<第一章:異邦人と蛇> 【05】


【05】


 目覚めは最悪。

 頭痛に眩暈、目の霞み。膝や肩、首と腰の痛み。喉の奥がカラカラに乾く。

 錆びた体は、今日もザラ付いていた。

 いつも通り最悪の目覚め。

 前に良い気分で目覚めたのは、いつだったか? 思い出せない。

 冒険の翌日は大体こうなる。原因は、再生点の枯渇。

 首に下げた再生点は、赤色が一滴もない状態だ。これは『ダンジョン痛』と言い。ダンジョン内の緊張から解放された翌日、一気に再生点が枯渇して、身体にダメージを及ぼす症状を指す。

 実はこれ、精神的な問題なのだ。

 冒険の後、仲間と酒飲んで馬鹿騒ぎしてる連中には出ない症状だ。娼館に通えば、別の意味で再生点は補給してもらえるが、どっちも俺には関係のない話。

 お独り様の辛いところ。

 お独り様病とも言える。

 安酒で喉を潤そうとテーブルに手を伸ばしたら、

「ツチノコ?」

 ツチノコがテーブルに倒れていた。

「ぐ、ぐおお、飲み、飲みすぎたぁぁぁ。こんな体だから酒じゃ死なんと思ったが、余、死、死ぬかもしれん」

 酒の飲み過ぎで丸々と太った蛇だった。

 何故か全長が縮んで、横に伸びている。その姿、まごうことなきツチノコである。

「お前、どんだけ飲んだんだ?」

「は、半分くらいじゃ」

「アホか」

 薄めていないラム酒を樽半分とか、酒豪でも死ぬぞ。致死量だ。

 と、

 鈴の音が聞こえた。

 シャンシャンシャンと、控えめだがよく聞こえる音。

 丁度良い。

 俺は、壊れた盾を持って家を出る。

 外には、身長120センチくらいの小人たちがいた。

 丸っこく短い手足、鳥のクチバシのような鉄兜を被り、革に鉄鋲を打ち込んだ鎧を着込んでいる。背には鈴の付いた槍、腰にはレイピアと、侮れない装備。俺みたいな冒険者よりも大分立派な装備だ。

