まな板な天使様に甘々に溶かされるだけの日常(G`sこえけん応募作)

藍坂イツキ

第1話「クールな天使様は俺にだけ甘々」


「————と思います。ご清聴ありがとうございました」


 5月の終わり。

 梅雨が始まり、天井に当たる雨音が体育館に響き渡り、どこか寂しい気分を醸し出す。


 いや、もちろん皆がそうではないのは確かだろう。


 人間観察が趣味である俺から見るに、これから始まる夏に思いを馳せているスポーツ部男子たちや花火大会で恋人と過ごすことを望んでいる文化部女子だっている。


 そんな十人十色の学校の中で、目立つ一人の女の子。


 学校の顔にして、学校のアイドル的存在。

 全校生徒、誰に聞いても皆口を揃えてこう言うのだ。


『天使様』


 と。


 天使様こと、名前を椎名紗月しいなさつき

 頭脳明晰、学業優秀、容姿端麗、そして文武両道。

 そんな言葉たちは全部彼女のために生まれてきたと言わんばかりと思うほどにすべてにおいて完璧な女子生徒。


 綺麗で輝く黒髪に、見るものすべてを虜にさせるほどに美しい眼。


 華奢で背も低く、胸は大きくはない。というよりも小さいほど。

 

 しかし、それがまた可愛らしさとクールさを醸し出していて何とも言えない雰囲気が男子も女子も虜にする。


 あからさまな色気はなく、ミステリアスな雰囲気がとても胸を擽るようなそんな天使様。もはや、堕天使とも言えよう。いや、小悪魔だろうか。


 そんな氷のお姫様であり、天使様である彼女は体育館の檀上から降りるとき。


 右手を広げて5を示す。

 左手で2を示す。


 そして最後に口を開けて「(あとで)」と一言。

 皆気づかないその合図の意味を知っているのは900人中俺だけ。意味は「このあと17時に2階の生徒会準備室で待ってる」


 ドキリと胸が高鳴り、俺は教室まで戻った。






 16時55分。

 早めに掃除を終わらせて俺は2階の生徒会準備室へ向かった。

 今日は何をするのだろうか、そんなわくわくを胸に秘めてノックをする。


「……」


 もちろん、中には誰もいない。

 いつも通り。


「おじゃまします……」


 ペコっと一礼して中に入り、なぜか置かれてある二人掛けのソファーに腰を落とす。


 そして、数分後。

 扉がガラガラと音を鳴らして、椎名さんが入ってきた。


「今日は早いわね……」

「い、いっつも遅いので今日はと思って」

「ありがとう」


 ニコッと微笑んで俺に綺麗な笑みを見せる。


「よいしょっと……私も隣いい?」

「あ、はいっ」

「ありがと」

「っていうか、その、椎名さん。ここは一応生徒会室なので僕に許可なんて取る必要ないじゃないですかっ……」

「何言ってるのよ。私はソファーじゃなくて、君の隣に座るんだから」

「……ど、どういうことだかさっぱり」

「馬鹿ね」

「うっ……」

「あら、喘ぎ声上げて……もしかして罵倒されたいのかしら?」

「そ、そういうわけじゃ……ただその、刺激が強いと言うか……その」

「その?」

「——っと、とにかく恥ずかしいので! なしでお願いしますっ」

「可愛いわね……まぁいいわ」


 ふふっと微笑む彼女にやられて俺は顔が熱くなった。

 視線を逸らして、数秒間ほど沈黙が続く。

 こうやって静かになると


 チクタクチクタク。


 と時を刻む掛け時計の音が鮮明に聞こえてくる。


 すると、椎名さんは少し俺の方に寄ってきて腰を再び下ろした。


「あ、あのっ、近いですけど……?」

「わざとよ……それにっ」


 ふぅっと息を耳元に吹きかけて、彼女は俺の腕をがっしりと掴んだ。

 柔らかい、ないはずの胸が少しだけむにゅっと当たって思わず声が出る。


「——あら、声なんか出しちゃって可愛いっ」

「し、椎名さんこそ……可愛いですよ」

「っ……な、なに」

「そういうところがですっ。いっつもクールなのに褒められると照れちゃうところとか……」

「だ、だって——嬉しいんだもの。君に褒められるのが……」


 そうして頬を赤らめる姿はとても可愛かった。

 ギャップ萌えとはこのことである。


 そして、そんな顔を隠す様に彼女は自分の膝をトントンと叩いてこう言った。


「今日も、する?」


 そう、この合図。

 

「——します」

「うん、きて……っ」


 俺は頷いて、すぐに身体を横にした。

 耳を椎名さんのスカートからはみ出る太ももに密着させて、にゅっと音が聞こえる。


 さわさわの腿に手を滑らせると——


「っぁ……さ、さわらないでよ……」

「だって、気持ちよさそうだから」

「肌には気を使ってるの……って、もうおしまい!」


 赤くなった椎名さんはすべすべな腿をムニムニと触っていた俺の手を剥がして、そのまま手を握った。


「こうしていると落ち着くから――」

「はい……俺もです」


 そんな甘い会話が繰り広げられるのは俺と彼女の日常。

 表では誰もが認める憧れの生徒会長と誰にも見られないクラスの地味な男子。

 

 しかし、そんな俺たちが織り成す日常はちょっと不思議で今日も甘い。


「添い寝、してみたいわね……」

「じゃあ、してみますか、今度?」

「いいの?」

「はいっ。したいなら、別にいいですよ」

「……そうね、それならさせてもらおうかしら」

「まぁ、はい……あと、なんで笑ってるんですか」

「楽しみだからよ?」

「……っそ、そうですか」


 こうして今日も揶揄ってくる彼女。


 抱き寄せる彼女の瞳がまぶたの裏に映る。

 想像できる景色に興奮しながらも、俺と天使様はいつも通り密会をしたのだった。

 


 




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