第6話 「襲撃」

 

 一ヶ月後。

 俺たちはある森の中にいた。



「姐御! そっちに行きやしたぜ! 」



 木々に囲まれる深く薄暗いその場所で男が叫ぶ。

 それは一ヶ月前、 ギルドで俺を投げ飛ばした男だった。

 名前をギールと言う。


 ギールは襲って来た魔物、 狼型の魔物の攻撃を受け流し後ろに逸らす。

 すると魔物はギールからその奥にいた別の人間にターゲットを移した。

 だからああやって知らせていたのだ。


 ギールの他にはこの場に五人いる。

 俺と、

 ギールと、

 彼とあの時一緒に居た二人、 ロイとベンだ。


 そしてもう一人。

 ギールから離れた魔物はその人物に襲い掛かろうとしていた。

 それが「姉御」と呼ばれた存在。

 このパーティにおいての中心人物だ。


 彼女は魔術師だ。

 赤紫のローブに身を包んでいるが、 その中には平民と変わらない質素な服を着ている。

 顔はローブのフードで隠れていた。


「任せなさい! ギールは他の皆のフォローに回るのよ! 」

「がってんでさぁ! 」


 ローブの魔術師はギールに指示を与える。

 彼女の言う通り、 俺たちはそれぞれが魔物と対峙していて余裕がない。

 そこに自由に動けるギールが加わってくれれば対処も楽になると言うもの。

 彼女はそれを分かっているのである。



 狼の魔物の群れの討伐。

 それが俺たちのパーティが受けた依頼だった。

 一匹一匹はそれ程強くはないが、 奴らは群れだ。

 気を抜けば簡単に囲まれ、 数匹の牙や爪の餌食になってしまう。

 そんな状況で俺たちは戦っていた。


 この任務に当たる前に俺たちは打ち合わせをした。

 奴らは群れで行動する。

 連携での立ち回りが得意なのだ。

 だからなるべく群れをバラけさせ、 各個撃破する。

 それが作戦だった。


 しかしそれは上手くいかなかった。

 流石は野生の魔物の群れ、 逆に俺たちがバラけさせられ、 各個人で戦わなきゃいけない羽目になってしまったのだ。

 だから現在、 俺たちはそれぞれが数匹を相手にして手こずってしまっている。

 そしてそれは、 最も防御力の薄い魔術師の彼女にまで影響を及ぼしていた。


 本来、 魔術師は前衛の背後から魔術を放ち攻撃したり支援したりする後衛だ。

 そんな魔術師が魔物相手に一人で立ち向かうなど無謀なのである。


「さぁ! かかってらっしゃい! 」


 しかし彼女は、 そんな事はお構い無しと敵を挑発している。

 言葉なんて通じる訳がないが、 それをさも当然の事のように行い、 不敵に微笑んでいる。


 彼女にとって自分が魔術師である事、 敵がなんであるかなどは関係ない。

 向かって来た敵は倒す。

 それしか頭にないのだ。


 その証拠に、 魔術師の手には、 既に火球が準備されていた。


「丸焼けになりなさい!! 」


 そしてそれは彼女の掛け声とともに放たれる。

 すると目の前まで迫っていた魔物に直撃し、 言葉通り丸こげの消し済みになった。


 そこで、 敵の連携が崩れた。


 フリーになったギールと魔術師。

 二人の活躍で一気に戦闘が楽になったのだ。

 元々、 俺たちをバラバラにする為に奴らも散らばっていた。

 だからその各自と二人が合流する事により、 各個撃破する事が出来たのだ。

 だから魔物を全て片付ける頃には、 おおむね作戦通りで終わっていた。



「ふぅ! 今回は危なかったですなぁ! 姐御!! 」

「流石でゲス! 」

「オラ尊敬し直しちまったダァ! 」


 作戦終了後、 魔物の死体から売り物になりそうな毛皮などを剥ぎ取りつつ、 三人が各々に魔術師に語りかける。


「あったりまえじゃない! 」


 煽てられた彼女は得意げにふんぞり返っていた。


 その瞬間、 彼女のフードが捲れた。

 中から、 後ろで一つに束ねている青紫の髪が露になる。


 その魔術師は、 ヴァイオレットだった。


 そう! 彼女は!

