第5話「とりあえず協力しない?」

 床に倒れ込んでぜいぜいと呼吸を整える走を尻目に、さやかは梯子を畳んで収納して窓を閉めた。ここまですれば、走の追手たちに居場所が気付かれることはそうそうないはずだ。

 呼吸が落ち着いた走は、改めてさやかを見る。

 華奢なシルエットに透けるような肌。手入れが行き届いたネイルにしっとりとして見えるほどの光沢を蓄えた髪。

 財閥系のお嬢様だったな、とぼんやり思い出す。さばさばした態度や言葉遣いからは想像もできない家庭環境にずいぶんと驚いたものだった。


「ほら、コレ」

「えっ……」


 物思いにふける走の眼前に突き出されたのは手提げ金庫だ。


「これ、アタリを引かないと脱出できないんでしょ?」

「……ああ。そこまで知ってるのか」

「偶然聞いただけだから、他の人は知らないと思うけど」


 金庫を受けとった走は、開錠もせずにさやかを見据えた。そこにあるのは怯えと諦観が混ざった、しかし縋るような視線だ。


「さやかも、俺を殺したいと思ってるのか?」

「馬鹿。だったら見捨ててるでしょ」


 お嬢様とは思えないサバサバした物言い。それまでに再会した元カノ達から感じる『女らしさ』がないことに、どこかホッとする。


「どうせアンタのことだから、処女じゃなきゃ駄目だとか他の男とヤッたとか汚いなんて言って別れまくってたんでしょ」

「うっ……それは、スマン」


 思わず謝るのは、さやかとの別れに起因する。

 走の目の前にいるさやかは、実は処女ではなかった。

 ホテルでそのことを打ち明けられ、走は抱くことすらせずに捨てたのである。


「別に。だったらアンタが股間からブラさげてるそれの方がよっぽど汚いとは思ってるけど」

「……本当にスマン」

「別に良いって。ホラ、さっさと金庫開けて。私も脱出したいんだから」


 それまでのヤンデレ達とは明らかに違うさやかの言動に、戸惑いを隠せい走は質問を口にする。

 

「さやかは、何でここに? 主催者の話じゃ、全員ヤンデレで俺を殺そうとしてるって」

「私はそこまでアンタに執着してない。っていうか処女厨でヤリチンのクズ男なんて願い下げよ!」

「うぐっ……!」

「私と付き合いたきゃ、最低でも私だけをきちんと愛してくれる人じゃなきゃ嫌」


 そう告げたさやかは、己がどうしてここにいるのかの説明をした。さやからしい、端的で明け透けな説明を要約すると。

 バーで酒を飲んでいるときに、見知らぬ女性と意気投合して恋愛の話になったらしい。

 愚痴半分ネタ半分に走とのことを口にしたさやかに、女性は訊ねた。


「そいつのこと、殺してやりたくない?」


 酒の勢いもあってぶっ殺してやりたい、と叫んだまでは覚えているが、気付けば見知らぬ部屋の一室に寝かされていたとのこと。

 乱暴をされた形跡はなかったけれど、枕元に手提げ金庫と婚姻届けが置かれた状態でスピーカー越しの声にざっくり説明された。


「貴女を捨てた駒井走が、このドームのどこかにいます。復縁できるかも知れないし、復讐できるかも知れません。貴女と似たような境遇の女性が100名いますので、どちらにしてもになります」


 さやかの質問には一切答えず、機械的な口調で説明だけを続ける声。


「心か、身体か、それとも命か。駒井走を射止めるのであれば、その手提げ金庫は必ず携行してください。では、幸運を祈ります」


 そして、走の時と同じく毒ガスが散布されるとのアナウンスに従って出てみれば、ドームに包まれた見知らぬ市街地だったらしい。


「バーで会った女に、俺への気持ちとか反応を探られたってところか?」

「多分ね。まぁこんなとこさっさと出たいし、アンタの手首の『それ』がないと金庫は開かないから助けたけど復讐も復縁もどうでも良いの。とりあえず協力しない?」

「……分かった」

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