第14話 超ギレの美依

 今日は、桜ちゃんと新宿で待ち合わせだ。


 休日はいつもだらだらと寝ている俺だが、今日は流石にいつもより少しだけ早く起きた。いや、緊張はしていないよ。だが、やっぱりちょっとは気になるじゃない?

 そう思いながら、俺は久しぶりに朝シャンをする。

 昨日の美依の最後のライン、【明日は、私も遠くから見てるからね】を考えると俺は寝ようとしてもなかなか寝付けなかった。不覚にも俺が桜ちゃんにデレデレしているところを一度でも見られたら美依のことだ、きっと何ヶ月も口をきいてくれないだろう。

 だが、俺だって男だ。好きなのは美依だが、自分に好意を寄せてくれる人には少しは優しくしたいって思うじゃないか?これって、おかしいことなのだろうか?


 ドライヤーで濡れた髪を乾かしながら、俺は、自分のこの性格というか女性に対して少しルーズな所が欠点なんだろうなと思っていた。

 正直、この年になって今更根本から変えることはできないだろうけど美依と幸せになる為には直していかないとな…。


 さあ、今日は何を着ていこうか?

 本気で頑張ったと思わせずに、それでいて小綺麗な恰好っていうのは、どんな服なんだろう?そう思えば思うほど、決めることが出来ず、結局タンスの中の服を全部出してしまった。


 白のパーカー、う〜ん、違うな〜。ストライプのシャツ?う〜ん、子供っぽいかななんて思っていると、隣のドアが『バンっ』と鳴ったと思うとカツカツと足音がする。

 も、もしかして…。え、この状態を見られるのは流石にヤバいのでは?

だが、時既に遅し…。


 俺の部屋のドアが『ガチャッ』と音を立て開く。朝の光とちょっと湿った風が部屋へ吹いてくる。

 昨日の夜は、雨だったっけ…などと全く違う事を考えようとしたが、美依の凄まじい冷気に俺は震え上がっていた。


「へぇ〜。太一、気合い入ってるじゃない?朝からシャワーも浴びるし。一体、今日は、咲田さんとどんなことをするつもりなのかしら!?」


 こ、これは、絶対にヤバいやつだ、真剣に言い訳をしないと…。


「いや、俺が好きなのは美依だけで、今日はお断りに…」


 言葉の途中で、美依が口を出す。


「いいのよ。だって、しょうがないもの。桜ちゃん、可愛いし。私なんて素直じゃないキツい女だし。確かに私、胸だけは桜ちゃんに勝ってるかもしれないけど、あんなあざとい甘えかたって私には無理だし…。太一がこうして、服を選びたくなる気持ちわかるよ…。ねえ!?もう、言い訳しなくていいよ」


 いや、なんか違う。これなら、いつものようにキレられた方が断然いい。

 つーかこの攻めの方が心底堪える。だって、もう、俺の足はガクガクで、立っていることもままならない感じになっているのに美依はさらに追い込み続ける。


「そうそう。桜ちゃんて、尽くすタイプなんだって。きっとお弁当とか、料理とかも上手だし、色々とリードするのも上手なんだろうな〜。そういうのが太一の好みだもんねぇ。まぁ、しょうがないよね。その桜ちゃんからのお誘いなんだもの。気合い入れないとね。そうだ!今日着ていく服、私が選んであげうようか?何にしようかな〜。そうそう、今日、太一はどんな感じの服で行きたいの?教えてよ!」


 もう、駄目だ。

 俺は、両足からガクッと崩れ落ち、半泣きで美依に許しを請う。


「美依。ごめん。分かった。今日は、俺、パジャマ代わりにしているこのヨレヨレのスエットで行くよ。靴も履き古したスニーカーで、所持金も千円しか持って行かない。これでいいか。これで…」


「え〜、太一〜〜!折角のデートなのにそれって〜!?信じられない〜〜。ちょっとスエットというのは流石に変だから、これにしなさいよ。これ」


 床に散らばった俺の服の中から美依が選んだのは、昔、俺の誕生日に美依がくれた白のボタンダウンと黒のジーンズだった。


「太一、これが一番似合うもんね。ふふふ」


 あ〜〜、さっきからずっとうつむき加減でこの調子で攻められるのって、流石の俺ももう限界だ。美依、どうか許して下さい。


「わかった。これを着ていく。だから、今日は、ずっと俺とお前は一緒だ。このシャツはお前の分身だからな。よし。シャツ君!今日はよろしく頼むぞ!チュッ」


「くっ。た、太一の馬鹿〜〜!シャツにキスなんてあり得ない!このド変態!!!」


 そう叫びながら、美衣は自分の部屋に戻っていった。


 はぁはぁはぁ…、本当に、本当にヤバかった。

 超ギレすると美衣はあんな攻撃をしてくるのか…。これ、もう少し続いてたら、俺本当に泣いてたかも…。これからは絶対に、美依を超ギレさせないようにしないと。ほんとに…。


 すると、『ピローン』とスマホが音を出す。

 美依からのラインだろうな。


【太一、手を繋いだりしたら嫌だよ。それは美依だけがやっていいことでしょ?】


 く〜〜!!!!それをさっき言えっつーの!!


【分かってる。今日は、本当に話をしにいくだけだよ】


【じゃあ、早く終わるよね?】


【お、おう。終わるつもりだけど】


【じゃあ、終わったら、新宿から池袋に移動しない?美味しいお魚料理がある店見つけたんだ!私、太一と二人で行きたい】


【そ、そうだな。うん。じゃあ、終わったらすぐにラインするよ】


【うん。待ってるね。ずっと近くにいるから!】


 へっ!?

 ずっと近くにって、本当に美依は俺を尾行でもするつもりなのか?

 こ、怖い!!怖すぎる!!!


 あっ、行かなきゃ。間に合わない。午前十一時。新宿南口。


 何事も起きずに今日の日が終わりますように…。

 俺は、心の中でお祈りをすると、部屋の扉の鍵を閉め、階段をゆっくりと降りていった。



————————————


第十四話を読んでいただきありがとうございました!

次回、「映画」をお楽しみに!


あと数話で第一章を終える予定です。

第二章スタートまで少しお時間を頂く予定です。

引き続き、ツンデレな美依と優柔不断の太一のドタバタラブコメをどうぞよろしくお願い致します。

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