第4話 少年

「何だろう、これ」



 砂の中から見た事の無い機械を見つける。

 放棄された様々な機械が埋没している砂の荒野で、僕は一人笑みを浮かべていた。


 子供の頃から機械弄りだけが生きがいだった。

 使い方の分からない機械を修理し、理解していく度に昔の人々が積み上げた重みを知る事が出来た。


 今は修理した機械を商いにして生活を続けている。



「……」



 夜になると独り空を見上げていた。

 直した小型のラジオを相棒に速い雲の流れに月を探す。


 ジジジジ……。


 ラジオの砂嵐を聞いていると落ち着く。

 この世界に生き残っている人なんてほとんど居なくて、ラジオなんて誰も使っていなくて。


 そんな現実に納得を覚えられるからだ。



「さて、今日の周波数はっと」



 ずっと聞いているとラジオの砂嵐にも違いがある事が分かる。

 何となくそんな気がするだけかも知れないけれど。


 周波数を弄って一番耳に馴染むノイズを探す。

 さながら、自身の周波数を合わせるかのようだった。



『……凄いですね!』



 体がビクッと跳ね上がった。

 ラジオから人の声が響いたからだ。



「嘘だろ……」



 まだ放送しているラジオがあるなんて。



『では、次の御便りです!』



 女性の声?



『親友の話なのですが、ラーメンとライスだと両方炭水化物だろってケチをつけてきたんです。なのにそいつ、お好み焼きでライスを食べていたんです。だからそれはおかしいだろって言ったら、お好み焼きは良いんだよって言われました。何だか納得できませんメッセンジャーさんはどう思いますか?』


『なるほど、どちらでもよいと思います!』



「くふっ……」



 上げて落とす様な切れ味に思わず笑ってしまった。



『では本日はここまでです!』



 暫く聞いていたラジオは夜も更けた頃。

 締めの言葉と共に終了する。



『私の言葉と皆さんの想い、ちゃんと届きましたか?』



 そう言った声の、震えた様な哀愁が酷く耳に残った。



『届いていたら良いなぁ……』



 まるで自分以外誰も居ない一人ぼっちの世界に居る様な。

 そんな風に聞こえたからだ。






 それからラジオを聴く事が日課になっていた。


 声の主は先絵トドクさんと言うらしい。

 彼女は昔の人が残したと思われる便りを詠み上げていた。


 時に楽しそうに、時に愉快そうに、時に寂しそうに言葉を紡いでいた。

 その為だろうか、もう居ない人々が今も生きている様に感じられた。


 気付けば仕事の時でも、食事の時でも、トイレの時だって欠かさずに聴き続けていた。



『春巻と腹巻って惜しいですよね?』


『はい、凄く惜しいと思います!!』



 先絵さんの声が好きだった。



『夜中に月を見ながら恰好をつけてたら、近所の人に見られました』


『きっと輝いて見えたんですね!』



 先絵さんの性格が好きだった。



『糖分が悔い改めてくれません』


『ふふ、甘いものが御好きなのですね!』



 先絵さんの事が好きだった……。


 これが恋というモノかと、自分に驚く。

 けれど同時に胸が温かくなる様な心地良さを覚えた。







 ある日の夜。



『私には好きな人が居ます』



 ドキッと心臓が跳ねる音がする。

 食事の準備も止めて、ラジオに耳を澄ました。



『まだ気持ちは胸に秘めていますが、最近こんな事がありました。いつも明るく会話してくれる人なのですが、別の人といる時も変わらない様に楽しそうに笑っていました。後日その人に声を掛けられた時、私はついつれない態度を取ってしまったんです。本当は私もあの人と一緒に笑いあいたいのに……。嫉妬していると自覚はできるのですが思い通りになりません。何かアドバイスお願いできないでしょうか』


『恋の御悩みですね、私的にも特に難しい話です。やはり想いを伝えるしか無いのでしょうか。ですがそれが難しいから悩んでいるんですよね。むむむ……』



 ラジオから聞こえる声は悩んだ後に答えを出す。



『自分の気持ち、心の奥の方の感情に向き合うしかないのかも知れません』



 自分の心と向き合う……?



