ショート・ショート集

村岡真介

第1話 航海

 トラック運転手、山彦 一也。長距離関東-九州便を疾走中。月曜日に荷物を積んで水曜日に関東へ到着。荷を下ろし再び別の場所で荷を積み、2日後金曜日九州の配送場で荷物を下ろし、土日は休み。トラック乗りはこのワンサイクルを「一航海」という。


 きつい仕事だが一也に文句はなかった。ただひたすらトラックの運転が楽しいのだ。好きな仕事なのでやりがいもあった。それに田舎の会社に勤めても手取りで15~16万がせいぜいだが大型トラックの運転手は手取りで30万円もある。それだけ稼げれば上々である。


 トラックの運転手をやっていれば金を使う暇がない。なので月に20万円を投資にまわせる。個人投資家としては現在4600万円ほどを運用している、優れた腕を持っている。




 100円菓子しか買えないおばあちゃんがいた。


「ねー、わたしあのチョコレートが食べたい!」


 おばあちゃんは、さんざん迷ったあげく、お菓子の百円均一コーナーから孫娘の礼子に手を引っ張られて、245円の高いチョコレート菓子を手に取った。


「今日だけ特別だからね。あんまりおばあちゃんをいじめないでおくれよ」


 老齢基礎年金、月に6万5000円と、一也からの仕送り3万円。


 息子とはもう5年離れて暮らしている。息子夫婦と一緒に暮らしていたときは嫁との仲が最悪だった。


 たまりかねた一也は近くにアパートを借り独立をした。それからすぐに礼子が産まれた。


 嫁は最初は礼子を可愛がったが、礼子の夜泣きがひどいので睡眠が取れず鬱病をわずらい、しまいには育児放棄をするようになった。


 ケンカが絶えなくなった。一也と嫁は離婚した。


 礼子はおばあちゃんに預けた。毎月3万円の食費を出すという条件で。


 一也にはある夢があった。株式投資の資産が5000万円を超えたら母に1000万円をプレゼントしようと思っていた。いつも礼子の世話をしてくれるお礼を形にしようと考えてのことだ。5000万円まであとちょっと、あと少しでその夢がかなうのだ。


 キキー!グシャー!!!


 大型トラックどうしの正面衝突だった。一也は死んだ。


「一也!一也!」


 母は遺体にすがりつき泣き崩れた。



 4600万円の資産は証券会社の証券口座に入れっぱなしの状態になり、誰もその口座の存在を知らないことになった。母が死後一也の銀行口座を調べても6万円しか残高がなかった。


 金のなかった母は行政葬にしてもらった。これからは一也からの仕送りもない。どう見積もっても年金だけで暮らして行けるはずがない。


[……えー次に、福岡県○○市で、とあるアパートで祖母と孫とみられる二つの遺体が発見されました。孫には誰かに首をしめられたような跡があり、祖母は首つり自殺をしており、警察は無理心中の線で……]


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