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〈3年前〉

 先日、私はスタヴポリで会った女性の話をしました。その話には続きがあるのです。あの後、支局の都合で、私のクルプキ行きは延期になりました。延期になった間、私はポリサリオのカナンに派遣されました。正確に書くと、カナンから北に100キロほど行ったピンナという小村です。村の近くに、帝国軍の駐留基地があります。

 3年前の夏。ピンナでの任期もそろそろ終わりに近づいていたある日、ピンナから30キロ北のコタシャンという町にある用事で出かけたところ、途中の道で3人組のホールドアップに遇いました。私は平服の開襟シャツ1枚で金は持って無い。相手も身分証から私が連邦軍の従軍記者だと分かって殺すわけにいかないし、顔は見られてるということで、私を誘拐することに決めたのです。

 ところが、半日車で走って夜になった頃、3人は口論を始めました。結局、私は山の中に放り出されました。人家が無いかと歩き回っていた時、またホールドアップに遇いました。今度はちゃちな拳銃ではありません。ライフルを突きつけられました。ゲリラになった政府軍の兵士に捕まったのです。彼らは私を捕虜にしました。帝国軍に捕まっている仲間を解放したいが、兵が足りない。従軍記者の私にポリサリオの実情を伝えさせ、連邦から支援を受け取る。その交渉に役立ってもらうから、ついてこいと言いました。

 その後は山の中を歩かされ、丸一日かかってようやく、彼らのキャンプに着きました。後から知ったのですが、コルディリェラ・セントラルという山岳地帯でした。高い場所は3000メートルぐらいの山もありましたが、私たちが歩いたのは、麓に広がる密林の中でした。キャンプと言ってもココヤシの葉を編んだ掘っ立て小屋や、つっかい棒を立てて防水シートを被せただけのテントがポツポツと建ってるだけです。

 そのキャンプに20歳前後の若い兵士が2、30人いました。服はみなバラバラで覆面をした者、頭にタオルを巻いてる者、帝国軍から盗んだ軍服を着た者もいました。履いてる靴もサンダルやズックやいろいろでした。ラジオを持ってる者がいたので、たまに聞かせてもらいました。昼間は帝国軍の基地が流してる堅苦しいクラシックが聞こえました。

 彼らは武器と食料を担いで、毎日移動していました。

 私も1日のうち半分は歩いていました。ゲリラが本格的に跳梁する地域とは違い、村落のシンパも少ない地域だったので、キャンプする広い場所を探すのもひと苦労でした。彼らは移動中に3人か4人で徒党を組み、帝国軍のトラックを襲って物資を奪いに行くのです。無事に帰ってくる時もあれば、帰って来ない時もありました。しょっちゅう顔ぶれは変わってました。

 私が捕まって1か月ほど経った頃、南半球から支援のために連邦軍の特殊部隊がやってきました。その中に、あの女性がいたのです。

 私は驚きました。彼女も驚いた顔を見せました。しかし仲間から見られているので、その時は口をききませんでした。彼女も非常に寡黙で、仲間とあまり話をしている様子はありませんでした。仲間は彼女を《ヘレン》と呼んでいました。おそらく偽名でしょう。

 私はある兵士が何処かから盗んできたカメラで写真を何枚か撮りました。《ヘレン》の写真が1枚ありますので、中尉殿に差し上げます。裏面の字は《ヘレン》の直筆です。


〈半年前〉

 ビショップは写真を手に取った。

 レイラは木漏れ日の差した草地の淡い緑色に染まっていた。白いシャツとカーキ色のズボンという格好で肩に狙撃銃のストラップを掛け、リュックを1つ背負っている。短く刈った髪を青いバンダナで覆っている。首を少し傾げた姿勢でレンズを見ていた。凛々しいというより悠々として、茶化すようにおどけた眼をしている。

 裏面にボールペンで一文が書かれていた。ビショップには懐かしい筆跡だった。

 詩編第23章・第4節。

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