24JK

百雲美呪丸◎

一章

第1話「友達なんか要らない・意味がない」

 世には・人にはなにがあるかわからない。誰しも明日にも亡くなることもあるかもしれない。ことはそう大きい話じゃないんだけど、同級生の女の子が同い年じゃなかったんだけど……。


「へ、へー、24歳だったんだね。あ、いや……だったんですね」

「あ~ん、やめて~……。急に敬語だなんて寂しいわ~・傷つくわ~……」

「ご、ごめん」


 でも8歳も年上って知ってしまったら、ちょっとタメ口ききづらい……。

 香水、『お疲れさま』、ひとり暮らし、土鍋、『年の功』――点々が線でつながって像を結んだ。大人っぽいんじゃない・大人びてるんじゃない、大人だった。清楚なのにどこかエロいわけだ。一面真っ黄のひまわり畑に、一輪真っ赤なバラが咲いていた。そりゃ目も心も普通に奪われる。

 僕は学生証を・巡条さんは苦笑を返した。


「これでわかったでしょ~? 私、おばさんなの~」

「いやいや、おばさんじゃないよ、お姉さんですよ!」


 あ、敬語が勝手に・半端に……。慣れるまで時間ください・勘弁してください。

 それはともかく24でおばさんはない! 第一24ってわからなかった! 巡条さんは若い!


「いいえ~、16歳のみんなからすればもうおばさ~ん……」


 たとえば雪佐くんが小学2年生(8歳)の教室にいたら? ……絶対ついてけないですね。


「同じよ~。私からしたら16歳って元気いっぱいで~、負い目どころか老いを感じるわ~……」

「老いって……」


 おいおい。……これはおじさ~ん。


「本当に私のこと年増ってわからなかった~? 哀愁・加齢臭が漂ってな~い……?」

「ないに決まってるよ!」


 漂ってるのはぜんぜん妙齢の色気ですよ! いっつも隣すごいですよ、ムンムンですよ!


「あと数年でほうれい線がぴって入って~、黒川さんたちに言われたみたいにお乳も垂れて~、お肌もおててもカサカサになって~……顔中に小ジワができて声はしわがれちゃって~……」


 さすがに後半は言いすぎ・老け込みすぎ! ……でも前半は割と切実に・真実に聞こえた。


「とにかくそんなおばさんなの~。とくに隠していたわけじゃないけれど~……」


 確かに悟られまいと隠す気があったなら、香水してるとか『年の功』とかわざわざ言わない。まあ『お疲れさま』は素が・ボロが出たのかな。大人になると〝バイバイ〟がそうなるのかな。


「でね~、こんなおばさんだけれど~、再三になるけれど~……ふたりぼっち、いいの~?」


 答えは・心は決まってる。正直ビックリしたにはしたけど、24歳だからってどうもしない。


「いいに決まってるよですよ。さ、中学の勉強やろましょう。英語と数学、どっちやるします?」


 に、24歳だからってどうもしない! 僕は彼女と、巡条花恋さんと付き合いたいんだ――


        ◎


「雪佐拓真です、よろしくお願いします……。雪佐拓真です、よろしくお願いします……」


 馬鹿みたいに反復する・緊張する。なんかもう先にこそっと・しれっと座ってたいなぁ……。ここ(廊下)もなか(教室)も朝っぱらから騒々しい。比較的やんちゃクラスくさいなぁ……。

 高1の2学期、夏休み明けの今日、僕は転校してきた。今から朝のホームルームで自己紹介。こんなの見せしめだ・はずかしめだ……。こっちは別に名前も顔も覚えてくれなくたっていい。友達なんか要らない・意味がない。日常的に会う・感覚的に合う一時の同輩でしかないんだ。転校するまでもなくクラスが変わればはいおしまい。少なくとも僕は毎年リセットされてる。だから友人は不要・不毛だとしても――恋人は欲しい。ただひとりの女の子と仲よくなりたい。


「ねー、あれ誰ー? あんなのいたー?」

「さあ。なんかずっとブツブツ言ってるっしょ」

「マナたちチラチラ見てるしきもぉい。脚でも胸でもオトコって見てきすぎぃ」


 ……ああいうおそろしい・いやらしいギャルとは仲よくなりたくない。スカート短すぎる。そうも惜しげもあられもなかったらいやでも見てしまう。目に福――じゃない、毒だ・酷だ。

