現代ファンタジーは機械式

Moka

第1話

 元号もいくつか変わった日本で、ある天才科学者が画期的な発明をした。


 それは魔力発生装置。


 原理は科学的に魔力の合成に成功したとか、ナノマシンよりさらに細かい粒子サイズの機械により魔力の疑似再現に成功したとか言われていたが、本当のところはわかっていない。

 科学者はいつの間にか行方不明となるが、日本のどこかに残された魔力発生装置は、その後も魔力を作り続け、魔力はついに日本全土を覆うようになって、ゆっくりとだが確実に人体にも作用を及ぼすようになった。

 その後も名声、富、好奇心、さまざまな理由をつけて何人もの人間が探したが魔力発生装置も科学者も見つけることは出来なかった。


 それから20年。

 魔力というわけのわからない概念も定着し、日本人の100人に1人は魔影所持者ビジョンホルダーと呼ばれる魔法使いになっていた。


 私立御陵高校2年棟の3階。

 教室の窓辺の一番後ろ。

 そこがどこにでもいそうな外見の高校2年生男子の僕、式村遥大シキムラハルトの席だ。

 日当たりのいい自分の席で気持ち良くうたた寝をしていると、眼鏡をかけ髪を短く刈り込んだクラスメートの猪俣金治イノマタキンジこと、イノが僕に声をかけてきた。


「おりゃっ!」


「ぎゃっ!」


 イノの掛け声と共に、僕の後頭部に激痛が走る。

 声は声でも掛け声って、そんなのあり?

 人がせっかくいい感じに始まるように、声をかけてきたってナレーションしてるのに全部台無しじゃないか。

 イノには掛け声と声は別物だということをあとで教えておこう。


「おっ、起きたか。式村、今日の授業も眠そうだったな」


「起きたかじゃないよ。イノの容赦ない一撃で、さらに深い眠りに落とされそうになったところだよ。イノ、悪いんだけど、急ぎの用事じゃないなら、もうちょい寝かしてよ。昨日夜中に駆り出されたから寝れてないんだ」


「昨日の夜中に駆り出されたっていったら桜ヶ池の魔影ビジョン大量発生の件か。そういや、お前も魔影所持者ビジョンホルダーだったっけ。学校での姿だけ見ていると、ついつい忘れることが多いけど、お前ってエリート様なんだよな」


「何がエリート様だよ。いくら日本人の100人に1人しか出来ない仕事っていったって、高校生を夜中に呼び出すなんて、どういうことだって組合長ギルドマスターに言ってやりたいよ」


「そこまでいうほどのものじゃないだろ。たしか魔影は倒すと政府から懸賞金が組合ギルドを通して出るだろ。わりのいいバイトだとでも思っておけばいいじゃないか」


「それが、昨日のはスライム型の魔影だったから、そんなにわりも良くなかったんだよね」


「スライムって、湧いたら全部を倒しきったと確認が出来るまで待機させられるからな。それは面倒だな」


「それにはっきり言って安いしね」


 魔影退治の相場は、1体いくらって感じで決まっている。

 スライムは1体100円。

 うん、今の元号と為替相場わかってるんだろうか? 時代に合ってない相場設定なんじゃないかと思う。


「いくらくらい貰えたんだ?」


「昨日、僕も10体くらいは倒したけど、時給にすると200円ってとこだね」


「実働5時間で収入は1000円か。それは安いな」


「イノもそう思うでしょ」


 魔影というのは、日本に蔓延した魔力が溜まって、形を成した生物のことをいう。便宜上、生物とは言われているが、魔影は魔力でできていて目には見えるが触れることは出来ない。

 例えば、何メートルもある大きく恐ろしい怪物のような魔影であっても人々が直接的な被害を受けることはない。

 だけど、考えてみてほしい。

 魔影は実体がないとはいえ目に見える。そして、厄介なことにまるで意思を持っているかのように好き勝手に動く。

 そんな奴らが車の運転中に道を闊歩したり物陰から飛び出してきたりしたら危ないし、階段とかに寝転んでいたりすれば誰か踏み外したりするかもしれない。

 魔影はこちらのことが見えていないし聞こえてもいないようで音や行動で追い払うことも不可能。

 そこで、僕らみたいな魔影所持者ビジョンホルダーの出番となるってわけだ。


「そっか、お前も魔影所持者ビジョンホルダーだったか。……なあ、式村、久しぶりにお前の魔影を見せてくれよ」


「いいけど、前と変わんないよ」


 僕は脳の魔力器官に力を込める。

 すると、僕の前に僕に似た姿の男が出現する。

 ただ、服装は制服じゃなく革の軽鎧を身に付けていて、手にはゲームでいうところのロングソードを持っていた。


「式村の魔影って、ゲームでいうと完全に序盤の装備だよな」


「自分でいうのもなんだけど弱そうだよね。そのせいか、コボルトやオークの魔影退治にすら呼ばれないんだよ」


「そりゃ、こんだけ弱そうなら人海戦術が基本のスライムの魔影退治くらいしか呼ばれないだろうな」


「まあ、そうなるよね」


 いろんな形の魔影があるが、スライムってのは数が多いってだけで、正直めんどくさい。

 オーガとかトロルの魔影を狩れるくらいの魔影所持者なら、断るくらいの案件だ。

 因みに、なんで魔影がこんなスライムとかオーガみたいな形になるのかというと、多くの日本人が魔力と聞いてイメージする怪物の姿が、こういうものだという説が濃厚らしい。

 まあ、はっきり言って詳しいことはわかっていないってことだ。

 だけど、レトロRPG好きの俺としてはそのイメージはわからなくもない。


「でも、魔影って、レベルが上がれば装備も変わるんだろ。式村は魔影のレベルは上げないのか?」


「ふふふ、聞いて驚くといいよ。僕の魔影のレベルは、ついに昨日の活躍で2に上がったんだ」


「おお、マジで驚くレベルだな。俺の小学生の従兄弟の同級生の魔影でもレベル5はあったはずだぞ」


 うそだろ、僕は小学生以下ってこと!?

 なんか、泣きたくなってきた。


「まあ、くよくよすんなよ。レベルが低かろうが、式村が魔影所持者ビジョンホルダーであることに変わりはないんだからよ。……お前のその弱さを有り難がる奴らもどこかにいるかもしれないぞ」


「なんだよ、それ。イノ、落ち込む友達に対して、もっと他にいう言葉はないのか?」


「ない」


 イノはきっぱり言いきったけど、こいつはこういう奴なのだ。


「いつもながら、イノって友達とは思えない奴だよね」


「友達か……そもそも俺らは友達だったんだろうか?」


「えっ、ちょっと待って。今さらそこを悩むの!」


 驚く僕を気にせず、イノが笑いかけてくる。


「まあ、そのうち式村にいい話を持ってこれるかもしれんから期待せずに待ってろ」


「それって、なんか全体的にフワフワした話だね」


「まあ、お楽しみはあとに取っとくもんだろ?」


 そう言って、イノは笑いながら去っていった。

 あいつ結局、何しに来たんだろう?

 僕の睡眠時間と精神を削っただけじゃないか。

 良くわからないイノの態度に首をかしげながら、僕の意識は再びネズミのいない夢の国へと旅立っていった。

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