 六人の小人族と、荷車を引いているロバが一匹。更に少し離れた所に、二人とロバと荷車。

 彼らは、小人族の行商だ。

「不用品を買い取ってくれ」

「はーい」

 小人族の一人が前に出てきた。俺は壊れた盾を差し出す。

 兜のバイザーを上げて、小人族は盾を鑑定する。覗く四つの目が、赤く怪しく輝いた。

「んーあーまーボロ革とクズ鉄で~銅貨1枚~それかラム酒3瓶~」

「じゃラム酒で」

 壊れた盾はラム酒3瓶になった。小人族のラム酒は、まあまあの薄さで果汁多め。砂糖を足せば飲めなくもない味。

「なんか買うか~?」

 荷馬車が寄せられ、荷台が広げられる。

 板に括り付けられたのは、回収修理された中古の武器防具、食器、下着、靴下、帽子、日用品等々。

 俺が欲しいものは特にないが、

「あ、これと同じなのないか?」

 折れたロングソードを見せた。

「銅貨3枚か~」

「これは売らん。似たもんを探してる」

「ロングソード、ヒーム製やーな。レムリア前王時代の刻印あり。在庫あっとぁー?」

「あっとぁー」

「ないー」

「あるよー」

「売れたー?」

「どっちー?」

「探せばあるかと」

「だってさ」

 あるのか。

 といっても、換えるつもりはない。同じ鉄なら直せる可能性があるかと考えたのだ。

「で、幾らだ?」

「時価、金貨20枚」

「おまっボリ過ぎだろ」

 ドワーフ製の剣と盾。新品の鎧も買える価格だ。

「ぷれみあ価格ですので~」

「寝かせたら天井知らず~」

「作ってないものは価値があるのだ~」

「くっそ、こいつら」

 足元見やがって。

「今、ウンコって言った? ウンコ買い取るよー! 半ルツで、ラム酒1瓶と交換や!」

「言ってねぇよ!」

 離れた場所の小人族が叫ぶ。

 小人族は、清掃業もしている。

 この国には上下水道があるのだが、人口の過密によりトイレがない住処もある。そういう場所の糞尿を、小人族は酒や金、日用品に変えてくれるのだ。

 回収されたモノは、農耕地の農夫が買い取り、肥料に。そして、街は綺麗になるという。

 ウンコは割と良い値段で売れる。でも、流石にそれは情けない俺の人生が、更に情けなくなりなので止めてる。無駄なこだわりだ。

「ロングソード、どするか? 金ないなら売らんで。キープはしてやらんでもないで? 手付金になんかくれるならぁ~」

「本当に在庫はあるんだな?」

「あるある」

「あるよね」

「あったかもー」

「たぶんねー」

『ねー』

 小人族全員が声を揃えた。怪しい。だが、頼れるものが他にない。

 まあ信用するとして、

「手付金は幾らだ?」

「幾らにする?」

「こいつ金ないでしょ?」

「あるようには見えぬ」

「だが、ギリギリまで搾ろう」

「生かさず殺さず、搾り取ろうぞ」

「我ら情け容赦なし」

「酒、金、健康!」

「聞こえてるぞ」

 こういうところがあるから、一部の人間に嫌われるのだ。

「んまぁー、なんか回収品くれるなぁー? 交換で?」

「ちょっと待ってろ」

 一旦、家に戻り荷物を漁る。

 ほんと俺は何も持っていない。収納には埃しか入っていない。ベッドの下にも何もなし。………テーブルのツチノコは、流石に駄目か。ふと思い出して、ズタ袋の中身をベッドに広げると、弁当の残りを見つけた。それを持って外へ。

「食い物でもいいか? 冒険用だし、まだ余裕で食えるぞ」

 弁当の残りは、豚肉と豆の油煮、固焼き焼きそば、チーズ、干し肉、干しぶどう、燻製ゆで卵、ポテトチップ、生命線の日持ちする固焼きパン。

「お、おおおお!」

「シグレ様の飯じゃー!」

「冒険者限定飯!」

「レアもの!」

「ふーん、やるやん?」

 好評のようだ。

 この弁当は冒険者にしか売っていないものだから、他職には珍しいのだろう。

「手付金、これで足りるよな?」

「足りる足りる」

「あ、弁当箱は返せよ」

『えー』

 文句を無視して、中身を小人たちに渡し弁当箱は回収。この弁当箱、銀貨1枚するのだ。易々と渡せる物ではない。

「ロングソード、見つけたらキープしとくで。金できたら、また通った時にでも言うて」

「わかった。で、金貨20枚だが、ちょっとまけてくれねぇか?」

『ラム酒一本分もまけぬ!』

 小人族は一斉に叫び、帰って行った。

 注釈を入れると、小人族のラム酒は銅貨に満たない金銭の補填に使われている。つまり、和訳すると『びた一文まけぬ』という感じ。他の店でも果物とか、小銭入れとか、小物とか、お守りとかが補填に使われている。

「ぐお」

 家に戻ると、痛みがぶり返す。錆びたロボットになったかのよう。

 今日はこのまま寝ていたい。痛みで寝れない気もするが。

「どうした怪我か?」

 ツチノコのような蛇に、心配された。

「いや、ただの『ダンジョン痛』だ」

「はぁ? 最近の若いもんは鍛え方がなってないのぅ。余の若い時は『ダンジョン痛』になるのは、学者連中くらいだと馬鹿にしたもんだぞ」

 でたよ。

 老害の常套句“最近の若いもんは”。

「俺は俺で大変なんだ」

「一から鍛え直さんといかんな。まったく10年も何をやっていた?」

「生きてた」

「うわっ、つまらん。つまらんぞ、貴様。楽しませ、楽しんでこそ人生だぞ」

「やかましい」

 楽しめる余裕なんてない。

「ん?」

 俺は、ちょっとした思考の引っ掛かりを覚える。

「おい蛇。俺お前に、10年冒険者やってるって言ったか?」

「言っておらん」

「いや、なんで知ってる?」

「そりゃ貴様、主従関係とはそういうもんじゃろ。なんとなしに、記憶が流れてくるものじゃ」

「普通に嫌なんだが」

 こんな蛇にプライベートがバレるとか。

「余も嫌じゃ。どうせなら、胸の大きな女が良かった」

「俺も女が良かったよ! 胸の大小に関わらず!」

 はぁ~と、蛇と一緒にため息を吐く。

 空気が最悪だ。この家にいたくない。体が痛いが、外に行こう。そうだ弁当箱返しに行こう。

「出る」

 マントを羽織り、家を出た。

「余も行く」

 蛇が肩に跳び乗ってきた。

 重い。

 ツチノコ分重い。

「付いてくるのかぁ」

「当たり前じゃ。主従とはそういうものであるぞ」

「ツッコミ入れるのも面倒だったが、俺ら主従関係なのか?」

「そうだ。光栄に思え」

「ペットに蛇を飼うことになるとは………」

「貴様が従の方じゃ! そこからか! そこから説明が必要なのか!」

 全然敬えない神らしい蛇を載せて街へ。

「貴様は冒険者としてなっとらん。どこが駄目なのか、余が懇切丁寧に説明してやろう」

「………ああ」

 一人が恋しい。

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