さらさら

 ペットの飼育には登録が必要です。

 以下、役所での担当窓口や登録の手順、動物病院のリスト、予防接種やチップの埋め込みが必要なことなどがみっしりずらりと書き連ねられていた。

 朝一でメールチェックしたら出てきたメールだった。夜墨を飼っているから我が家のペットとして登録が必要だということらしい。

 らしいのだけど、夜墨を保護してから、飼い主が探していないか、警察に問い合わせているのに全く返答がないままだった。捜索願が出るのを待っていたら、我が家の猫だと思われてしまった。

 改めて警察に問い合わよう。電話してもらちがあかなさそうだから、街の中央に行くことにした。

「じゃ、やっちゃん、いいこにしててね。お昼までには帰ってくるからね」

 ご飯と水、トイレをこんもり用意して、夜墨の頭を撫でる。猫は小さくにゃんと鳴いた。でも興味はなさそうだった。

 街の中央までは電気自転車で二十分ほど。太陽光パネルと蓄電池がセットになった充電器付き駐輪スタンドから自転車を抜き出し、人けの無い道を進んだ。

 緑地の影が点々と鬱蒼として、アパートが間あいだにポツポツ建っている。集合住宅は私のようなこの街の下っ端作業員のためのものだ。

 少し進んで中央に近づくと、一戸建てが見えるようになってくる。広い庭に大きな平家のパッケージが道を挟んで向かい合っている。こっちはまだ人が住んでいない。お客様のおうちだ。

 もっと進むとお店があって、病院など生活に必要な施設がある。研修施設もこのうちの一つだ。

 その先に、役所がある。街の指揮者層はこのあたりに住んでいる。

 三階建ての役所はいくつもの棟がある。街を統合管理する全てがここに集約されているらしい。電力系統の配置しか知らない私は行政に詳しくなかった。

 役所の駐輪スタンドに太陽光パネルは付いていない。

 役所に入るとさすがに人がいた。窓口に一人だけ。

 一人だけえ?

「あの、ペットの登録についてなんですけど」

「はい、身分証明書をお持ちですか?」

 窓口のお姉さんはにっこり、登録の手続きをさくさく進めていく。保護して連絡待ちなのだと口を挟んでみるも、先に警察で話を付けてこなかったのが悪かった。それじゃあ登録まで猶予をあげますね、なんて言ってもらえるはずもなく、あれよあれよと夜墨は我が家の猫になってしまった。

 罪悪感がすごい。

 翌朝、メールチェックをすると何やら配達完了とのメールが来ていた。何も注文した覚えがないし誰も来ていないのに。

 恐る恐るドアを開けると、玄関横に袋が二つ。ずっしり重い。ずるずる家の中に持ちこんだ。お米みたいな音がする。

「ペット猫配給用猫砂、ペットフード」

 ペット用品が配給されるの? こんな自動的に?

 メールボックスを漁って読み返してみれば、確かにそんなようなことがはるか下の方に書いてあった。

 まあ確かに、不衛生にされたら他の住民に迷惑になるし。

「やっちゃん、ご飯だよご飯! ちゃんとしたやつ! 猫用の!」

 夜墨は猫砂の袋の匂いを嗅いで観察することに夢中だったけど、私は構わずご飯皿にもらったばかりのフードを開けた。薄っぺらくて小さく、サラサラしている。

「なんかふりかけみたいっていうか、金魚の餌っていうか」

 やっちゃんやっちゃん、必死になって気を引こうとしたけど、夜墨は新しいフードに見向きもしなかった。

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