第6話 セールス歓迎、宗教の勧誘お断り!

 翌朝の朝食は再びのオニギーリ。昨日の昼食と同じだ。昨日も言ったがこれは手で持ってかぶりつくので食べやすくて良いな。美味美味。

 

 食事の後、私とアントニオは今日もカポエィラの練習だ。二日酔いのフランシスコはワカサ嬢に引きずられてジャンクの修理だ。そういえば昨日ワカサ嬢にフランシスコと一緒に怒られていたサブロウ殿の姿が見えない。彼も二日酔いだろうか?


 私たちは、昨日と同じ場所でヨシノ殿や、チカ殿から基本のステップや基本の技を習う。今日は地に手をついての蹴りを習った、間合いによって手を置く位置が非常に大切であることを学ぶ。ジパング武術のカポエィラは非常に奥が深いな。


 アントニオは自由練習の時に、昨日とは違い非常に低い回し蹴りの練習をしている。やはりフッチボウに生かすためだろう。なになに?地上すれすれにつま先がかするような高さの蹴り、そう地面に触れず地上にいる蟻だけを蹴る蹴り、それがフッチボウの球を足の甲でとらえるのに最適なようだと?さすがだな。


「名付けてChute de formigaシューチジフォルミーガ(蟻キック)」


 いい名前だと思うぞ。おや、それを聞いたヨシノ殿とチカ殿が体を震わせている。どうしたのだろう。


《気にしたら負けよ!チカ!》


《でも、でも、アントニオがアリキックって!》


《わ、悪気はないのよ、悪気は。くっ、侮れないわね、あのアントニオ》


 おや、カズマ殿、なにかな?ジパングの偉い高僧と、私たちとともにフッチボウを楽しんだ領主様が私とアントニオに面会を求めているというのか。フランシスコは船の修理にかかりきりだし、二人で行こうか。さすがに汗臭いまま会うのもなんだかな。ええ?こんなに早い時間でも風呂に入れるのか。それはかたじけない。遠慮なく入らせてもらおう。この時間で入浴できるとはとはなんという贅沢だ。アントニオもそう思うだろう?



《この島の領主であるタネガーシマ・サヒョウエノジョウ(種子島左兵衛尉)である》

 

 昨日は楽しませてもらいました。領主様と親しく交流を持つことができて光栄に思います。

 

《ショーニョ(証如)と申します。昨日はフッチボウを楽しく観戦させていただきました》

 

 こちらこそ、何分初めてで拙い試合でしたが、ご観戦ありがとうございました。はじめまして、アントニオ・ダ・モタです。どうぞ、よろしくお願い申し上げます。


 とても穏やかなたたずまいは、カソリックの高徳な司教のような感じだな。


 ところで、お名前にニョがつくのはポルトガル語に似ていますね。知り合いにロナウジーニョと呼ばれるロナウド氏がいるのですが。ショーニョ様のお名前もポルトガル語と関係が?ああ、ただの偶然ですか。親しみを込めて呼ぶ愛称的な意味はないんですか。ニョは「そのようである」というですか。これは失敬。余計なことを聞いてしまいました。さあ、では、お話を伺いましょう。


 ポルトガル人から見てジパングはどのように見えたかですと?そうですな、兵もよく訓練されている。銃の性能や技量、大型の火砲や槍花火という技術、軍事的には西洋と比べて勝るとも劣りませんな。もっともこの島での見聞ですから、規模的にどうなのかはなんとも言えませんが。ただ、一介の船乗りとしては正直言って敵対したくはありませんな。


 ああ、それに加えて酒も食事も美味いです。そう、食事は文句なしです。ウードンというスープ・パスタは絶品だったし、オニギーリやオコノーミヤキもバーベキューも素晴らしい。いや、酒に関してはおおむね良いのですが、死ぬほど不味い変な薬膳酒が一つありました。あれだけは二度と御免です。我々の中で飲めたのはフランシスコだけでした。全く愛の力は偉大です。


 先ほども参加させていただきましたが、カポエィラという独特の美しいダンスのような動きの武術も魅力的です。


 そしてなにより我々も試合をさせていただいた、あのフッチボウという競技!実に素晴らしい。その入門書の印刷の見事さにも脱帽です。ジパングには文化的にも我々ポルトガル人が学ぶべきものが沢山あるようです。

 

 ふむふむ。ジパングとしてはポルトガルと今後とも友誼を育んでいきたいということですな。よい話です。大いに結構なことではありませんか!ただし、あくまでも良き友人たちとのみ交流を保ちたいと。どういうことですかな?ふむ。ジパング国の『諸外国との交流についての法令』ですか。