『本当はどうしたいか、そう問い続けるしかないのかも知れません』



 本当はどうしたいか……。



『いつかその御辛い気持ちが、特別で大切な思い出に変わると私は信じたいです!』



 その言葉を聞いて自分の胸に手を当ててみる。


 先絵さんの話を聞いていると、毎日がより楽しくなった。

 仕事をして、精一杯生きて、同時に元気を貰っている。


 そんな充実した日々を送っている。


 だけど、だからこそ思ってしまう。

 これから先もずっと独りは寂しいなって、怖いなって思う。


 僕が自分の心と向き合った時に。


 迷いなく思えた。

 あの人に、先絵さんに会いに行こう。


 そう、思えたんだ。








 かつてバイクと呼ばれていたクルマを走らせる。


 今や走る機械は全てクルマと呼ばれていた。

 違いを気にする人自体がもう少なくなってしまったのだ。


 彷徨うこと数カ月。


 僕はとにかく西に向かっていた。

 彼女が居る場所が分かった訳ではない。


 大体の感覚だけでクルマを走らせる。

 かと言って宛てがない訳でもない。


 ラジオを色んな角度から遮蔽物に近づけてノイズが発生する方向を確認する。

 聞こえにくい方向は即ち電波を受信している方角と結論付けた。


 近くに集落でも見つけられれば場所を知っている人も居るかも知れない。

 思い返してみれば完全に勢いだけだった。






 一人旅は寂しくなかった。


 先絵さんのラジオが流れている間はむしろ心が安らぐ程だ。

 それに途中で集落を見つけては集めた機械で行商をしたりする。


 下手な人生よりは人と関わっている気がした。

 残念ながら先絵さんの居場所を知っている人は居なかったけれど。



「しかし琵琶湖オアシスは凄かったなぁ」



 あそこまで大きな水源が残っているとは。

 まだまだ人は少ないが、いずれ大きな街になるかも知れない。


 途中、心配だったのは燃料と食料だった。


 用意した分にも限りはある。

 最悪、野垂れ死ぬ事もあるだろう。


 旅をする中で、砂に埋もれたクルマを見つける事がある。

 そういう時のほとんどが旅人の死体と一緒だった。


 僕もいつかこうなるのだろうか。



「うわっ!?」



 急な横風に吹き飛ばされそうになる。

 この辺りは特に風が強いようだ。


 バイクを起こしながら前方を睨みつけた。



「……!」



 ふと揺らめく砂塵の上に、何かの建物を見つける。

 慌ててバイクを走らせると、段々と造形が鮮明になってきた。


 何か柱の様な大きな物が2つ並んでそびえている。

 まるで噂に聞いた古代遺物かといった趣きだった。







 近づいてみると柱に併設する様に三階建ての建物がそびえていた。

 バイクを止めると建物に近づいてみる。


 透明の窓から中が見える。

 陽が当たっていないから内部は陰になっていた。


 取り合えず入ってみるとしよう、外よりは涼しければ良いのだが。


 一つ目のドアを開けて中に入ってみる。

 ひんやりとした空気が漂ってきた。


 砂避けなのか、入ってすぐに二つ目のドアがあった。

 涼しさに急かされた様に慌ててドアを開ける。



「きゃっ」


「えっ!?」



 不意に人の声が聞こえて驚いた。



「ご、ごめんなさい勝手に入ってきて」



 姿も見ずに先に頭を下げる。



「い、いえ、こちらこそ驚かせてしまって申し訳ありません」



 女性の声だった、何処か”聞き覚え”のあるような気がする。

 顔を上げると女性に向き直った。


 彼女は少し派手な髪色をしているが落ち着いた印象を覚えた。

 それなのに幼さも残る様な何処か不思議な顔立ちだった。


 服装は見慣れない形状をしていた。



「えっと……、僕はリオって言うんだけど。君はここで何をしているの?」



 変な事を言ってしまった。

 ここに立ち寄ったのは僕の方なのに。



「初めましてリオさん。私は、ここでラジオの放送をしています」



 ラジオ?