 冒険者として成長していたのである!!



 ◇◆◇



 俺たちは魔物を討伐し帰路についていた。

 ギールたちと出会った支部がある街へである。

 まだ俺たちは別の街へと移動出来てはいなかった。


 その理由は二つ。

 まずは単純に金がなかった。

 もっと遠くへ逃げる為には纏まった金が必要だったので、 冒険者登録を済ませたこの街で依頼を受けつつ金を貯めていたのだ。


 そしてもう一つは......単純に動けなくなってしまったのだ。

 別にそれは俺の怪我が原因とか、 ヴァイオレットが病気になった訳でもない。

 まぁヴァイオレットが原因なのは変わらないのだが......。


 そう。

 あの時彼女は、 国家に反逆するアンチヒーローとして皆に受け入れられた。

 その為ヴァイオレットが英雄視されてもてはやされ、

 本人は調子に乗り、

 こうしてギールたちを従え、

 彼らに面倒を見てもらう事により、

 この場から動けなくなってしまったのである。


 後になって知ったが、 この街の人間は王族への不信感を強く持っているようだった。

 だからそんな王族に弓を引いたヴァイオレットの噂を聞いた彼らは、

 その行いを反逆ととり、 彼女を英雄視するようになっていたのだ。


 そんな時にご本人の登場だ。

 そりゃ担ぎあげたくもなるだろう。


 当然のように彼らは俺たちを慕ってくれた。

 そしてこっちの事情を聞くと快く協力を申し出てくれたのである。


 俺たちは冒険者として素人だ。

 それをフォローするように、 ギール、 ロイ、 ベンがパーティを組んでくれた。


 そこからは本当に順調だった。


 経験者のフォローもあり、 俺たちは冒険者の任務を次々にこなす事が出来た。

 そのおかげであっという間に金が貯まっていったのである。


 そして実力もメキメキとついていき、 今では名の知れた冒険者となる事が出来た。


 元々盗賊だった俺はまぁいいとして、

 ヴァイオレットは魔術師として成長。

 今では単騎で魔物と対峙出来るスーパー魔術師となったのだ。


 こうして俺たちは冒険者としてのし上がり、

 冒険者として成功を収めるに至ったのである......!



 ......って! 違うだろ!!



 なんで金を稼ぐ過程で結果を出しちゃってるんだよ!


 ......いやまぁいい。

 冒険者として成功するのはいい。

 元々ヴァイオレットを回復魔術師として有名にし、 成り上がらせる計画だった。

 だからそれ自体は問題はないのだ。


 けど、 問題のはヴァイオレット自身だ。


「姉御! 今日も大活躍でしたね! 」

「ふふふ、 そうでしょう! まぁ貴方たちもそこそこ頑張ったんじゃない? 」

「流石は姉御でゲス! 一生ついて行くでゲス! 」

「やめてよ気色悪い! 私は貴族なのよ? 貴方たちとの関係なんていつまでもも続く訳ないわ! ......ま、 まぁ? それまでなら一緒に居てあげてもいいけど? 」

「オラぁ、 腹減っただぁ」

「アナタはいつもそればっかりね! 品性と言うものを感じられないわ! もう少し私を見習いなさい! 」


「姉御! 」「姉御! 」「姉御ぉ! 」


 この調子である。

 その性格を直すどころか、 拍車がかかってしまったのだ。

 そりゃまぁこうもおだてられればそうなる。


 でもま、 つまりはだ......。


「痛ったー! 転んじゃったー! 怪我したー! 動けないー! 」


 俺は彼女の目の前で盛大にコケて見せた。

 するとヴァイオレットは呆れながら俺を見下す。


「何をしてるの? ドジねぇ」


 少しぐらい心配してくれよ。

 だから俺は言ってやった。


「へへ、 すいやせん姐御! ちょっと立てそうにねぇや! 」


 なるべくわざとらしく、

 なるべく馬鹿にするように。

 そしてそのまま、 彼女の心へダイレクトアタックをかける。


「ですから姐御ぉ! 回復魔術、 かけて治してくださいよぉ! 」

「っ?! 」


 それを聞いたギール達の表情が、 俺を心配していたものから歓喜のものへと変わる。

 そうだろうそうだろう。 世にも珍しい伝説の回復魔術、 見たいよなぁ?