*      *     *


一. ポルトガルなどを含む外国の軍事基地をジパング国内に築くことは認めない。敵対行為と見做して殲滅する。


二. 外国人がジパング人を奴隷として売買することを禁止する。ジパング人を誘拐した外国人は死罪。


三. キリスト教の個人的信仰は自由である。ただし、キリスト教宣教師の入国・上陸は原則認めない。緊急避難で上陸した場合であっても、現状ではキリスト教宣教師の布教は一切認めない。違反すれば重罪。


四. その他のジパングに対する犯罪行為についてはジパング国の法令・政治的判断にて裁決する。治外法権は一切認めない。


*      *      *


 まあ、一つ目は、二つ目、四つ目はわからないではありませんな。国家としては当然のこと。さすがに抜け目がございませんな。よく考えたものです。しかし、この三つ目は、どういう意味ですか?なるほど。その説明のためにもショーニョ様がお越しなのですね。


 ショーニョ様たちの彼の奉ずる仏教の宗派、浄土真宗は現在ジパングでは最も信者が多い最大の宗教団体の一つであると。ふむ。その教えは単純化すると、非常に慈悲深い阿弥陀仏という存在がいて、彼にすがる衆生は誰であれ天国に導くというものなのですか。私たちの信仰するところであるカソリックの教えに非常に似ていますな。私たちも救世主であるイエズス様を信ずる者が天国に行けるというのが教えの中核ですから。

 

 なになに、浄土真宗は僧侶の妻帯を認めているって?それではまるでプロテスタントの連中と同じですな。イエズス様を信じるキリスト教も考え方の違いで、大きく分けるとカソリックやプロテスタントやオーソドックスという宗派に分かれています。カソリックは教えを代表する教皇猊下がいるが、あとの宗派は教皇猊下とはいまや関係がないのです。

 

 私たちポルトガル人は、まずカソリックです。イスパニア人もそうです。私自身はそんなに真面目な信徒であるとは言えませんが。ピント様はどうかって?……そこは個人の内面にかかわる微妙な話ですが、カソリックであることは間違いないです。

 

 ほお、ジパングでも排他的な宗教、他の宗教の教えを認めぬ宗教は信者同士や宗教団体同士の争い、殺し合いを生んできたのですか。まるっきりヨーロッパと変わりませんな。ほう。ショーニョ様の宗派も、そのような排他的かつ過激で戦闘的な面が強かったのですか。意外、でもありませんな。人は信じるものを守るためと称していくらでも残酷になれるものであり、それに慣れるものですから。


 なになに、ジパングではそれは昔の話だと。太閤殿下、即ち前の関白?要は元宰相ですか、うん。その元宰相であるタカツカサ・フユノリ(鷹司冬芸)殿下が若い頃よりお父上ともども骨を折って、各宗派の平和的共存を実現させたというのですか。概ね、表立っては大きな宗教がらみの争いはなくなったと。ジパングには優れた政治家がいたのですね。その方は、今はなにをしておられるのですか?天皇陛下の相談役として特別な政務をなさっていると。なるほど。私のような者からしたら、雲の上の方でごさいますが、機会があれば是非一度お目にかかってお話を伺いたいものです。

 

《ブホォッ、ゴホッ、ゴホッ》

  

 大丈夫ですかカズマ殿!むせただけだから大丈夫?それなら、いいのですが。証如様も何を笑っているのですかな?不謹慎ですよ!


《こうなることも太閤殿下は見通していたのであろうのう》

 

《あの方はああ見えて照れ屋ですから人前で露骨にほめられるのが苦手なんですよ》

 

《それで、ここにいないのですか。逃げたのですか!》

 

《そうですね。あと、笑い上戸ですから大事な話の途中でつい笑い転げて大事な計画を自分でぶち壊すわけにもいかないとおっしゃっていました》

 

《やれやれ、つくづく難儀な性格のお方よのう》

 

《全くです。こんな大事な時に》


《まあまあ、私たちでやれることをやりましょう》

 

 ふむふむ。ともあれ、ジパングでは個人がどんな宗教を内心で信じておっても構わない、自宅なりで大人しく宗教行為をすることも構わない。そういう意味で宗教的自由があるというのですね。ただし、他の信仰や宗教をあからさまに否定する過激な宗教の布教は認めないということですか。そういった過激な宗教の指導者の入国は一切認めないと。


 つまりジパングはカソリックは過激であるから宣教師の入国は認めないということですか。え?違う?カソリックだけだなくプロテスタントも含めてキリスト教の宗教指導者すべての入国が禁止ですか。過激宗教指定はカソリックだけでなく、キリスト教すべてに適用されると。


 緊急避難というのは、ああ、漂流などで故意ではなく上陸した場合は人道的な見地で保護する例外となっているのですね。うーむ、その場合でも、上陸後ジパングで布教行為を行った場合、重罪に処すことになっているのですか。厳しいですね。漂流と偽証しての入国を避けるためにはどうしても必要だと。重罪とは死刑ですか?