 その瞬間、全てが繋がった。


 心臓が跳ねる音がする。

 目の前に居るのは、先絵さんだ。


 ずっと憧れて会いたいと思っていた人。

 大切に想い続けてきた人。


 その顔を目に焼き付ける。

 とても美しいと思った。



「……」



 僕の視線に気づいたのか。

 先絵さんはニコッと笑みを浮かべる。


 その笑みはとても可愛らしくて。

 傍に居たいと思ってしまう。


 元々その為にここまで来たのだ。



「そう言えば、まだ自己紹介をしていませんでしたね」



 だから、その気持ちに迷いは無い。

 はずだったのに。



「初めましてマイマザー。私は自律思考AI搭載の人型人形SAKI-A10109、個体識別名”先絵トドク”と申します」



 先絵さんはスカートの裾を掴むと、優雅に御辞儀をする。



「……ぇ」



 言葉の意味を上手く呑み込めない。



「ど、どういう意味……?」



 口を突いて出てしまう。



「私を生み出してくれた人類は、私にとってはマザーですから」



 違う、そんな事を聞いたんじゃない。



「冗談、ですよね……?」



 先絵さんは首を横に振ると、右手を上げる。

 其処には削れてしまった様な傷痕があり、息を飲んだ。



「私はマイマザーから生み出された人型人形に相違ございません」



 腕の傷痕から覗くのは機械の部品。

 僕が見間違うはずは無かった。



「……ぁ」



 言葉も出ない。

 人型人形? 機械だって?


 そんな、馬鹿馬鹿しい話……。



「リオさん? どうかされましたか?」



 心配そうにこちらを見つめる眼差し。

 透き通るような綺麗な瞳。


 見れば見るほど人間にしか思えなくて、気分が悪くなってしまった。



「ご、ごめんなさい……。一人にして貰って良いですか……」


「……はい。宜しければ二階の個室をお使い下さい!」


「ごめんなさい……」



 階段を上りながら思う。


 勝手にやってきて一人にさせてくれとか。

 自分勝手過ぎて、死にたくなってくる。


 だけどそんな事を気にする余裕は無くて。


 先絵さんが本当に機械だと言うのならば。

 僕はここまで何の為に旅をしてきたのだろうか。


 何の為に……。


 其処で初めて気付いた。

 彼女の存在は、僕がこの世界で生きる希望だったのだ。


 いつの間にか、希望そのものになっていたのだ……。






 個室は立派な物だった。

 恐らく前時代の遺物だろう、それも凄く貴重な。


 だけど何の感慨も湧かなかった。

 自分の心が分かたれてしまった様でフワフワとする。


 何も考えたくない……。


 近くの寝具に体を預ける。

 柔らかい。


 それだけは理解できた。

 もう何も……。

 何も……。








 目が醒めると、朝が来ていた。

 寝惚けた眼で周囲を見渡す。


 涼しくて静かで、有り得ないほど快適な環境が教えてくれる。

 夢なんかじゃないという事を。


 昨日の事を思い出す。

 僕はどうするべきなのだろうか。


 また旅に出る?

 何の為に?