 鋭い・冷たい視線から逃れるように扉の脇に移動した。再度じっくり教室内に目を向ける。時計を見ればチャイムまで残り3分を切り、廊下と合わせてあらかた全員集まってると思う。品も遠慮もないギャルたちほどではないにせよ、夏休み明けでみんな焼けてる・浮かれてる。ぱっと見て大体1軍・2軍・3軍が男女ともわかった。さっきの3人はたぶん女子のトップ。

 でもそんな華やかな3ギャルを上回る――とびきりの美人が窓際の最後尾にいた。


「…………」


 すごい集中してペン走らせてて気になる・絵になる……。可憐というより華麗で大人っぽい。つやつや・さらさらの長髪は毛先のほうでシュシュでひとまとめに束ねてて左肩に流してる。眉も目尻もゆる~く下がってて、鼻はちょこんと控えめ・唇はぷるんと厚めで口の端にほくろ。至って清楚だけど内なる色気に満ち満ちて見える。おっとりしてて優しそう・やわらかそう。

 ……な、に、が?

 とか自問したところでチャイムが鳴った・みんなが散った。先生たちがきびきびやってくる。

 見とれてる場合じゃない、いよいよかぁ……。雪佐拓真です、よろしくお願いします……。

 僕のクラスの担任が来て言った。


「じゃあ雪佐くん、扉を開けたら入ってきてくれ」

「あ、はい……」


 どうせならもう一緒に入れてください……雑に「こいつ転校生なー」とかでいいんです……。

 閑散となった廊下で心臓をバクバクと待つこと数分――扉が開いた・時がきた。

 好奇の目を向けられてがちがちになってなかに入り、教壇のド真ん中に立たせられる。


「じゃあ自己紹介してくれるかな」


 人のよさそうな若いメガネの担任が温かく促す。


「せ、せせっさ、た……たくまです。よ、よよろしくお願いします」


 噛み噛みで情けない・いたたまれない……。まばらな拍手でまあ温かく迎えてくれた。


「じゃあ雪佐くん、席についてくれ。一番後ろのあそこだ」


 この教壇から見て右から2列目の最後尾、窓際美人さんの隣だった。……嬉しい。

 依然がちがちのままささっと席に向かい、そーっと椅子を引いた・腰を下ろした。


「じゃあそういうわけで今日から2学期がんばってくぞー。夏休みの宿題やってきたかー?」


 3ギャルのひとりが「やってなーい」と答え、目立ちたがり屋どもが担任と気安く話しだす。

 ……先生にタメ口きけるあの手の輩が理解できない。コミュ障の対極、いわばコミュ強か。

 そんなことより左隣から癒やしの凝視がひしひしと。思い違い――いいや、思い上がりかな。

 チラっと見てみたら目が合った・口角が上がった。


「ふふっ」


 ……普通にかわいい・かなわない。ニコっと・クスっと笑いかけてくれるとかもう惚れた。けど絶対怖い・強い彼氏がいるだろうなぁ……。いなかったとしても僕なんか無理だ・論外だ。

 近くで見たらますます大人っぽいというか色っぽくて、オーラが・フェロモンが真っピンク。誓って清楚だけどなんでかすごいエロい……。保育士さん・看護師さんみたいとでもいうか。

 気づけば担任は話し終えて出ていった。1時間目までのつかの間の休み時間もどきになる。

 右隣のまじめそうな男子が話しかけてきた。


「セッサくん、だっけ?」

「え? あ、うん」


 どこから来たのか・どうして来たのか聞いてくる。

 地方の田舎だ・親の転勤だ。東京は6年ぶり3度目だけど、人が・ビルが多いのなんのって。


「転校ばっかしてんのか?」


 前隣のチャラそうな男子が振り向いて言った。


「うん、まあ」

「そんなんでダチなんかできっか?」


 うん、できないよ・要らないよ。友達なんて長くても1年居合わせるだけの他人なんだから。大人に・職場になったらきっともっとそう。浅い・広い関係を現代は奨励、いや、強制する。僕は全校生徒が10人にも満たないようなド田舎の学校がうらやましい。万年固定メンバーだ。要するに不変で狭い・深いほうがいい。恋人というものはまさにそういう存在だと思ってる。


 たったひとり女の子が、彼女がいれば・できればいい。


        ◎

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