第4話 感情のない僕

 バーチャル空間に入るとすでにたくさんの人がいた。その中に帽子を被ったパーカー姿の彼女がいた。

「ごめん、お待たせ。待った?」

「あ! 勇人くん。待ってないよ、今来たとこだから」

 彼女はそう言うと得意げに二枚のチケットを見せてきた。

「何のチケット?」

「これは今日の花火大会のチケットだよ。勇人くんは花火とかみる?」

「リアルでは家から見ることあるけど、バーチャル空間でわざわざ花火みたことないな」

「それは良かった。花火はリアルで見るのもすごくいいけどバーチャル空間の花火はリアルでは体験できないこともあるんだよ」

「例えばどんなこと?」

「それは始まってからのお楽しみだよ」

 彼女は笑みを浮かべて僕にそう言った。正直な所、花火はバーチャル空間でみるよりリアルで見た方がいいんじゃないだろうか。

「勇人くん! こっちこっち!」

「え…上の方に行くの?」

「そうだよ。結構いい席だからね」

 彼女はそう言うと花火が上がる高さくらいまで上の席に案内した。

「結構高くない?」

「勇人くんもしかして高所恐怖症とかなの?」

「いや違うけど。花火って下から見る者じゃないの?」

「下からも見れるけどそれだとリアルの花火とあんまり変わらないでしょ」

 そう言われるとそうだがこんな場所からしっかり花火が見られるのだろうか。


『花火大会打ち上げ開始です』


 僕が戸惑ってるうちに花火大会の開催がアナウンスされ、花火の打ち上げが始まった。いつもは花火が上に打ち上げられるが、花火は下からこちらに向かってくるかのように上がってくる。そしてすぐ目の前で大きく開き、大きな音が心臓に響く。確かにこれはリアルでは体験できるものではないなーと感心していた。最後には360度花火が上がり、花火大会は幕を閉じた。

「どうだった?少しは感動した?」

 彼女がそう問いかけてきた。確かにすごいとは思ったが感動はしていなかった。きっと普通の人なら違う反応になっていたのだろう。それでもせっかく彼女が僕のためにこの景色を見せてくれたのだからそんなこといえなかった。

「初めてで感動したよ」

「嘘。そんな顔してなかったよ。分かりやすいなー」

 彼女は僕の嘘を見抜き得意げに言ってきた。

「ごめん。せっかく誘ってくれたのに。やっぱり僕は普通の人と比べて感情がないみたいだ」

「そんなことないよ。まだたくさん案があるから絶対に君を楽しいって感情にさせるよ」

 彼女は満面の笑みでそう言った。

 どうして僕をそこまで気にかけてくれるのか聞こうと思ったけど言葉にすることができなかった。

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