 目指していた場所はここなのに。


 手元のラジオをつけてみる。


 ジジジジッ……。

 周波数を弄る。

 手慣れた動きでいつもの周波数へと合わせた。



『凄いですね!』



 ビクッと体が跳ねた。

 それは初めてラジオを聞いた時と同じ言葉だった。


 結局何の話かは分からないけれど。

 でも、何の話か分からないからこそ都合の良い様に解釈する。


 まるで僕に言ってくれた様に思う。


 考えてみればここまで良くこれたものだと。

 自分を褒めたい。



「凄いな……」



 言葉にしてみると少しだけ力が漲ってきた。

 そのまま先絵さんのラジオに耳を傾ける。



『猫とチンチラが仲良く寝ている姿は微笑ましかったです。やっぱり猫にたくさん餌をあげるのが大事ですね!!』


『チンチラさんにもたくさん食べさせてあげてください!?』



「くすっ……」



 たまに知らない生き物の話が出たとしても、何となく想像して笑ってしまう。

 知らない人も見捨てないという事を僕は知っていた。



『逆上がりが出来る様になった娘を見ていると、涙が出てきてしまって。これから先が思いやられると二人で話しています』


『花嫁姿を見た時の練習を今から始めないとですね!』



「ははっ……」



 ただの自慢話だって、楽しそうに語ってくれる。

 人に寄り添う様に言葉を紡ぐ事を僕は知っていた。



『私は逆上がりした事は無いのですが、きっと腕とか外れちゃって大変な事になります!!』



「きひひ、それはズルいだろ……」



 僕はもう知っている。

 彼女が機械人形だという事を。


 寝起きの真っ新な心が思い出したのは、最初の気持ちだった。


 ただ単純に、面白くて楽しく可笑しくなって。

 ラジオを聞いている、そんな事が堪らなく愛おしくて。


 それだけだったんだ。


 その時の気持ちは嘘じゃない。

 恋より先に確かに存在していた。



『時間が来たのでここまでです』



 先絵さんは少し間を置いて呟く。



『……私の言葉と皆さんの想い、ちゃんと届きましたか?』



「ちゃんと届いていたんだ……、今更気が付いたよ」



 先絵さんが好きだったからラジオを聴いていたんじゃない。

 先絵さんのラジオが楽しかったから聴いていたんだ。


 其処には大きな違いがあった。


 ラジオの電源を切ると、窓の外を見る。

 見えるのは陽の光と砂の嵐。


 見慣れた景色を見慣れない場所で見る。

 今の僕の心そのものだった。






 少しして部屋のドアをコンコンと叩く音が響いた。



「どうぞ」



 佇まいを正すと、返事をした。



「おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」


「うん、お陰様で」


「良かったです!」



 そんな些細な事で嬉しそうに笑みを浮かべる。

 その姿が酷く胸を打つのだった。



「少し御話宜しいでしょうか?」



 先絵さんは躊躇う様なそぶりで、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 僕は首を傾げながら話を聞いてみる。



「実は……」





 どうやら先絵さんはラジオが正常に作動しているのかが気になっているらしい。

 持っているラジオを使えばすぐに証明できる事ではあるが……。


 それは止めておいた。

 僕の心を整理するのに必要な事だったのだろう。


 何か別の方法は無いかと建物一階の放送機材を確認していく。


 この辺りがそれっぽいか……?

