第15話 一条家へ

 一条くんの家は、まるで大河ドラマに出てくるような日本家屋の大御殿だった。

 果てが見えないほど長い塀に囲まれた内側にはたくさんの建物があり、庭の池では錦鯉が優雅に泳いでいる。



「ちゃんと案内してやりたかったんだけど、今日大広間の方がバタバタしてて」

「どうりで人の出入りが多いわけだ。観光地かと思ったよ」



 アキくんの言う通り、さっきから何人ものスーツを着た大人たちが出入りしている。

 中には着物を着ている人もいたけど、みんな早足で移動していて忙しそうだ。



「ここ一か月ずっとこんな感じなんだ」

「確か、ひいおじいちゃんの別邸の鍵が見つからないんだっけ」



 顎に手を当てて言ったそう白鳥くんに、アキくんは嫌そうな顔をした。



「うげ、物なくしすぎでしょ」

「ああ。大事なものがしまわれているらしくて、おかげで親戚も巻き込んだ大捜索が始まってる。父さんもその関係で出かけてるんだ」



 それは……寄木細工が見つからないわけだ。

 一条くんは大人たちが寄木細工を探すのを諦めたっていっていたけど、鍵の方が大事だったからじゃないのかな。



(そうだとしても、寄木細工を諦めるにならないけどね!どっちも大切なものなんだから、一緒に探せばいいのに)



 そのせいで私は女子ににらまれたんだぞ。

 ここ一週間のことを思い出して、少し八つ当たりをしてしまう。



「大人はみんな気が立ってるから、このまま蔵に直行するつもりだ。ちゃんともてなせなくて悪い」

「大丈夫!気持ちだけで十分だから!」



 むしろ助かった。こんな立派なお屋敷の広間でゆっくりなんて、できるわけもない。

 作法もよくわからないし、何より不相応すぎて緊張する。



「ひいばあちゃんの部屋と蔵は奥だ」



 一条くんに案内されるまま、私たちは進んでいく。

 白鳥くんはなれた様子だったけど、私とアキくんは言葉を失って呆然とあたりを見回している。友達の家というよりは文化遺産を見学している気持ちになって、足を止めずに付いていくのが精いっぱいだった。



「ここ、眼鏡外したらそこら中に居そう・・・だね」

「家自体も古いから、そこの柱とかにもいると思う」



 というか、この屋敷自体が付喪神になってる、かも。

 上手く言えないけど、屋敷に入った時から空気が違う。直感的に居るって思わされたというか。



「――坊ちゃん」



 パッと顔を上げると、そこには着物の上にエプロンを着た女性がいた。黒い髪はきっちり後ろでお団子にしていて、私のお母さんより少し年上だと思う。使用人というより、女中さんという言葉が似合う人だ。

 彼女は私たちの進路を遮るように立っていた。



「あ、あおいさん」

「おかえりなさいませ。桜二様も、よくいらっしゃいました」



 葵さんと呼ばれたその人はお辞儀をすると、私とアキくんの方を見た。

 にらまれる、というほど鋭くないが、どこか冷たいまなざしだ。



「そちらの方たちは」

「俺の友達だ。二人とも骨董品とかが好きだから誘ったんだ。父さんたちには言ってある」

「……そうでしたか。坊ちゃんの大事なお客様とは知らず、失礼しました」



 淡々とした感じで、葵さんはもう一度頭を下げた。



「ところで、この先は千代様のお部屋になりますが」



 そっちに行ってほしくないっていう本心が聞こえてきそうだ。

 でも、一条くんはまるで気にしてないように笑った。



「俺が無くなった寄木細工の話をしたら、こいつらも手伝うって言ってくれたんだ。秋兎……特に雪乃はそういうのに詳しいから、これでも見つからなかったら諦めるつもりだよ」



 ダメと言われたから追い返されるとは思わないけど、なんとなくドキドキしながら葵さんの言葉を待つ。



「さようでしたか。母屋の蔵の方がきれいで見やすいかと思って提案したのですが、要らぬ気遣いでしたね」



 さっきと打って変わって、葵さんは笑顔を浮かべた。そこまで冷たい人じゃないかもしれない。

 


「お昼も千代さんの部屋で食べちゃうから、お昼に四人分持ってきてくれる?」

「承りました」



 白鳥くんにそう返事した葵さんは、微笑みを浮かべたまま私たちの方を見た。



「自己紹介が遅れました。私は吉田葵と申します。千代様付きの女中です」



 さっき冷たそうに見えていたのは、一条くんのひいおばあちゃんを大切にしていたからかもしれない。

 見知らぬ子供に、大切な人の部屋を荒らされたくないよね。



「秋兎様、お荷物をお運びしましょうか?」

「お気遣いありがとうございます。見た目より軽いので、自分で持ちますよ」



 ボストンバッグに目をとめた葵さんに、アキくんはよそ行きの笑顔を浮かべる。

 断られた葵さんは軽く頭を下げると、静かに私たちの横を通り過ぎた。



「葵さん、ひいばあちゃんを大事にしていたから……今はちょっと冷たいけど、悪い人じゃないんだ」

「オレはあんまり好きじゃないけど」

「桜二!」



 一条くんに咎められた白鳥くんは、撤回するつもりはないようだ。さっさと奥に進んでしまった。


 それにしても、アキくんはいったい何を持ってきたんだろう。

 私と違って結構な大荷物だし、昨日まで何かを準備していたような感じでもなかったし。



「俺たちも行くか。角を曲がったらすぐだ」






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