ドラグーンフラッグ

空中逆関節外し

瓶詰の世界のその底で

 いつだって、平和の為に戦ってきた。

 天地が七転び八起きして、地球がスクランブルエッグになるような大戦の中にあって彼女の役割はたった一つ。人類が生み出した過剰なまでの暴力装置から人類自身を守る事。

 

 その役割の為に何千もの兄弟姉妹が空に消えた。

 自身も決して癒える事のない傷を負って、それでも愛する人間達を守る為に空を切り裂き、天地を裂くような鋼の化け物と戦い続けたその先、ようやく訪れた安寧の時代。


「おいおい、なんで笑ってるんだ鉄くず。自分の置かれた状況を分かってんのか?」

「……」


 ガンガンと耳に響く鉄の音。コンテナを再利用して作られた商品移送用の檻の中を覗いて男がニタニタと笑う。音に反応して少女はゆっくりと顔を上げる。座り込む鉄の床を指でなぞるとざらりとした赤錆の感触がした。


 自分が笑っていたという事に指摘された初めて気づく。少女は少し考えこみ、檻の外に立つ商人の方に視線を向ける。


「この地球が丸いって、嘘だったんだなーって思ったの」

「ああ? 何言ってやがる」

「独り言だよ。別に気にしないで」


 不可解そうな商人の顔。彼はきっと地球が丸いということを疑ってもいないのだろう。

 昔の人類はこの世界は球状に出来ていると言ったそうだが、私はそれを信じていない。きっとこの世界は瓶詰めの瓶のような形をしているのだ。


 そして今いるこの場所こそが、その底なのだ。


「さーあ羽無し。そろそろ出荷の時間だぞ。誰かお前みたいな鉄くず買ってくれるかな?」

「どうだろうね。私なら買わないかな」

「はは! ちげえねえ!」


 ガタンと檻が揺れて尻が浮く。首に付けられたGPS付きの首輪が少し痛い。

 元通りとは言えないまでも戦わずに人々が生きられるようになった平和の世界。余分なものを切り捨てて再生していく世界にあって、少女は切り捨てられた余分の部分なのだろう。


 今日売れなければ流石に廃棄だろうか。人の形をしているのでスクラップにはならないだろうが、売れない商品という事で灰域辺りに棄てられるかも知れない。そうなれば半月も経たずに本物の鉄くずになり果てる。

 檻の隙間から空を見る。二脚式の可搬機によって運ばれる檻から見る空はとても高く、不意に雲を切り裂いて何十もの鋼の竜が空を横切っていくのが見えた。


 ――ああそうか。そろそろレースの時期だったっけ……。


 少しだけ空を眺める。かつて焦がれる程に憧れたその景色に心が潰れそうになり、少女はそっと暗い檻の中へと戻っていく。


「そう言えば鉄くず、お前なんて名前だ? 商品の名前忘れてたら俺が怒鳴られちまう」

 御者の男が少女に声をかける。少女は少しだけ考え、そしてその名を呟く。

「ロゼ・アイオライト……」

「ほお? 訳わかんねえ名前だなオイ」


 対して興味もなかったのか、帳簿にロゼの名前を鉛筆で書き込むとそのまま男は馬車を前に進める。


 その名前の通りやや赤みがかった透き通った瞳。ぞっとする程に美しく、暗い中でも微かに光を反射するその髪はそれ自体が一個の宝石の様であり、


 その背には、破壊された翼の根だけが残されていた。


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