第3話 嘘を見抜け!
意味がないと分かっていつつも、つい扉の影で息をひそめる。
すると、私が姿を現さないことにしびれを切らしたのか、こちらに人が近づいてくる気配がした。
「え、女の子……?」
やっぱりバレてた!
戸惑ったような声に、盗み聞きをしていたという罪悪感が膨らんでいく。
素直に謝ろうと伏せていた顔を上げると、思ったよりもずっと近くに黒いセーターの子がいた。少しかがんでいるせいで、サラサラの黒髪がその頬にふりかかる。
まつ毛の長い、黒目がちの星のような瞳に見つめられて、少し心臓がざわつく。
あの金髪の子は西洋の王子なら、彼は着物が良く似合う純和風だ。
「いや、そんなことよりお前、詐欺って言わなかったか!?」
そういうと、黒いセーターの子は私の肩を掴んだ。あまりもの勢いに、肩にのっていた小人が転がり落ちた。
男のあまりもの必死の様子に、このまま放っておこうという気持ちはなくなった。
「__うん。あの人は、嘘をついてるよ」
「本当か!?どうやって分かったんだ?お前、たぶん俺と同じくらいだろ」
「困りますねえ、遊びで邪魔されるのは。大人の仕事に口を出さないでいただきたいものです。__ガキが」
黒いセーターの子の言葉を遮るように、眼鏡の男は舌打ち交じりにそう吐き捨てた。大人の男の人に見おろされるってすごく怖いけど、ぐっと堪えて前に出る。
「その陶器は伊万里焼ですよね?それも最近作られた物じゃなくて、江戸時代に作られた古伊万里の方ではありませんか」
「ああ、俺もそう聞いてる。……近くで見たわけでもないのに、よく分かったな」
「……まあ、伊万里焼は有名ですからな。しかし、これはとてもよくできた贋作なのです。プロでさえ判断するのが難しいですのに、君はいったい何を根拠にこれを本物だと言っているんですか?」
男は余裕ありげに薄く笑う。
ふとズボンのすそを引っ張られたような気がしてそっと下を見れば、そこにはきりっとした小人がいた。
『ボクの模様は確かに見分けにくいかもしれないけど、染付の色と硬度なら誤魔化せないはずだよ。あいつ、受け渡しに来たのが子供だからとっさに嘘をついたんだ。すぐにボロが出るよ!』
染付とは、陶器に絵の具で模様を描いて焼くことだ。本物と偽物じゃ、当然色が全然違う。
目のことを気づかれないように、私は返事の代わりに小さくうなずいた。
「まず、白磁は硬度が高いんです。先ほど貴方がそれを机に置いたときの音は、ちゃんと重みがありました。それに、色にしっかり深みが出ています。偽物であるなら、ここまでうわ薬が固まっているはずがありません」
「っく、私の言い方が誤解を招いてしまったようですが、贋作というのは、古伊万里を真似している現代の品という意味ですよ。これは偽物ではなく……ええと、最近作られた本物の伊万里焼ではあるんです」
江戸時代に作られた物だからこそ古伊万里で、見た目は似ていても最近作られた伊万里焼は古伊万里じゃないと言いたいのだろう。
そんな屁理屈が通じるわけない。
「それならもっとおかしいです。最近の物であれば、ここまでうわ薬が固まっているはずがありません!」
「そっ、それは」
うわ薬は陶器を丈夫にする役割をしていて、時間経過が分かりやすい。
鑑定士であるらしい男にもそれは分かっているようで、分かりやすく目を泳がせている。まだ何か言おうとしていたみたいだけど、もう答えは出ているようなものだ。
「人間、誰しも間違いをするもの……だったか?前科があるかは知らんが、この件は警察に通報するぞ」
「チッ!こんなふざけた話、付き合ってられるか!」
黒いセーターの子がスマホを取り出したところで、顔色が悪くなった男がそう吐き捨てて逃げようとした。
しかしこの部屋に扉は一つしかなく……つまり、外に出ようと思えば必ず私たちの横を通らないといけない。そのことに気付いた男は盛大に眉をしかめたものの、そのまま通り過ぎようとした。私たちが子供だから何とでもなると思たんだろう。
(ど、どうしよう!逃げられちゃう!)
今からでも警備員に話した方がいいかな!?
しかしそう焦る私と打って変わって、黒いセーターの子は冷静に横を通ろうとした男の腕を掴んだ。
瞬間、男からかみ殺した悲鳴が聞こえた。
「これは立派な犯罪だ。警察が来るまで、この部屋の中に居ろ」
「ふざけるな!くそ、どんな馬鹿力だよっ!離せ!」
男は必死に腕を振りほどこうとしているが、黒いセーターの子はびくりともしない。それどころかどんどん力がこもっているようで、男の腕からギシギシと骨がきしむ音がする。……何というか、凄い力だ。
呆気に取られていると、入り口の方が騒がしいことに気が付いた。デジャブ。
「おじさん、もう観念したら?そのゴリラは掴んだら離さないよ」
「おい桜二、誰がゴリラだ!」
(うわ、さっきの金髪の子だ)
友達にも王子って呼ばれてるんだ、って……あれ?もしかして、黒いセーターの子も英蘭学園の生徒!?
興奮で熱くなっていた気持ちが一瞬で冷める。もう会わないと思ったから堂々と力を使ったのに、まさかの同級生だったなんて。
「それに、逃げたらもっと罪が重くなるんじゃない?ねえ、警備員さん」
一人青くなる私をよそに、事件はトントン拍子に進んでいく。
金髪の子がにこやかに入り口の方を見ると、警備員さんが四人ほど入ってくる。彼らは何も言わずに抵抗をやめた男を引き受け、どこかに連れていった。
それを見届けると、金髪の子が親し気に黒いセーターの子に近づく。
「いいモノ見せてもらったよ。それにしても、運が良かったね」
「ああ、本当に助かった。今面倒事を持ち帰るわけにはいかないからな」
「ほら、功労者にお礼を言わないと」
まずい、私に意識が向いてる!
とっさに頭を下げれば、目を丸くしている小人と目が合う。
最後まで見届けられなくてごめんね!今度は私がピンチだから許して!
「ごめんなさい!私、急いでて!」
「えっ、せめてお礼をって、ちょ」
「あれ、彼女……」
何か言われる前に、私は彼らに背を向けて走り出す。
目のことがバレたら、また小学校のときみたい浮いちゃう。
幸い眼鏡をかけている姿は見られていないし、向こうは私が英蘭に通うことも知らない。絶対に目立たないようにしなきゃ!
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