 反してヴァイオレットはバツの悪そうな顔をしていた。


「い、 いいわよ! この私が治してあげるんだから感謝しなさい! 」


 そうは言っているが内心がモロ見えだ。


 ヴァイオレットは俺のズボンを捲り傷口を確認する。

 本当に本気でコケたので傷も本物だ。

 俺ってちょっとサイコ。

 彼女はその傷に触れた。


 すると、 あの時のように眩い光が起こる。

 それを見てギール達は目を輝かせ子供のように見入っている。


 彼女が起こした光により、 俺の傷は......治らなかった。


 これもあの時と同じだ。

 痛みは無くなったものの、 治療には至らなかったのである。


 それを見たギール達は複雑そうな表情を見せ何も言わない。

 気を遣っているのかもしれない。


 対してヴァイオレットは、


「ふぅ。 今日は調子が悪かったわね」


 こんな始末だ。


「嘘つけこの怠慢令嬢が! あの時より全く進歩してないじゃねぇか!! 」


 俺は思わず叫んでしまう。


 そう、 そうなのだ。

 ヴァイオレットは回復魔術に目覚めそうな兆しがあるものの、 いまだに覚醒していないのである。

 あの時から、 何も変わってないのだ。


 考えられる原因は一つだけだ。

 彼女の性格がより磨きをかけるように、 悪役令嬢全盛期に戻ってしまったからだ。


 回復魔術の使い手の条件を簡単に言えば、 「心優しく他人を思いやれる謙虚な女性」である。

 今のヴァイオレットを見よ。

 真逆だ。

 その為使える訳ないのだ。

 成長する訳がないのだ。


 そう、 問題とはこの事。


 彼女がいくら有名になっても、 回復魔術無しでは成り上がるのは不可能に近い。

 こっちの準備が出来ていないのに有名になってしまったのである。

 順序が逆だ。

 これでは意味がない。


「い、 いいじゃない! 回復魔術を使えなくったって強くなれたんだから! それに痛みは引いたでしょ! 後は自分でどうにかしなさい! 」


 そして当の本人がこれである。

 もうどうしようもないなこれ。


 呆れる俺を置いてヴァイオレットは先に行ってしまう。

 その背中をただ見つめるしかなかった。


「兄貴、 元気出してくださいよぉ」

「オイラ達がついてるでゲス」

「オラァ、 兄貴も尊敬してるダァ」


 そんな俺の姿がよっぽど悲しそうに見えたのか、 ギール達に慰められてしまった。

 あの時はあれだったが、 いい奴らなんだよな。

 て言うかキャラ変りすぎじゃない?