 殉教者になったり、それを口実に外国との戦争になると困るからもっと巧妙にやるって?ジパングに住み続けるならば棄教を求めるし、棄教できなければ無理やり女物のドレスを着せてどぎつい化粧の入れ墨と額と頬にに裸婦像の入れ墨を施したうえで国外追放とする、ですか。それはひどい!どうもキリスト教については寛容ではないですな。

 

 寛容ではない者に対して寛容である理由はない、ですか。カソリックであれ、プロテスタントであれ魔女裁判やら異端審問やらをしているような野蛮な宗教をジパングで布教させるわけにはいかないと。


 魔女裁判や異端審問までご存知でしたか。なるほど。それはごもっともですね。ここだけの話、あれは、私どもから見ても野蛮極まりないでっちあげだと思っています。あれこそ、強欲のかたまりやからによる悪魔の所業でしょう。ええ、本当に。

 

 なんですと!寛容であるならば、他者の信仰を脅かさないならば、個人としてならカソリックでも、プロテスタントでも、オーソドックスでも、モリスコ(公的にイスラム教からカソリックに改宗した者とその子孫)でも、コンベルソ(公的にユダヤ教からキリスト教への改宗した者とその子孫)でも、ユダヤ人でも、イスラム教徒でも、白人でも、インド人でも、シャム人でも、マラッカ人でも、ルソン人でも、明人でも、黒人でも、新大陸のインディオでも歓迎すると。そうおっしゃるのですか!


 まさか、このタネガーシマでイスラム教徒はともかく、モリスコやコンベルソ、ユダヤ教徒や黒人、そして新大陸やインディオと言う単語を聞くとは思いませんでした。これは驚きました。

 

 ヨーロッパではジパング人は一人も見かけませんでしたが、極東にありながらショーニョ様やタネガーシマ様はかなり私たちの国の宗教事情に詳しいとみえます。どうしてそれほどにまでに私たちの宗教事情にお詳しいのですか?ディエゴやクリストヴァンからそこまで聞き出せたのでしょうか?

 

 それだけではないですって?明の海賊、マラッカやアユタヤの商人、インドのコルカタやゴアの商人、オスマンの商人、ヴェネチア商人と順繰りにたどって正当な対価を払って情報を求めれば、ヨーロッパのおおまかな事情はわかるというのですか。さすがですな。それも元宰相閣下の指示なのでしょうね。いや、これは実に驚きました。

 

 ピント様の名前が出てきたり、ピント様の宗教事情が話題になるというのもそういう情報網がジパングから伸びているということなのですね。でも、どうしてそこまでピント様にそこまでこだわるのですか?

 

 なるほど。ピント様のような大商人にイエズス会を金銭的に援助されては困るという訳ですか。イエズス会が豊かな財源を手に入れて日本で布教する機会を持つようなことはしてほしくないと。ふむふむ。


 ピント様が実に正義感が強く慈悲深い人物だということもわかっていると。神の愛に従って生きるべきカソリック教徒が、愛ではなく暴力で黒人やインディオを捕らえて奴隷として働かせていること、そして奴隷制度そのものが神の愛に反するのではないかと思っていることも理解していると。例の魔女裁判や異端審問をポルトガルでその目で見てきている私たちがカソリック教会の権威を人としては絶対視できないこともわかっていると。


 私たちがコンベルソであろうこともわかっているのですか。しかし、コンベルソである限り、母国ではけして報われることはなく、いつ魔女裁判や異端審問で迫害を受けるかわからないだろうと。魔女裁判や異端審問では訴えられた時点でもはや死は免れない。それが心配だと。


 ジパングの方たちはよきサマリア人のようですね、ご心配ありがとうございます。


 現在の不安定な身分では不安が高じて、ピント様が財産ほぼ全てをイエズス会に寄付してしまうことが心配だと。そして、神の慈愛に救済を求めて自ら修道士になってしまうのが心配だというのですか。たしかに、ピント様でしたらありえなくもないですね。あの方は非常に苦労なさいましたから、どこかに真実の神の愛があるのではないかと探している節があります。あるいはそうなるかも知れません。


 何ですと?もしピント様がイエズス会に入会したらジパングに来て布教するだろうって!でも、やがてイエズス会宣教師が他のアジアの国々や新世界でのように、布教に名を借りて私腹を肥やし、奴隷商人の片棒を担いでジパング人を誘拐して奴隷にする様に絶望して脱会するだろうと言うのですか。まるで、見てきたように話すのですね。それとも、預言者でもこのジパングにはいらっしゃるのですか?



Simスィン, exatamenteエザタメンチ.(はい、その通りです).」

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