第29話 罠

 気づけば太陽が傾き始めていた。いよいよ今日が終わるのを感じて、少し寂しくなる。


 アキくんがピッキングで扉を施錠したのを見届けて、私たちは早足で部屋に戻った。

 なるほど。アキくんがずっと椿の間にいたのはそのためだったのだ。アキくんはメッセージアプリでいろいろを知らされていたらしい。私も早くスマホ欲しいな。



「今頃、一条たちは蔵で潜伏しているころだよ。ビデオ通話をセットしてるから、ぼくたちはそれで現場を確認できるよ」



 なんでも、私たちは保険なんだって。もし危なくなりそうになったら、大人の人や警察に連絡する役とのことだ。

 ただぼうと颯馬くんたちの帰りを待ってるだけじゃないって知って、私はうんとやる気になった。



「気軽にパスワードを教えてくれたかと思えばコレ、今回のためにわざわざ新しく買った専用パソコンなんだ……お金持ちこわ」



 パソコンを立ち上げているアキくんをしり目に、私はもう一度眼鏡をはずした。

 どんな事態にも備えられるように、万全な状態で臨みたかったからだ。


 ついでに寄木細工の付喪神の様子を確認する。

 事件の行方に立ち会わさせたかったが、残念ながら彼女は深い眠りについていた。半ば寄木細工と同化するように目を閉じており、とても起きれそうな状態じゃない。



(いつかこの子が目覚めたときに、いいお知らせを聞かせてあげられるように頑張ろう!)



 ポーチから飴玉を取り出して、中にお供えしておく。少しでも早く元気になってくれればいいなと思いながら。

 ちなみに、中の鍵はすでに颯馬くんが保管している。全部終わったら両親と相談するつもりらしい。



「あっ、葵さんが蔵に現れたよ!」



 私は急いでパソコンに駆け寄った。

 するとそこには、懐中電灯を片手に蔵の扉を開ける葵さんが映っていた。電気をつけないのは、後ろめたいことをしようとしているからだ。



(本当に、来ちゃった……)



 颯馬くんたちがどこに潜んでいるかは分からないが、葵さんの姿はばっちりとカメラに写っている。桜二くんが想定した通りの動きなんだろう。

 その必要はないのに、私とアキくんは緊張のあまり息をひそめてしまう。



「白鳥のやろう、横じゃなくて偽物の真後ろにカメラセットしたのか」



 なるほど、どうりで葵さんがまっすぐカメラの方に向かってくると思ったよ。

 再び画面に目を向けると、葵さんは少し歩調を速めていた。懐中電灯の光がまっすぐこっちに向けられているから、きっと寄木細工に気付いたんだろう。



「ふふ、やっと見つけたわ。あの子たちのおかげでここの鍵が開いたようなものだし、あとでデザートでも出しておきましょうか」



 押し殺したような笑い声をこぼしながら、楽しくてたまらない顔を浮かべた葵さんは手をこちらに伸ばす。



「これで別邸のお宝は全部私のもの。後で遺言状でも捏造して、千代さんが売ったということにすれば誰も気づかないわ。……そうだ、遺言状は寄木細工の中に入れて坊ちゃんにお渡ししましょう。あんなに必死に探していたものね。くすくす」



 昼間に見た無感情な感じと全く違う表情に驚いてると、カメラがふわっと浮いた。



「えっ、カメラに気付いた!?」

「……いや、違うね。あいつ、小型カメラを偽物に埋め込んだんだ!」



 頭の中で桜二くんがぱちりとウインクした。

 なんというか、桜二くんも颯馬くんに負けないほど突き進む時があるよね……。



「え、軽い……ッ!?」



 葵さんが怪訝そうに偽物を見た瞬間、パッと蔵の電気がついた。



「……葵さん」

「!坊ちゃん!」



 電気をつけたのは颯馬らしい。葵さんにさえぎられているせいで姿は見えないが、電気スイッチの場所を考えると、颯馬くんは入り口をふさぐように立っているのだろう。



「オレもいるよ。やっぱり、動画をとるなら高いところだよね」



 トントンと階段を下りる音がする。桜二くんは二階に隠れて撮影していたらしい。



「あ、あら。二人とも、いらしたら電気をつければよろしいのに。目を悪くしますよ」

「電気つけてたら葵さんは来なかっただろ?」



 葵さんは口ごもり、そして桜二くんを見て顔をひきつらせた。



「その手に持っているのは」

「カメラだよ。暗視できるやつ」

「……あら、その程度で警察は動きませんよ」



 もう言い訳をしても仕方ないと見たのか、葵さんはどうやってその場から逃げる方法を考えることにしたようだ。



「これだけだとそうかもね」

「そもそも、私は戸締りの確認に来ただけです。貴方たちが閉め忘れないよう、」

「戸締りの確認なのに、懐中電灯を持ってきたんだ。太陽はまだ出てるのに?」

「念の為、」

「ねえ、葵さん。手元の寄木細工、ちゃんと見てみなよ」



 弾かれたようにカメラこちらを見る葵さん。その瞳はみるみるうちに驚愕に見開かれ――



『助けて!助けて!』

『どうしよう、どうしよう!』



 同時に、たくさんの声が私の耳に届いた。

 切羽詰まったようなその声は、朝に会った付喪神たちだ。その先頭にいるのはあの金色の鳥で、私の姿を見た瞬間一直線に突っ込んできた。



『あの女、蔵を燃やすつもりだわ!助けて、あそこにいる仲間がみんな消えてしまう!』



 その言葉を理解した瞬間、私は頭が真っ白になった。


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