 しかし、 回復魔術が使えなくてもいい、 か。

 確かに彼女の言う事にも一理ある。


 俺たちは今冒険者として成功を収めている。

 あの街で受けられる依頼は豊富だし、 食い扶持には困らない。

 高額報酬の高難易度の仕事だってこのパーティなら苦労せず達成出来るのだ。

 もしかするとこれ以上を求める必要はないのかもしれない。


 それに、 この冒険者としての生活は、 ヴァイオレットが一番乗り気で一番順応し一番楽しんでいる。

 何者にも縛られる事もなく、 令嬢として立ち振る舞う必要もなく、 主人公達に関わる事もない。

 それなら、 回復魔術を覚えて有名になり、 成り上がろうとする必要もないのかもしれない。


 最初、 ヴァイオレットは冒険者になる事は反対してたし、 何より主人公に対し復讐めいた感情を抱いていた。


 でも今は冒険者を見下す事もない(暴言はよく吐くが面倒みはいい)し、 主人公たちに対する恨み言も言わなくなった。

 これはこれでいい成長なのかもしれない。


 だったら別に回復魔術を使えなくてもいいんじゃないか。

 ヴァイオレットの言うとおり、 そんな事を考えてしまう。


 彼女の性格を真逆にしてしまうような更生をするよりも、

 彼女が伸び伸びと生きられるこの環境を生きていった方がヴァイオレットの為になるんじゃないだろうか。


 ギールたちだって、 街の人たちだって慕ってくれる。

 当然俺にも同じように接してくれる。

 お金に困る事も食べ物や寝床に困る事もない。

 追放され家を失った彼女や、 盗賊として犯罪生活をしていた俺にとってはどれも素晴らしい変化なのだ。


 ふと前を歩くヴァイオレットに目をやる。

 いつの間にか、 ギールたちが合流して楽しそうに話している。

 確かに彼女の悪役令嬢的性格には磨きが掛かってはいるが、 あの頃のようなトゲトゲとした印象はない。

 近寄り難い雰囲気も、 貴族特有の嫌味な感じもしない。

 これは本当にいい傾向なのかもしれないな。


 ......なら、 このままでもいいか。


 そう思った瞬間、 何か肩の荷が降りた気がした。

 俺はいつの間にか力が入りすぎていたのかもしれないな。


 まぁ、 何にせよだ。

 今は焦る必要はないのかもしれないな。


 ヴァイオレットに回復魔術を覚醒させるにしろ、 そうじゃないにしろ。

 生き方を決めるのは彼女なんだ。

 俺がどうこう無理強いしていいもんじゃない。

 あの後姿を見てそう思えた。


 なら、 彼女がどうしたいか、 決めた事に全力で協力しよう。

 それがヴァイオレットを推すものとしての使命って訳だな。


 それじゃあそれまではのんびりするとするか。

 折角異世界で前世の記憶を取り戻しだんだ、 この世界を楽しまなきゃ損だしな。

 ヴァイオレットを守りつつ、 何か出来る事を探してみてもいいかもな。


 任務の帰り道、 俺はそんな事を考えながら歩いていた。

 その足取りは、 今までにないくらい軽かったと思う。



 …...けど、 この後すぐに思い知らされるんだ。

 ヴァイオレットが運命からは逃れる事が出来ないと。



 ◇◆◇



「なんだ、 これ」



 俺は思わずそう声に出してしまった。


 ヴァイオレットやギールたちも何が起こったのか分からず、 ただ呆然とその光景を眺めている。



 街が、 燃えていた。



 俺たちがギールたちと出会い、

 冒険者になり、

 今は拠点にしている街が。


 ここにはギルドがある。

 酒場や宿屋にいつも入り浸っていた。

 ここ最近やっと馴染みの店も増えた。

 知り合いだって出来た。


 その街が、 燃えているのだ。


 意味が分からない。

 何故こんな事になっているんだ。


 俺たちは目の前の光景を受け入れられず、 ただ呆然と立ち尽くしていた。


 そんな時だった。



「た、 助けてくれぇ!! 」


「!! おい! 大丈夫か! 何があった!! 」



 街から逃げて来た男が駆け寄って来たのだ。

 身体は傷だらけ。 そして酷い火傷を負っている。

 我に返ったギールがその人を解放し、 訳を聞く。

 本来ならこんな怪我人から情報を聞き出そうだなんて酷い話だが、 今の俺たちに冷静な判断は出来ない。


「ぁ、 ああっ!! 」


 その男は必死に何かを伝えようとしていた。

 だが上手く言葉に出来ていない。

 街で起こった事への恐怖と、 俺たちを見つけた安心感で混乱しているのか。

 この様子からして、 助けを呼びに街の外に出たのかもしれない。


「あぐ、 と、 う......」


 男はその後直ぐに持ち返し、 はっきりと俺たちに伝えてくれた。

 そして、 俺はその言葉に耳を疑った。



「と、 盗賊団だ! 盗賊が集団でいきなり街を襲ってきて火を放ったんだ!! 頼む! 街の皆を助けてくれ!! 」



 盗賊、 だと......?


