第4話 ドラゴンビィ
僕は未練がましい男だった。
夜になり、気が付いたらユリアの家の前に居た。
中から声が聞こえてくる..その声はユリアの泣き声とトーマの不機嫌な声だ。
内容は解る..ユリアが女になった後だ。
その行為が満足できずに初めて経験したユリアを罵倒していた。
殴り掛かりたい..トーマを殺したい。
だが、出来ない..僕には力が無いから。
権利は僕にはある。
実際に僕は権利として「決闘許可」がある。
無能にある唯一の権利だ。
無能は王族を含み15歳以上の誰にでも決闘が申し込める。
正々堂々と正面から戦うなら、誰を殺しても許される。
例え相手が王族でもだ。
一見凄い権利に見えるが実は違う..それは無能に負ける人間が居ないからの権利だ。
この世に子供から死ぬ程努力した無能が居たとしよう..だがそんな奴でも15歳の剣も握った事の無い王女にすら勝てない。
一方的に蹂躙されるだけだ。
怒らせるだけ怒らせて..我慢できなくなった無能を殺す..いわば見せしめの為の決まりだ。
仕方が無い事だ..心は解っている..だが心の奥底が認めたくない。
大切にしてくれるならそれで良かった。
幸せにしてくれるなら、相手が僕じゃなくても良い..
だが....あんなのは聞きたくなかった。
僕にはどうにもできない。
1週間がたった..
ユリアはいつ見ても泣いていた。
嫌いな男の相手をして罵倒される日々、幸せなどある訳が無い。
そして僕は今日も家畜の様な扱いだ。
「あれが、セイルの末路なの? 私が結婚相手じゃなくて良かったわ」
「美少年も風呂にも入れないなら只の浮浪者だわ」
麻の服を着て、靴も無いそれがいまの僕だ。
後ろからいきなり蹴りが飛んできた。
「ミランダ..」
「なぁにその目は..ミランダ様じゃないの?」
「ミランダ様...」
「その反抗的な目が嫌いよ..」
いきなり、僕を殴りつける。
ミランダも昔、僕が好きだった筈だ..だが、子供の頃から一緒だったユリアを僕が選んだ。
だからなのか暇さえあれば僕に暴力を振るった。
「ごめんなさい」
「本当に良かったわ、貴方に選ばれていたらユリアになっていたんだから、本当に村長の息子と結婚できて幸せよ」
村長の息子は優しいし良い奴だ、トーマとは違う。
そして、ユリアが好きだった..僕とユリアがくっつかなければ..多分ユリアと結ばれた筈だ。
「良かったですね」
「ええ良かったわ..」
ミランダは僕に鎌を投げつけた..鎌が僕の足をかすめた。
「痛い」
「無能の癖に痛がるのね..本当になんでこんな家畜みたいな男を好きになっていたのか解らない」
僕がユリアを選ばなければ村長の息子と結婚して幸せだったんだ..僕がユリアを不幸にした.その事実が辛かった。
ユリアの顔に痣があった..多分、殴られたんだろう..目も腫れていた、泣いていたんだろうな..
「本当にお前は辛気臭い女だあれぐらいでメソメソしやがって..」
「ごめんなさい」
「原っぱで服脱がした位で暴れるんじゃねーよ..ただの冗談も解らねーのか..ばか女」
「ごめんなさい」
「それしかいえねーの..まぁ無能の女だったんだそんな物か」
「ごめんなさい」
ごめんねユリア..僕が君を好きになったから..
僕の仕事はまきを集める事と水を汲む事だけだ..無能だからそれ以外は何もさせて貰えない。
それと引きかえにささやかな食事を貰うだけだ。
見てられなかった..僕は走り出すと山に向った。
村の中には僕の居場所は無い..だから嫌な事があると僕は山に逃げ込んだ。
ここで花や虫、小動物を見るのが唯一の楽しみだった。
最近、珍しいハチの巣を見つけた。
ドラゴンビィー..頭がちょっと竜に似た蜂だ。
小さな体の癖に獰猛で小型の鳥すら倒すし..熊が襲ってきてもひるまない。
戦っている所は見た事は無いがまるで騎士か勇者だ。
(ドラゴンビィの様になりたい..)
そんな妄想を膨らましていた。
いや違う、ギルダーカマキリでも何でも良い..虫の様な勇気が欲しい。
無能に産まれる位なら..まだ虫の方が良かった。 本当にそう思った。
悲しい気分のまま僕はドラゴンビィの巣を見に来た。
悲しい時には此処を見に来た。
その勇ましい姿を見ると一時..嫌な事を忘れられる..
だが、この日は違っていた。
天敵のバグベアーに襲われていた。
ドラゴンビィは蜂にしては大きく6㎝ある。
だが、幾ら数が居ても蜂は熊には勝てない。
しかもバグベアーは天敵だ、その厚い皮は剣すら通らない..蜂じゃ勝てない。
みるみる数が減っていった。
ユリアも守れない..誰も守れない。
死んでも誰も困らない..無能だからだ。
僕は馬鹿な事を考えている..
僕が死ねば..バグベアーは僕を食べるだろう..そしたらハチミツや幼虫を取る事を辞めるだろう..それ以前に石をぶつけて走れば追いかけてくるかも知れない。 無能でも足は遅くない..逃げきれたら死なないかも知れない。
僕は石をぶつけた..よくやったもんだ。
そのまま走って逃げた、逃げて、逃げて逃げた..運よく逃げ切れた。
(良かった...僕でも頑張れば助ける事が出来たんだ..あれ..僕が逃げ切ったらバグベアーは..まさか)
ドラゴンビィの巣に戻ってきた..
「ああああああああああああああっ..僕は僕は..守れない..無能だから守れないんだ」
頭が割れそうな位痛み、悲しみが心からこみあげてきて、そのまま倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます