第6話「純粋な乙女天使」


 プリクラ機が並ぶ駅前デパートの9階の一角。ゲームセンターの横に備え付けられたその空間は俺にとってはとてつもなくアウェーだった。


 右に女子、左に女子、そして前にも後ろにも女子で、四方八方女子だらけ。調でつ可愛い天使こと椎名紗月とよく合っているとはいえ女子に対して態勢があるわけではない。


「あ~~マジ、分かる!! それだよね!」

「てか、よーせんって最近臭くね?」

「うわぁ、にしっちって野球部の新島と付き合ったのぉ」

「いいじゃん、そのくらい!!」


 とわんさかわんさか声が聞こえてどつかれないか心配になっていると隣にいる椎名さんがくすっと笑いだした。


「っ……ど、どうしてそんなにビクついてるのよっ」

「こ、怖いんですよっ……周りに女子ばっかりで」

「あらあら~~一番近くにいる女の子には目もくれないの?」

「……別にそう言うわけじゃないですよ。椎名さんは特別ですっ」

「と、とくべっ――――!?」


 おっと、なにやら自分で地雷を踏みにいった天使様がいるのですが……。というか可愛すぎかよ。


 頬真っ赤にして口元抑えてそっぽ向いているのがぐっと胸に来た。


「——」

「ま、まぁ⁉ 私くらいなら、あなt、和樹くんにとってはそうだろうけどねっ!」

「ツンデレにならないでくださいよ、せっかくの天使が台無しですよ?」

「別にツンデレじゃないわ! た、ただ……その……、はず、はずかしかった……ていうか」

「自分から墓穴掘りに行きませんでした?」

「う、うるさい……っ」

「まったく……あぁ、なんか今ので冷めちゃいました。変なプレッシャー無くなっちゃいましたよっ」

「……っ」


 やられてばかりも少しうざいのでやり返す様にいじわるに言うと真に受けてしまったのか椎名さんは涙目を見せた。


「えっ——ちょ」

「さ、さめない……でぇ……」


 おっと、今度は俺がヤバいぞ。


「いや、別にそう言う意味じゃないですって!」

「ほ、ほんとにぃ……?」

「あ、あぁ! そのき、緊張がなくなったってだけだから! ほんと、ほんとだ!」

「そうなの……?」

「もちろん!」


 涙目、上目遣い、そして普段よりも少し弱弱しい高い声。

 その三連コンボにやられそうになりながらも俺は上下に首を振る。


「——よかった、ぁ……」

「お、おう……大丈夫だから、ほんとにっ」

「もぅ、心配させないでよ……」

「いや、それは椎名さんが考えすぎだと……」

「むぅ……だって! 急に冷めるとか言い出すからてっきり嫌われたと……」

「ま、まぁ……それはすみません」

「気を付けてよ……」


 鼻水を啜りながら、ちゃっかりと俺の制服の袖をつんつんと引っ張る彼女。

 さすがのギャップに俺も耐えられそうにない。


「分かりましたって……」

「なら、いいわぁ」

「——椎名さん?」

「な、何よ?」

「なんか、買い被ってたかもしれないですね……俺」

「——?」


 俺がそう言うと椎名さんは涙目を擦りながら「はて?」と首を傾げる。


「いや、なんか椎名さんもちゃんと心配とかするんですねって」

「……そりゃ、人間だし」

「だってあんまり人に興味なさそうじゃないですか?」

「……それとこれとは違うわよ」


 俯いた表情で恥ずかしそうに頬を掻く姿を前に、きっとそうなのだろうと俺は知っていた。


 これまで1年間一緒にいて分かったことだが、彼女はただの乙女だと言うことだ。


 天使だとか、完璧美少女だとか——そんな異名に踊らされているのが椎名さんではない。


 みんなの前では演技して貫く姿も普段からみてるからこそ、二人でいるときはいじってもくるし、でもポンコツで可愛らしい。


 それに、そんな姿を俺にだけ見せてくれるのだから――俺はもっと前から知っている。


 ただ、無性にいじりたくなった。


「——そういう乙女なのところ、かわいいです」

「~~~~っ///」


 わざと近づいて耳元で呟くと肩をビクッと震わせて固まった。

 数秒ほど経ってから、前髪の間から俺の目をチラッと見つめてこう一言。


「——ばか」

「‼‼‼‼‼‼‼」


 プリクラなんかどうでもよくなって、俺は心の中でガッツポーズを掲げたのだった。


「プリクラ、とるわよ……」


 その後のプリクラで終始椎名さんが顔真っ赤な真顔だったのは————それもそれでいい思い出だと俺は思っている。


 

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