「っ!! 」


 俺は嫌な予感がして、 気づけば街に向かって走っていた。

 まさか、 まさかそんな訳......!


「兄貴! どうするつもりでさぁ!? 」


 ギールがそう叫んだ為一度脚を止める。

 落ち着け、 俺だけが焦ってどうする......!


「俺が街に先に入って他の冒険者を探す! そいつらと協力して街の人間の救助と盗賊の排除にあたる!

 お前たちはその人を安全な場所に連れて行ったら合流しろ! ただし! ヴァイオレットは来るな! 」

「はぁ?! 」


 俺はそれだけ伝えるとまた走り出した。

 もし俺の嫌な予感が当たっているならば、 彼女はその場にいない方がいい。

 ギールたちの返事とともに、 ヴァイオレットの文句も聞こえたような気がしたが、 無視した。


 ◇◆◇


 街に入り、 俺の視界に飛び込んできたのは酷い光景だった。


 至る所に火が回っていた。

 馴染みの店も、 行こうと思っていた店も燃えていた。


 そこら中に人が倒れていた。

 ほぼ、 死んでいた。

 ギルドで一緒に酒を飲んだ冒険者も、 よく行く店の店主もだ。

 誰もが身体に傷を受けている。

 急所をやられて死んでいる。

 明らかに誰かに殺されていた。

 そして俺は、 このやり口には覚えがある。


 盗賊は本来戦闘の得意じゃない。

 だから相手と対峙する時は、 確実に殺す方法で先手を取るのだ。

 素早く、 相手の急所を狙う。

 それが盗賊の戦い方。

 そして、 俺のいた盗賊団の「頭」が子分たちに教えている事だ。


 間違いない。

 これは、 俺の元仲間がやった事だ。


 しかし何故だ。


 裏切り者の俺を始末しに来たのか?

 何故今更?

 それに街をこんな風にした理由は何だ?

 俺だけを狙えばいいじゃないか!


 分からない。

 少なくとも、 あの盗賊団の頭はこんな事をするような人間じゃなかった。

 それは悪意善意の話ではなく、 効率の話だ。


 普通盗賊というのは集団で個人を狙うような姑息な奴らだ。

 しかしそれは効率を追求した結果なのだ。

 多くの人間を襲えばそれだけ反撃や、 逃げられて時の報復などリスクが大きい。

 それがましてや街の襲撃となればリターンに見合わないはずだ。

 そして頭はそんな蛮行をするような馬鹿じゃない。

 なのになぜ......。



「何、 これ......」



 そんな事を考えていると背後から声がした。

 聞き覚えのある声だ。

 振り返るとヴァイオレットがいた。

 くそ! ついてくるなと言ったのに!