 見た事ない機械だったが、何となく意図を察して目星を付ける。


 機械掘り師の勘といった所だ。



 先絵さんの放送が始まった時に改めて確認する。


 手元の機材から音声が流れ始めた。

 このままにしておこうか、誰かがここに来た時にラジオが聞こえた方が都合が良いだろう。


 僕は手で丸を作って先絵さんに合図した。

 それを見た時、凄く嬉しそうな笑みを浮かべる彼女。


 まるで人みたいじゃないか……。






「ここからちゃんと音声が出ていました。ラジオは正常に機能していますよ」


「……良かったぁ」



 嬉しそうに笑った顔に胸がざわつく。

 僕は気持ちを隠す様に言葉を紡いだ。



「聴いていてくれる人が居ると良いですね」


「はい!」



 先絵さんは元気に返事をした。

 その両手をグッと胸元で構えた姿が、凄く可愛くて困る。


 ……参ったな。



「あー、そうだ。何か困った事とかない?」



 今度は気恥ずかしさを隠す様に僕は呟いた。



「いえ、私は不自由なく暮らせております。ただ……」


「ただ?」


「御客様であるリオさんに何の御持て成しもできないのが心苦しいです」


「そんな事、気にしなくていいのに」


「ですが、マザーに会うのは本当に久しぶりですので!」


「そうなんだ。どれぐらいぶりなの?」



 ふと気になったので気軽に訊ねてみた。



「正確な日数はカウントできませんでしたので、年数に置き換えますと」



 それを、酷く申し訳なく思う。



「103年ぶりの御客様になります!」



 先絵さんは変わらぬ笑みで言った。



「……」



 この人は、何でそんな事を当り前みたいに……。



「リオさん?」


「あぁ、ごめん……」



 過去に起こったという大災害で人類の相当数は死滅してしまった。


 それからの長い年月、少しずつ人が増え始めているのを実感している。

 でも、まだまだ全然足りない。


 この人の元に人が歩み寄れる時代には、まだ人は少なすぎる。

 人が増えて繁栄していかなければ、彼女は独りぼっちのままだ。


 けどそれはあまり遠い年月が必要で、逆に人類が絶滅してしまう可能性だってある。

 ならば今の僕に何ができるだろう……。






「やっぱり水は出ないか」



 水道を弄ってみるが反応は無い。

 水が出るのならば暫くここに居る事も考えられたが、都合よくはいかないものだ。



「となるとトイレは封鎖しておいた方が良いね、誰かが来た時に病気になるかも」


「それは大事です!? 慌てて封鎖してきます!!」


「いや、慌てなくても……ははっ」



 ちょっと可笑しくなって笑ってしまった。


 僕はできる事を探して建物の中を見て回った。

 せめてもの宿代といったところだ。


 高度な文明の時代の遺物である建物は未知に溢れていた。

 三階にあった自家発電の機械などは特にだ。



「これは……?」


「猫型人形さんです!」



 二階のベッドに寝転がっていた猫の機械に触れる。

 見た目は綺麗なままだ、先絵さんが手入れしていたのだろうか。



「ふむふむ、ここがこうなって」



 充電する方法を探して起動してみる。



「んーなぉ」


「わぁ! 猫型人形さんが生き返りました!」



 表現がいちいち面白い。



「んーなぉ」


「御名前でしょうか、宜しく御願いしますねンーナさん!!」


「んーなぉ!」



 心なしか猫型人形のンーナさんも嬉しそうだった。






 夜になってラジオの休憩時間中。

 僕は数少ない保存食を食べていた。


 先絵さんはその様子を微笑みながら眺めてくる。

 ……ちょっと恥ずかしい。



「先絵さんは食事をしないんですよね」


「そうですね。ですが夜間は充電の為にラジオも御休みしております」


「良いと思うよ、夜中は皆寝てるだろうし」


「一緒ですね! 私もスリープモードに入っていますので!」



 スリープモードはよく分からないけど、きっと同じなのだろう。



「……」


「……」



 二人揃って黙り込んでしまった。

 だけど気まずい感じは無い。


 それは先絵さんが人間では無いから?

 違うか、僕が心を許しているからだろう。



「ラジオはいつからしているんですか」



 ふと思い付いた疑問を投げかけてみる。



「日数に換算致しますと、8192日前からでしょうか」


「二十年以上前から!?」


「はい。もっと早く始めておけば良かったですね」


「それまでは何をしていたの?」


「一日に二度の御掃除をしていました、後はほとんどジッとしていましたね。あ、外を流れる砂の風を数えたりはしていましたよ!!」


「うわぁ……」



 自慢気に言った内容に思わず声が漏れてしまった。


 この建物の中で、延々と独りで過ごす日々。

 あまりにも寂しい話に思えた。


 それなのに今は、他者を慈しむ様にラジオに言葉を紡いでいる。



「私の言葉と皆さんの想い、ちゃんと届いているのでしょうか……」



 ふと、不安そうに先絵さんが言った。


 ラジオが正常に動いていたとしても、それを受け取る側の問題は続く。


 仮にラジオを持っていたとして、仮にラジオを点けたとして。

 それでもあの周波数に合わせなければ出会えない。


 その巡り合いは、奇跡の様に思える。

 ただ、それは起こり得る奇跡だと。


 何よりも僕が知っていた。

 だからそれだけは伝えておこうと思う。



「きっと届いているよ」



 ちゃんと届いていたと想いを込めて。



「そうだったら、嬉しいなぁ」



 先絵さんは祈るような薄い笑みを浮かべた。


 その姿がとても愛おしく映る。

 このまま傍に居たいと思ってしまう。





 夜のラジオを放送し始める時間が来た。

 僕は放送室に向かう先絵さんを見送った。



『皆さんこんばんは、先絵トドクです!』



 先絵さんは自分の意思を持っている。

 ちゃんと想いを持っているんだ。


 機械人形だっていい。

 僕が好きになったのは、その心なのだから。



「……」



 そう、言ってしまいたかった。

 けれど、それは僕の我儘でしかない。


 僕はずっと一緒にいられる訳じゃない。

 ここに水源は無くて、人が長時間とどまる事はできない。


 だからこの先も、あの人はずっと独りぼっちなんだ。



『なんと! そんな事があったんですね!!』



 それなのに幸せそうに詠ってくれている。

 その姿に胸が熱くなった。


 きっと”勘違い”だった恋心だけど。

 絶対に”間違い”では無かった。


 彼女に会いに来て良かったと、ちゃんと思っている。






 次の日が来て、僕は旅立つ事を決めた。



「じゃあ行きます」


「はい、リオさん。また御会いしましょう!」



 笑顔を向けてくれる先絵さんに。

 僕は全力の笑みを返す。





 バイクに乗り込むとラジオをつけた。

 やがて時間が来ると穏やかで優しい声が流れ始める。


 一つ決めた事がある。

 この枯れた世界で、過去を詠う一人ぼっちの彼女を永遠の独りにはしない。


 まだ世界の何処かに先絵さんと同じ機械人形が残っているかも知れない。

 それを探し出す、そう決めたんだ。


 これも僕の我儘だけど。



「こっちの我儘は心が軽いなぁ」



 言葉にしてみると、羽の様に軽やかだ。

 素敵な初恋だったと、笑みを浮かべるのだった。


 彼女の名前を数えるまでに、必ず。

 そう誓った晴れ渡る日差しの中、目の前に広がる全てが輝いて見えていた。



『では次の御便りです!』

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