトドメを……」


 しかし先程の挙動が最後の力だったのか、蔓を痙攣させて動かない緑魔。打撃でも討伐するのは造作もないと、俺は大股で相手へと近づき。

 拳で殴りつけようと右手を振り上げた瞬間、ドクンッと跳ねた自分の心臓に動きを止めた。


「な、なんだ!?」


 急に身体の内側から湧き出てきた言い知れぬ不安感に、召喚獣の本能が緑魔から何か感じ取ったのだと、慌てて距離を取る。


「シャノバさん、これは……」


 ルアンも異変を感じたのか、隣に来た俺に震えた声で問いかけてきた。


「わからない。あいつから何かを感じるのは確かだが」


 俺は急ぎ〈アナライズ〉で緑魔の状態をサーチすると。

 緑魔の中心部。魔物の多くがエネルギーの核となるコアを内蔵している部分に、エネルギーのすべてが集まっているのが見えた。


「ルアン、離れろ」


 その意図を理解した俺は、隣にある手を引いて大きく後ろに跳び。

 直後、地面を這うように届いた爆発音と衝撃に、俺は目をしかめた。


「シャノバさん、いったい何が起きたんですか!?」

「どうやら、エネルギーをコアに集めて自爆したみたいだな」


 驚愕するルアンに、俺は冷静に結果を伝える。

 ミューに生み出された魔物のアバターとはいえ、無茶苦茶なことをやる……


「最後まで油断するなってことか……危なかったな」


 一時はどうなることかと肝を冷やしたが、赤魔も二体に分かれた緑魔も絶命を確認した。さらなる試練が続いて起きなければ、これで課題はクリアしたことになる。

 念のため、新たな試練が始まる様子がないか俺が周囲を見回していると。


『課題達成おめでとう。いやー、こっちもハラハラして楽しかったよ』


 かき氷屋台の男店主の声が空から聞こえ、ゲームの完全終了を告げてきた。


「シャノバさん、やりましたね! これで課題三つクリアです!」

「挑戦するゲーム屋台がなくなった時はどうしようかと思ったが、なんとかなったな」


 無事に与えられた条件を達成し、ウサギのように跳ねながら喜ぶルアンに、俺は一段落したと短く溜め息を吐いた。

 もし一人で挑戦していたら、赤魔と緑魔を同時には相手できず、達成は無理だっただろう。

 困難な場面もあったが、ルアンがいたお陰でなんとかなった。


「お?」


 一瞬で荒野から夏祭りの境内に景色が戻り、俺は夢から覚めた感覚を味わう。

 状況を確認すると、自分は先程まで座っていた椅子に腰かけており、横手にはかき氷屋台が変わらずあった。


「どうだった? スリルがあって楽しかっただろ?」

「夏祭りのスリルは、お化け屋敷だけで充分だ」


 白い歯を見せて笑う男店主に、俺は苦笑を返す。

 危険いっぱいのゲームばかりだったので、純粋な夏祭りとは言えないが、修行としてはエンターテイメント性があって楽しめたのも正直な感想だ。

 ルアンの戦闘センスや連携の現在地も知れたので、有意義なリージョンゲームだったと俺は総評をまとめた。


「まだかき氷は溶けてないから、最後まで存分に味わってくれ」


 男店主が促した視線の先、椅子の上に置いた食べかけの白い山が俺たちの目に入る。

 溶けにくい氷である意味が理解できなかったが、戦闘でしばらく食べられない時間がある前提だった故と、終わってから実感した。


「こ、これを食べたら、またゲームが始まったりしませんよね?」

「はははっ。もうクリアしてるから大丈夫だよ。せっかくだから、平らげてくれたら嬉しいな」

「そういうことであれば。シャノバさん、いただきましょう」


 恐る恐る尋ねたルアンに男店主は爽快に告げると、ルアンは椅子にきちんと座り直して器を手に持った。

 それに倣い俺も器を持ち上げると、木のスプーンを突き刺して口の中に運んだ。


「うん。やっぱり美味いな」

「嬉しいね。うち以外にも食べ物の屋台はあるから、そっちも味わってみてくれ」

「それって、食べる度にゲームが始まるんじゃないか?」

「もう課題を三つクリアして条件は達成してるからね。ゲームに挑む挑まないは選べるから安心していいよ」

「それなら、最後まで夏祭りを楽しみましょう。シャノバさん」


 疑いの目を向けた俺に男店主が微笑むと、ルアンは子供のように瞳を輝かせ。


「そうだな。かき氷がこれだけ美味しいなら、他の物も食べなきゃ損だな」


 提案に俺も快く乗ると、今は目の前の物を堪能しようと、かき氷にスプーンを差し込んだ。

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