「何やってんだヴァイオレット嬢! 邪魔だから帰れ!! 」


 当然俺の声が荒くなる。

 来て欲しくなかった。

 嫌な予感がするんだ。


「ふ、 ふん! 何よ! 心配してくれてるの? それはありがたいけど......私だってこの一ヶ月で心だって強くなったんだから! 」


 それは分かっている。

 こうして多くの死体や、 燃え盛る街を目の前にしても動揺する様子がない。

 恐怖やショックで手が震えてはいるが、 それでも平常心を保っている。

 冒険者として場数を踏んだ結果の成長だろう。

 追放された後とは別の形でしっかりと強くなっているんだ。

 それはきっと喜ばしい事だ。

 けど、 俺が心配してるのはそんな事じゃない。


「......分かった。 それなら俺から離れるんじゃねぇ」


 しかしここで一人にする訳にはいかない。

 かえって危険だ。

 だから行動を共にする事を許した。

 こうなってしまっては仕方ない。

 後は、 俺の心配が杞憂で終わる事を祈るしかない。


 俺たちはその後街を回った。

 他の冒険者と合流し、 現状の対処に当たる為だ。

 しかし、 誰一人として合流出来なかった。

 見つかっても既に死体だった。

 もしかして既に逃げている奴らもいるのかもしれないが......判断のしようがない。


 なので街の人を、 何とか助けようとした。

 けどこっちも、 もう死体にしか出会わなかった。

 俺たちがくるのが遅すぎたのだ。

 何とか上手く逃げている人もいる事を祈るしかない。


 俺たちはその現状に大きなショックを受けた。

 しかしその場に突っ立っている訳にもいかない。

 盗賊団の目的は何かは分からないが、 これだけその場の人間を殺してる事を見ると皆殺しの可能性がある。

 理由は分からないが。


 なので行動を変える事にした。

 恐らく奴らはまだ街に残っている。

 そいつらに見つからないようにし、 逆に野盗の一人を捕まえて情報を聞き出す為だ。


 俺だって元野盗だ。

 奴らの動きぐらい予想が出来るし裏もかける。

 そう思ったのだが......。



「やっと見つけたぜぇ」

「へへへ」

「ひひひ」



 それは向こうも同じか。

 どうやらこっちの考えは見抜かれていたようだ。

 俺たちはいつの間にか、 何人もの野盗に囲まれていた。

 どれも見知った顔だ。

 やはり、 俺のいた盗賊団だったか。


 しかし見つけた、 か。

 どうやら俺の嫌な予感は当たってしまったようだ。


「俺が狙いか」


 思えば簡単な事だ。

 街を襲ったのは裏切り者である俺を見つけ出す為、 もしくは誘う出す為だ。

 確かに今までも裏切り者をこうした形で始末した事もあった。


 けど疑問は残る。


 裏切り者を始末するにしても、

 やるとしたらそいつの家族や友人を利用する程度。

 あっても家や小さな集落を潰すぐらいのものだった。

 だからこんな街一つどうにかするなんて規模は今まで見た事がない。


 俺の為にそこまで?

 考えたくはないがそうなのだとしたら......。


「これは頭の命令か? 」


 そうなのだとしら、 全ては俺のせいだ。

 俺がこの街に来たからこんな事になった。

 それは非常に申し訳ないと思うし、 悔やんでも悔やみきれない。

 今すぐに自分の命を絶って詫びたい。


 けど、 そんな事をしたって何もならない。


 出来るとしたら、

 同じ命を断つでも、

 俺の命を引き換えにここを引いてもらうくらいだ。

 ヴァイオレットを逃す事ぐらいだ。


 その為なら俺の命なんて惜しくはない。

 推しの為に使えるんだからな。


 だからここは頭に引き合わせてもらい......。



「半分あたりで半分ハズレだなぁ」



 そんな事を考えていると、 野盗の一人が俺の質問に答えた。


 半分ハズレ?

 頭は関係なく、 独断で動いてるって事か?


 しかし、 続く言葉はそれ以上のものだった。



「狙ってるのは、 そっちのお嬢さんだよ。 頭から殺せって命令だ。 この街の人間ごとな? 」


「は? 」

「......え? 」



 何を、 言っている?


 元々盗賊団にとって、

 あの時の俺にとって、

 ただあの場にたまたま居合わせたヴァイオレットは、 ただの獲物だった筈だ。


 捕まえる事が出来ようが出来まいが、 その後まで引きずるような相手ではなかった筈だ。

 ただ誘拐して奴隷として売り捌く為の、 他の人攫いと同じく偶然に見つけたターゲットだったんだ。


 なのに何故、 今にもなってこの子を狙っている?



 ......いや、 俺とした事が何を考えている。

 そんな事はどうでもいいだろう。


 それなら、 それなら。

 命を差し出す必要なんかない。



 この場にいるヴァイオレット以外の奴らは皆敵だ。


 皆、 殺すべき相手だ。



 ヴァイオレットはあの時の事を思い出したのか、 その場で震えていた。


 ......待ってろ。

 今その恐怖から解放してやる。



「今なら昔のよしみで、 その女引き渡せば見逃してやるよ」



 盗賊が言う。

 今更何を言うのか。



「うるさい黙れ」

「は? 」

「お前ら全員......死ね」



 その日、

 その場にいた野盗と共に、


 この街は死んだ。



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